EnlistedInTheMaster
入社早々だと言うのに、ミカのカンフー少女振りは、瞬く間にスクエア全体に噂が広まったようだ。
僕が心配した通り、登下校には腕自信の猛者達が、先輩後輩かまわずミカの対戦相手としてワンサカやって来た。
僕は勤めてヒロとユウカを誘って、それぞれのドローン操縦可能数を増やすため、ユウカ講師の下で特訓するよう仕向けた。
今のミカにとって、僕らは邪魔者でしか無く、対戦に専念出来るよう、ミカ単独で登下校できるようにしたのだ。
それでも、ミカは対戦の無い日は僕らと、放課後にユウカの指導でAIドローンの操縦練習をするのだが、アッと言う間にユウカと同じ5体を動かせるようになった。
ところがある日、ミカは僕に弱音を吐いて来た。
「ユウタ、俺に挑んで来る連中、もう入隊する中隊が決まってるよ。 どうしよう。勝っても勝っても俺の家来にはなれないって言いやがる」
生死を分ける選択なので、新人部隊に入る事を嫌っている事と、既に入隊済みの者が、ミカの噂を聞き、挑んで来るらしい。
当然、中隊の先輩から、ミカの強さを確認するよう命令されている者もいる。
対戦の前に、必ずミカは、負けたらミカの家来となり、今立ち上げようとしている新人中隊への加入を前提に、決闘を受けているのだが、対戦相手は皆、約束は守れないと退散してしまうらしいのだ。
いくらでも、子分を増やして行けると思っていたミカの憶測は、ここで計算違いの無駄な喧嘩となってしまい、さすがの暴君ミカも、精神、体力共に成果を期待出来ない虚無感で、疲労してしまっている。
「そうか……新人部隊に入ると、先輩のバックアップ無しに演習参加しなければいけないからね」
僕の部屋でバスタブに二人で浸かりながらミカと話していた。
横を向きながら膝を抱えてやっと二人入れる狭いバスタブのヘリに、チョコンと顎を付けて並んでいる。
暫くボーと二人で、上手く行かないミカの作戦に黙りこくってバスルームのドアを眺めていた。
「上がろうユウタ。今日泊まって良いか?」
バシャッと勢い良くバスタブに立ち上がり、体に似合わず大きめの尻を左右に振りながら、ミカはバスルームを出て行った。
「うん、良いよ。バンソウコウとシップ張ってあげるよミカ」
僕もバシャバシャと体も拭かずバスルームを出て、外で待っているミカの後を追った。
お互いの体をバスタオルで拭きながら、珍しくナーバスになっているミカは、昔もマーシャルアーツの大きな試合前日などで、よくこうして一緒に風呂に入り、同じベットで寝ていた。
そうすると落ち着くらしい。
生まれてすぐ、お互い添い寝させられていたので、こうする事がミカの精神安定剤になってるようだ。
「ミカ、椅子に座って」そう言うと、部屋の椅子の背もたれを逆にしてミカは腰掛けた。
いつもと違い、ミカの筋肉質だが女の子の華奢な背中がさらに華奢に見えた。
「そう言えばさ、中隊に入隊出来ない人とか、拒否する人達は、今何人いるのかな?その人達はきっと、僕等と同じルーキー中隊を作らされて、強制的に演習に出されるんだよね?」
ミカの背中がピクリと動いた。
「おお?そうか。そいつらを入隊させれば……。ユウカが特訓すればきっと俺達みたいに上達も早い……。行けるぞ、それ」
ミカの小さな背中が急にオーラを発し、いつもの暴君兄ミカに戻った気がした。
「さすがユウタだ。そうか、明日からヒロに相談してリストを作ろう」
「僕も勧誘手伝うよ。でもミカはまだ喧嘩しなくちゃいけなそうなの?」
あちこち傷や青痣の有る少女が、裸で椅子に座っている。
血が繋がっていなくても、自他共に認める弟として、そんな姉を見るのは辛い以外、何者でも無かった。
「ユウタはヤサシイな」そう言うミカの背中の青痣にシップを張りながら、「大事な姉貴思いの良い弟だからね」そう言って後ろからミカの後ろ髪にキスをした。
僕等はそのまま、ベットに潜り込み、ミカはヌイグルミの代わりに僕の腕を抱きしめ、小さな寝息を立てながら、すぐに眠りに付いた。
その寝顔を見ながら(僕も何とか頑張らないと)と思いながら、もう一度ミカの頭にキスをして目を閉じた。
**************************
次の日、早速、朝礼の後ヒロとユウカに相談した。
「成程、それは調べる価値が有りますね。早速教官から情報収集します」
近代基礎フォーメーション概論の授業を受けた後、大発教官から、まだ未入隊者の名簿を貰って、四人でドローンラボのヒロの個室で作戦会議をすることにした。
午後から、廃墟の片付けが有るので、勧誘は短い昼の時間が勝負だ。
最近、ヒロのラボに集まる事が多くなった。
