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 次の日、俺は目の下に隈をつくって登校した。男好きになったと認めたくない俺は、徹夜で興奮できる女を探したが結局見つからず、寝れば治ると思って寝ようとしたが、男好きになったことについて考えこんでしまって、結局ろくに寝むれなかった。朝になっても俺の男好きは治ってなかった。


 教室に入って自分の席に着く。隣を見ると霧山砂月と目があった。霧山砂月はすぐに俺から視線を外す。「あっ」と俺は思った。


「霧山、今ちょっといいか」

「な、何のよう?」


 霧山砂月は動揺した様子で俺を見る。この反応、俺の思った通りかもしれない。


「いいからちょっと来い」


 半ば強引に教室の外に連れ出す。もうすぐ教師が来てホームルームが始まるが、気にしていられない。


「ちょ、ちょっとどこ行く気?」


 霧山砂月は動揺とちょっとだけ怒りが混じったような声で俺に聞いてくる。その質問に答えずに俺は、学校内で人が滅多にこない場所、屋上への階段の踊り場に霧山砂月を連れて来た。


「ホ、ホームルーム始まるけど、な、何なの?」


 霧山砂月は喋る時いつもどもる。


「お前さ、その、俺になんか変なことしてない?」


 霧山砂月はきょとんとして俺を見ている。


「だから、呪いとか、変な儀式とかそういうやつだよ」


 俺の言葉を聞いても、霧山砂月はいつもの困り顔で黙って俺を見ているだけだ。


「お前が、俺にそういうやつ、やってないか」


 俺は思い出したのだ。俺が霧山砂月をフった時、霧山砂月が俺に呪いをかけると言っていたのを。おそらく俺が男好きになってしまったのは霧山砂月の呪いのせいだ。徹夜明けの働かない頭で考えた冴えた結論だ。


「……。ふ、ふふ。ふふふふふ」


 霧山砂月は微笑を浮かべた白い顔を俺に向けてから、俺を置いて素早く教室に戻って行ってしまった。俺は霧山砂月を追って教室に戻ったが、丁度ホームルームが始まってしまったので、俺は霧山砂月に何も聞くことができなかった。




 放課後。俺はイライラしていた。


 朝に霧山砂月に思わせぶりな態度をとられてからずっとだ。霧山砂月のあの態度は何か知っているようだった。休み時間に問いただそうとしても、すぐにトイレに行って授業が始まる寸前に戻ってくるので聞けなかった。昼休みはどこに行っているのかわからない。放課後になった今、俺は霧山砂月を捜している。


「あー浅田君だ。何やってるの?」


 同学年の女子が話しかけてきた。「別に何もしてないよ」という言葉を返したが、女子は続けて俺に話しかけてくる。


「目の隈すごいよ。徹夜? うける」


 この女子は何がおかしいのか一人で笑っている。昨日までの俺ならおかしくなくても一緒に笑ってたんだろうが、今はそんなくだらないことをしている場合じゃない。お前に構うより霧山砂月を捜さなくちゃいけないんだよ。


「浅田君知ってる? 駅前にあるお店で……」


 だいたいなんだよそのスカートは。短すぎるだろ。生足だすなよ。誰がお前の足を見たがるんだよ。それに香水をつけるな臭いんだよ。近くにいるだけで不快な気分にさせるな。化粧すれば目が大きく見えて誤魔化せると思うなよ。バカが。


「……暇ならさ、これからそのドーナツでも食べに行こうよ。私、割引券持ってるから……」

「うるさいな!」


 いつまでも喋っている女子に俺は思わず声を荒らげてしまった。気まずくなった俺はその場から立ち去る。「何あれ、意味わかんない」と女子は言っていた。俺はいきなり怒鳴ってしまった自分に自己嫌悪する。余計苛立ちが募る。


