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「そ、それってさ、あんた優人君のこと好きなんじゃない」


 その日、俺は結局優人の家には泊まらずに帰った。次の日の昼休み、学校の敷地内の隅っこ、木々が生い茂って薄暗い影を落としている芝生の上に、霧山砂月と俺は二人きりでいた。霧山砂月は、昼休みはここにいることが多いらしい。薄暗くて居心地が良いそうだ。俺は優人のことを霧山砂月に相談していた。


「そんなわけないだろ。好きじゃないよ……」

「ふ、ふぅーん」

「……」

「……」

「好きじゃない……こともない」

「ほ、ほら、好きなんでしょ」


 霧山砂月に「うるさい」と反論しようと思ったが、そんな元気もないのでやめた。霧山砂月は俺を見て笑っている。

 だいたい俺はなんでこんなことを霧山砂月に相談しているんだ。


「相談できるの、霧山くらいしかいないんだよなぁ」


 俺は一人言のように呟く。霧山は「そ、そう」と言って少しはにかんだように見えた。俺は溜め息をつく。


 ゴス女に告白されて、好きじゃないからフって、寝て起きたら女好きが男好きになっている。そして今度は親友が、俺が好きだった女に告白しようとしている。なんだか色々ありすぎて俺は疲れていた。何でこんなことになったんだ。


「男好きって言ってもさ……、誰でもいいってわけじゃなく、好みがあるんだ。俺はどうやらアイドル系の、綺麗で若い男が好みらしい……。自分でも笑うよ」


「ふ、ふふ、優人君て、好みのタイプ?」


 優人は、顔立ちは整っていて爽やか。体は細いのに筋肉はついていて引き締まっている。運動神経が良い。その上スタイルも良い。さらに性格もいいのだから、俺が惚れてしまうも無理がない。


 霧山砂月はニヤつきながら俺を見ている。 やっぱり、俺笑えないよ。


「もう、いっそ死んでしまおうか」

「し、死ぬなら、楽な方法知っているけど」


 霧山砂月は「ふ、ふふふ」と笑う。こういう時は励ませよ。そんな返しをするからゴスは嫌いなんだよ。


「そ、そんなに悩んでいるなら、病院行けば?」

「行ってどうするんだよ」

「……そ、そっか。同性愛は別に病気じゃないもんね。び、病院に行って治るものじゃないか。い、行くなら精神科だね。せ、精神科で貰える薬で呪いが解けるかもね。ふ、ふふふ」


 霧山砂月は自分で言ったことに自分で笑っている。「き、昨日から笑いすぎてお腹が筋肉痛」と言ってまだ笑っている。いつもの困り顔はどこいったんだよ。


俺は別に精神が病んで男好きになったわけじゃないんだよ。しかし、男好きになった原因は呪いより精神病の方がまだ現実味があるか……?


「そういや、呪い調べた?」


 俺は霧山砂月の言うことを無視して、呪いの解き方がわかったか聞いた。


「ま、まだちょっとわかんない」

「お前、呪いとか黒魔術とかそういうの得意なんじゃないのか。魔術道具とかあるだろ」

「ど、同性愛にさせる呪いのかけ方はあっても解き方はわからないの。そ、それに呪いって寝て起きたら急にかかってるってものじゃないし。わ、私の黒魔術道具なんて通販で買ったやつだしね」


 使えない奴だと言おうと思ったが、元から期待していないことを思い出した。

 俺はこれからどうなるんだろう……。優人は天川に告白するんだろうか。


「なぁ、霧山はさ、なんで俺のこと好きになったの?」

「べ、べ、別に今は好きなわけじゃないし、も、元からそんなに好きでもなかったし!」


 慌てたように主張する霧山砂月に俺は「わかったよ」と言う。


「霧山がゴスなら同じ趣味の奴を好きになるものじゃないのか?」

「……しゅ、趣味は重要じゃない……」


 霧山砂月は長くて黒い自分の髪の毛を、胸の前でいじりながら言う。


「ア、アーサー=エリスって知ってる?」

「いや」

「や、山田(やまだ)浅右衛門(あさえもん)は?」


 俺は首をふる。霧山砂月は続ける。


「ア、アーサー=エリスっていうのはカナダの死刑執行人の名前でね。一人の名前じゃなくて、死刑執行人達がアーサー=エリスと名乗っていて、カナダの死刑執行人の代名詞なの。や、山田浅右衛門は、死刑執行をしていた人で、斬首の他に死体で刀の試し斬りや死体の肝で薬を作っていた人で、首切り浅右衛門とも呼ばれていた人なの」