入り口にヒロSラボと書かれたドアが有る廊下では、辺りからドリルやチェンソーのキューンと言う音と、はんだのヤニ臭い匂いが立ち込めていた。
ヒロの認識プレートでラボの鍵を開け中に入ると、テーブルの上には解体されたドローンと壁に二体のドローンが立っている。
入社1ヶ月前の僕等は、専用のドローンを支給されていないので、借り物のドローンを、ここでいじるしかないのだ。
ドローンの扱いに一番詳しいヒロを代表に、ここを僕らで借りている。
本来は中隊が決まってから、各自の希望で借りる事が出来る。
今回は特別、僕らは新人部隊を立ち上げると、教育担当大発教官に報告した時に、必要に成るので、今からドローンを沢山いじる事を進められ、ヒロを専任として貸してくれたのだ。
確かに、集まったり、作戦会議をする場所には必要だったのだ。
しかし、ヒロに取っては別のようだ。
本来の目的通り、寝ないでドローンをいじっている。
「メカお宅なんです。お兄ちゃん。隣にお師匠さんも出来て、寮に帰らないでここに入り浸っているんです。だからユウカも夕食はここで一緒に食べているんですけど。臭いですよねここ」
そういうユウカの言葉に、師匠からもらったと言うオイルで薄汚れた白衣をまとい、眼鏡を右人指し指で上げ、いかにも研究者と言う出で立ちで、いつもと違うヒロに見えた。
「ふふ、見て下さい。この千倍ズームカールツアイズの偏光レンズを三枚使用しながら……」長くなりそうなので、僕が議長を勤め本題に入る事にした。
「と、言う事で、お昼のチキチキ中隊員獲得作戦ですが、ユウカさん何かご意見ないでしょうか?」ユウカは呆れ顔でヒロを見ながら、「お兄ちゃん!考えて!」
即効でヒロに振られたので、僕は今度、ミカに振ってみた。
「中隊長候補の暴君ミカさん如何でしょうか?」
ミカは大きく僕の頭を叩こうとして、完全に読んで僕にかわされながら「ヒロ、こう言うのはお前の担当だ考えろ」そう言った。
ドローンに取り付ける望遠レンズの説明を無視され、ムッとしながらも、ミカとユウカに頼りにされている事に、複雑な面持ちのヒロは何かブツブツ言ってイジケていたが、僕が「ではヒロお兄ちゃんお願いします」と言うと、、暫くしてニヤリと笑い話始めた。
「えーと、さっき大発教官から、まだ中隊未加入者のリストを貰いました。認識番号が書かれているので、認識プレートを使って連絡できます。今から勧誘メールを送って休憩ホールに集合させましょう」
「どうやって?」僕等3人が同時に聞いた。
「私の指示どおりにミカさんとユウカの写った写真を添付して流します。見た所、僕らを除いて、20人が残っています。写真も有りますので、モニターに映します」
そう言うと、ヒロは認識プレートを操作して、壁の巨大モニターに写真付のプロフィールを写し出した。
「この中の4人はお宅かメタマニアで、引きこもりタイプ、自己中心的性格の人達とお見受け致します。この中の男子は高い確率で、元日本民族アイドルユウにガッチリ食いつきます。モヒカンの3人は中途半端な不良タイプでミカさんの挑発で乗って来ると思います。
残りは……残念ですが声を掛けて乗って来ない場合、僕ら以外のルーキー隊で頑張って貰うしかないです」
「なる程、さすがヒロだ。で、ユウカは大丈夫なの?写真取られて?」
極端な恥ずかしがり屋でアイドルを辞めたユウカに気を使って僕が聞くと、ユウカはヒロとミカの方を交互に見ながら眼鏡の奥の目をウルウルさせていた。
しかし、大きな胸の前で両手を握りしめ意を決したように答えた。
「し、しかたないですゥ皆のためにに人肌脱ぎますゥ!」
そう言ってお下げ髪を解き、眼鏡を取ると、もうユウカでは無く、かつての民族アイドルユウがその場に立っていた。
ところが何故か、いきなり制服を脱ぎ出した。
その横で何故か一緒にミカも制服のスカートを脱ぎ上着に手を掛けていた。
「ストップストップ!ヒロ!何所までやらせるの?ミカも何で脱ぐの!」
僕はあせってユウカとミカを止め、ヒロを見ると、ミカのショーツ姿にヒロは固まり鼻血を流してその場に突っ立っていた。
「うわー、ヒロが……ヒロが壊れた!ティッシュはユウカ、ミカスカート履いて!」
「ユウタ!俺だって体で挑発出来るんだよ!ユウカに負けるもんか」
「挑発て何時もどうりで良いんだよミカは」
「もう私も水着持ってきますゥミカさんとグラビア写真ですゥ」
「ああーユウカは制服で十分だから、それで良いから、お願いだよー」
バタバタとラボの中で間抜けなトークをしていた、そのとき、ヒロの認識プレートが誰かの声を拾った。
「ヒロ氏、どうだね?報道部からの戦利品の超望遠レンズの調子は?」
どうやら、ドアの外に訪問者が来たようだ。