「急に大声出してどうした?」


 俺が女子に大声を出してしまったところを見ていたらしい優人が話しかけてきてくれた。優人を見て俺は気分が安らいでくる。優人は俺を癒してくれるよ。


「いや、何でもない……」


 優人に俺が男好きになったと言えるわけがない。その時、人混みの中に黒い死に神が歩いていくのが見えた。

 優人に「悪い、行くわ」と言って俺は走り出す。下校する生徒達の中に霧山砂月を見つけたからだ。




「もう逃げるなよ」

「に、逃げてないけど……」


 下校途中の霧山砂月を捕まえて校舎裏に連れてきた。ここなら人はいないし、誰かに会話を聞かれる心配もない。


「呪い……かけたの、お前だろ」

「……」


 霧山砂月は困ったような顔をして答えない。俺はまた苛立ってきた。


「お前だろ!」


 思わず語尾を強めて言ってしまった。


「……。ど、どうかな」


 俺と目を合わさず霧山砂月は答える。はっきりしない言い方だが、やっぱり呪いをかけたのはお前で、俺が男好きになった原因はお前だろう。だとしたら、呪いはお前に解いてもらうしかない。ちゃんと手は考えてあるんだ。


「呪いを解いてくれよ霧山。もちろんただでとは言わない」

「……」


 霧山砂月は変わらず俺の顔を見ていない。長い黒髪に隠れて表情も見えない。


「付き合ってやるよ」


 今の言葉を聞いて霧山砂月はやっと俺に顔を向けた。


「お前と付き合ってやるから、俺の呪いを解いてくれ」

「……ハァ?」


 俺の提案に霧山砂月は素っ頓狂な声をあげる。いまいち理解していないみたいだな。


「お前、俺のことが好きなんだろ。俺がお前と付き合ってやるから、俺にかけた呪いを解けって言ってるんだよ」


 これが俺の考えた手だ。俺に告白してきたんだからこの提案は霧山砂月にとって嬉しい提案だろう。俺は別に霧山砂月と付き合いたいわけではないが、呪いを解くためだ、仕方ない。一週間か二週間、我慢して付き合ってやるよ。女好きに戻るならそのくらいの我慢はしてやるさ。


「あ、あんた何言ってるの?」


 霧山砂月がいつもより眉を八の字にして、呆れた顔で俺を見ている。予想外の反応に俺は焦ってしまった。


「いや、だから付き合ってやるって。俺のこと好きだろ。だから呪い解いてくれって」

「バ、バカじゃないの? あ、あんたのことなんか好きじゃないよ。それにあんた何か焦ってない?」


 わからず屋め、お前は早く俺と付き合って呪いを解けばいいんだよ。


「いいから呪いを解けよ。解いてくれよ! そうすりゃなんでもやってやるからさ」


 俺は興奮して思わず霧山砂月に詰め寄ってしまう。


「さ、さっきから何のことを言っているの?」

「だから呪いだよ!」

「の、呪いって何よ!」

「俺が男を好きになっちゃう呪いだよ!」


 大声で言い切った俺を、霧山砂月は目を丸くして見つめている。


「……。お、男好きなの?」

「今は……な」


 二人の間に一瞬の沈黙が流れる。


「……ふ、ふふ」

「……」

「ふっ、ふふふふふ、うふふ、ププッ、アハ、アハハハハハハ」


 俺は今までこんな大声で笑う霧山砂月を見たことがなかった。何故霧山砂月が笑っているのか。俺はわけがわからない。


「あ、あんた男好きなの? わ、私がフられるわけだよね。ふ、ふふふ」

「お前が男好きになる呪いをかけたんじゃないのかよ!」

「え? わ、私知らないよ、呪いなんて。ふ、ふふふ」


 霧山砂月はまだ腹を抱えながら笑っている。

 呪いなんて知らない。俺が男好きになったのは霧山砂月が原因じゃないのか。じゃあ、あの思わせぶりな態度は何なんだよ。


「あ、あんたが勝手にからんできて、呪いとか儀式とか言うから面白くて、お、泳がせていただけだよ」

「呪ってやるって言ってただろ。俺がフった時に」

「うぅ、うるさいな。そ、その時はそう思っていたけど……」


 霧山砂月は笑うのをやめて言った。


 俺が霧山砂月に何で俺を見ていたか聞くと「た、たまたまでしょ」と霧山砂月は俺から視線を外して答えた。なんだよ。全く無駄足じゃないか。くそ。これで解決だと思ったのに。振り出しに戻った。