 霧山砂月は俯いて、今度は制服のリボンをいじりながら喋る。


「ど、どっちもアサってつくじゃない」


 俺は頷く。


「わ、私最近黒魔術に飽きて、世界の処刑人とか調べてて……。そ、それでこの前の席替えであんたと席が隣同士になったでしょ。浅田と死刑執行人のアーサーと浅右衛門。と、隣同士でちょっと話すようになって、な、仲良くなったでしょ! で、私が好きな処刑人と、アサがつく人と、隣の席になって、な、仲良くなってなんだか、う、運命かなぁって……」

「……え、そんな理由?」

「そそ、そんな理由で悪い? し、親友の男の子を好きになってる人に言われたくない!」

「うるせぇ! それこそ悪いかよ!」


 やっぱり俺には霧山砂月みたいなタイプの考えることはさっぱりわからない。

 上を見ると、生い茂った木々の葉の間から、晴れた空をわずかに見ることできる。気持ちいいくらいの青空だ。


「もし神様みたいのが、いたとして、そいつが俺を男好きに変えたのかなぁ。今までの悪事のおしおきみたいな感じで……」

「か、神様とか信じてるの? ふふ」

「……呪いとか黒魔術を信じてた奴に言われたくないんだよ」


 溜め息混じりに俺は言う。霧山砂月と話していると余計に疲れてくる。

 俺と優人はたしかに親友だったが、今の関係はどうだろうか。男好きになってしまった俺と、優人の間には目に見えないが、確実に壁ができたんじゃないのか。


 もう前までの関係には戻れない。それどころか、すぐに壊れてしまいそうな気もする。俺の気持ちは落ち込むばかりだ。

もうすぐ昼休みが終わる。俺と霧山砂月は芝生を離れ、校舎に向かって歩き始めた。




「あ、浅田君」

「やぁ、英治。外にいたんだ」


 校舎に向かう途中で、欧風美女と爽やかスポーツ系男子に話しかけられた。天川と優人だ。二人は昼休み一緒にいたのだろうか。


「いや、昼飯食べたあとに、天川がドーナツ作ってきてくれたから食べていたんだよ。ほら、猫にドーナツ盗られた時のお礼って」


 俺の質問に優人が答える。優人の手には可愛らしいピンクの包み紙があった。おそらくその中に天川手作りのドーナツが入っているんだろう。


「英治も一口食べる? 凄く美味しいんだ、天川のドーナツ。アーモンドがかかってて。売っているドーナツより美味いかも」

「そんなことないですよ、上木君。間違えて塩振っちゃったドーナツもあるし」


 優人が嫌味のない笑顔で喋っている後ろで、天川は少し照れくさそうにしてる。


 俺には二人が輝いて見えていた。太陽が二人だけを照らしている。日向に降りてきた天女が、下界の美しい男子を魅了して天界に連れ去っていく。


 対して俺は、黒い霧山砂月と暗い芝生で死刑執行人の話。夜の土の中のモグラがミミズを食べている感じ。


「いやいいよ、俺腹いっぱいだから。じゃあまた放課後部活で」


 二人から逃げるように俺はその場から離れた。俺が優人達と話しているところを隠れて見ていた霧山砂月が、俺に駆け寄ってきた。


「あ、あれが天川さんと優人君? び、美女と美男のカップルって感じでお似合いだよね。せ、性格も良さそうだし。あんたの入る隙、な、ないね。ふふ」


 俺は霧山砂月の言葉を無視して歩き続ける。耳には入っているが、頭には入れてない。


 俺は今まで、恋をできない奴、失恋で泣く奴、嫉妬する奴、告白できない奴、フられる奴、そんな奴らの気持ちがわからなかったが、今ちょっとだけわかった。こんな情けない気持ちは初めてだ。



 俺は今、天川姫子が憎くて仕方ない。


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