「の、呪ってやるって言ったし、死んでしまえとか思っていたけど、呪いとか黒魔術とかで実際に殺せるわけないし、わ、私が持ってる黒魔術のグッズって通販で買った安物だし、の、呪いをかけるなんてことしなかったよ」


 呪いはかけなかったけど、「死んでしまえ」とは思っていたんだな。そして黒魔術のグッズって通販で買えるんだ。


「わ、私、呪いとか黒魔術とか非現実的なものは卒業したのよね。今は死刑執行人とか拷問文化にハマっているの」


 黒魔術趣味と拷問文化の違いは俺にはわからないが、霧山砂月は俺が男好きになったこととは関係がないようだ。霧山砂月はにやけた顔で俺を見た。

「なんだよ」


「お、男好きなんだ」

「好きじゃない!」


 思わず大声を出した俺に、霧山砂月は驚いて身をすくめたようだが、すぐに俺を見て、口の端をゆがめる。


「ふ、ふふ、あ、浅田君て、女子に結構人気あるのにね。あ、浅田君が男好きって知ったらがっかりする女子は多いかもね……。ふふ」

「違う好きじゃない」

「へぇ……」

「……」

「……」

「だから、呪いなんだよ! 俺のせいじゃない」


 俺は霧山砂月に、朝起きたら突然女好きから男好きに変わっていたことを説明した。説明を聞いた霧山砂月はまたお腹を抱えて笑っていた。なんで俺がこんなゴス女に笑われなくちゃいけないんだ。またイライラしてきた。こんなことをしてるくらいさっさと部活に行こう。部活に行こうと思うとちょっとテンションが上がる自分が嫌になる。


 俺が霧山砂月に背を向けて歩き出した時に、霧山砂月が俺に向かって言った。


「の、呪い、解いてあげようか」




 サッカー部の練習中、俺は二つの理由で練習に集中できなかった。一つ目は霧山砂月が言っていたことを考えていたからだ。


「呪いを解いてあげようか」


 霧山砂月が俺に呪いをかけたわけではないが、呪いや黒魔術に造形が深い霧山砂月は呪いの解き方がわかるかもしれないと言うのだ。期待しているわけじゃないが、それで俺の男好きが元の女好きに戻ればいい。俺が霧山砂月に頼るとはな。藁にもすがるってやつだ。


 もう一つの理由は、鍛えあげた肉体を持つスポーツ男子達とサッカーをプレイするのがあまりに楽しくて集中できなかった。


「浅田、たるんでいるぞ」


 サッカー部顧問の男性教師からの檄が俺に飛ぶ。心の中で「うるせぇ」と悪態をつきながらも、男好きがばれないように俺はプレイに集中した。


「今日はなんかおかしかったね、英治」


 部活が終わって学校からの帰り道、優人に言われた。


「そうか? 俺はいつもと変わらないけど」「部活に集中できてないみたいだし、女の子に向かって大声出すし、そういや誰かを捜していたみたいだけど、もしかしてそれと関係ある?」


 俺は「何もないよ」とだけ優人に言った。


 俺が男好きになったことは、優人はもちろん誰にも気付かれるわけにはいかない。俺が今まで築き上げてきたイメージを崩すわけにはいかないし、俺が男好きなんてことが知れたら、今まで友達だった男も女も、気持ち悪がって俺から離れていくだろう。学校内ランクも上位から下位に転げ落ちていく。霧山砂月には知られてしまったが、あいつに言いふらされたところで、学校内ランクの低いあいつには発言力がないから、俺がしらを切ればすむことだ。俺が、男好きだと気付かれる行動をしなければいい。


 しかし優人、お前は俺のことをよく見ているな。照れるぜ。


「何もないならいいけど。そういえば新しい格ゲー買ったから、今日うちで遊ぼうよ」


 優人の突然の誘いに俺はテンションが上がって二つ返事で了承する。

ラーメン屋で飯を食べて、コンビニで飲み物とお菓子を買ってから優人の家に行く。


 コンビニで会計の時、店員が間違ってお釣りを多く優人に渡してしまったが、それに気付いた優人は、笑顔で多く貰ったおつりを店員に返していた。

 俺は「貰っちゃえばいいのに」と言ったが、優人は「そういうことはできないよ」と笑って言った。俺から言わせれば優人は真面目すぎると思ったけど、それが優人の良いところだな。


 優人の家に着いて部屋に入る。優人の部屋は広くはなかったが、綺麗に片付けられていたから、実際の広さより広く感じる。優人の買った格ゲーは人気作で、プレイしていてとても面白かったが、俺はそれ以上に優人と一緒にいるのが楽しかった。


 優人と俺は幼なじみで、仲良くなったのは、小学校で同じサッカークラブに入ったことがきっかけだったかな。


 その頃から俺と優人はサッカーが上手くて、俺達はすぐにそのサッカークラブのレギュラーになったよな。サッカークラブの帰りには二人でよくコンビニで駄菓子を買って食べていたな。俺はすぐ小遣いを使いきっちゃうから、お菓子をよく万引きしていたこともあったけど、お前は絶対にやらなかったな。でも俺の万引きが見つかった時は、何故か俺と一緒に怒られてくれたよな。お前は悪くないんだから俺なんてほっとけばいいんだよ。でも俺は嬉しかったぜ。


 中学も同じ学校で同じサッカー部に入ったな。中学のサッカー部じゃなかなかレギュラーが取れなくて、悔しかった俺は部活が終わった後に猛特訓した。その特訓にもお前は付き合ってくれたよな。その特訓のおかげで俺は二年の時にレギュラーが取れたよ。お前はその時レギュラーを取れなかったのに、自分のことのように喜んでくれたよな。俺はそれが嬉しかった。お前が中学三年で初めてレギュラーを取った時、俺だって自分のことのように嬉しかったんだぜ。


 俺は勉強が苦手だから、テストの度にお前に世話になっているな。俺は勉強が嫌いでテストの点も悪いけど、お前が勉強を教えてくれるおかげで留年せずに済んでいるぜ。


 お前は俺の最高の親友だよ。


「強いな、英治」


 ゲーム画面から目を離さず、優人は俺に話しかけてくる。今のとこ俺の連勝中だ。


 なぁ優人、もし俺がお前に、俺は男が好きだって打ち明けたらお前はどんな反応をするかな。どんな顔をするのかな。俺のこと嫌いになるかな。拒絶するかな。いや、優しいお前のことだ。それを知ってもお前は変わらずにいてくれるだろう。変わらず親友でいてくれる。俺を受け入れてくれるだろう。


 ……もうすべて言ってしまおうか。お前に。なぁ優人、俺、実はな――。


「今日、泊まっていけよ。英治」

「えっ」


 俺は思わず声を上げてしまった。と、泊まり……?


「今夜親いないしさ。シャワーでも浴びてこいよ」


 親不在? シャワー? お泊まり? いいの? 優人。俺は今女好きじゃないんだぜ……。


「英治に話したいこともあるし」


 俺の心臓が早鐘を打つ。体が熱くなる。手に汗をかく。


「話したいことって……?」


 俺は興奮していることを優人に悟られないように聞く。


「……英治。好きな女の子っている?」

「いや……」


 男好きになってしまった俺に、好きな女子はいない。今の俺が好きなのは――。


「僕……、天川のことが好きなんだ」


 優人の口から俺が好きだった女子の名前が出る。俺は体が石になったように動かない。


「今度、告白するつもり」


 石になった俺の体は、その場でバラバラに崩れてしまいそうだった。


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