「あ、お兄ちゃんのお師匠さんですゥ」そう言うとユウカがドアロックを解除した。
「あ!ユウカ、眼鏡と髪を束ねないとまずい!」ヒロがフリーズから復帰して叫んだ時、ドアが自動で開いた。
「すいません、ヒロ氏、今日は教授氏と一緒に来たよ……」
白衣に丸眼鏡、ボサボサ頭で背が高い痩せ男と、小ざっぱりした風貌だが樽のように太った背の低い男が二人ラボに入って来た。
その二人はユウカを見てビックリしたようで背の低い方が言った。
「おお!凄い!もうドローンの偽装を使って僕等のアイドルユウをペイントしたんだね。すばらしい。本物のようだ」
そう言ってユウカの胸に手を出した時、ユウカはササッと横をすり抜け外に出た。
「ああ、ソーリ師匠に教授師匠、こちらはミカさんとユウタです。
ヒロはなにか焦っているようなので、僕とミカは合わせる事にして、笑いながら握手をした時だ。
「おお、彼がユウタ君だ。ソーリ氏。僕等ユウの次に君の大ファンで、全米大会見たよ。同年代で5位なんて凄いよ、君の戦歴は全部ソーリ氏と研究しているよ」
ユウカは眼鏡を持ってドアを出て行った。
ヒロが「頼んだぞ」と言って認識プレートをいじった。
ミカも二人に握手して「ユウタのファンか。ふふふ」そういって、弟を誉める称える二人の会話を満足気に横で聞いていた。
暫く、戦略シュミレーションゲームDESERT STEEL(鋼鉄の砂漠)でハイクラス2年のソーリと教授と盛り上がった。
しかし、時計はもう11時を回っていた。
「すいません師匠方、今日は僕等の新人中隊の人員探しのミーティング中なんです。放課後にもう一度来て貰えませんか?」 ヒロは申し訳なさそうにそう二人に告げた。
すると、二人は顔を見合わせ、思いがけない話をはじめた。
「すいません、ヒロ氏、少し私達の話しを聞いて貰えないでしょうか。
前々から、新人小隊の話はお宅から聞いていました。
今日はその件で二人で来たのです。
短刀直入に、私達を加えてくれないでしょうか」
二人は懇願するように僕達を見回した。
「実は我々の所属していた部隊が二ヶ月前、ヌシュナイ校にやられましてね。
新しい所属部隊の通達待ちなのですが、新しい部隊ならこちらから志願出来るのです」
背の高いソーリが神妙な面持ちで続けた。
「すいません、部隊が壊滅した理由ですが、前線近くに指揮ポイントを設けたのがまずかったんですね。
2台並んでドーローンを操作していたんですが、どこかの瓦礫に潜んでいたBM-31-12ロケットランチャーですね、あの時私らをやったのは。
4Kmぐらい先からだと思いますカチューシャ式ロケット弾12発が2回発射されました」
ソーリが教授と顔を見合わせながら言った。
少し間を置き、教授が当時を分析するように話始めた。
「一溜りも無かったよ。
もっと警戒するべきだったんだ。
フィールドはヌシュナイの丘陵地で大雪だった。
白色塗装されたトラックドローンに気が付かなかった。
ユウタ君なら分かると思う。ゲームと同じ二次大戦のソビエト兵器だね。
広範囲にトーチカとかコンクリート製の防衛施設を破壊する目的の兵器だが、指揮車の装甲も貫通する。
重量も軽いからね、元々カーゴトラックを改造してロケットランチャー12本の射出筒を付けただけの代物だから、軽い分操縦範囲も広くなる。
あらかじめ潜んでいたんだろう。やったのは、よほどの戦略家で中隊長。
じゃないと敵の指揮車の位置は割り出せない。未だに小隊と中隊名は明かしてもらって無い。
戦略上の秘密だそうだ」
教授が下を向き、その後ソーリは少し涙に蒸せながら続けた。
「すいません。う……。それで私共ブルービショップ中隊で生き残ったのは……私と教授の二名。
地獄でした。
焼け爛れた中隊の仲間を眺め、吹雪の中、その燃える指揮車と同僚達で暖を取り救援を待ちました。何時武器を持った敵ドローンが襲ってくるかも知れない、寒さと恐怖と仲間を殺された憤りで気が狂いそうでした。
それでも二人とも、五体満足で帰還出来た時は奇跡だと思いました」
二人の話に僕等は暫くどう言葉を返えして良いものか考えていたが、体験した事の無い惨事に全く返す言葉が思い浮かばなかった。
ラボは沈黙し重い空気に包まれていた。
「お兄ちゃん買って来たよ」
そこに、さっき出て行ったユウカが、眼鏡とお下げ髪に直し、帰って来た。
「さっき来て貰ったドローンは言われたラボに置いて来たよ」
ユウカは部屋の暗い雰囲気を読み「あーソーリお師匠と教授お師匠も着てたんですね。調度人数分ジュース買って来たのでどうぞ飲んで行って下さいな」
一瞬でラボの雰囲気は変わった。さすが元アイドルユウカだ。
「うーんやっぱりヒロ氏の妹、ユウカちゃんは僕らのアイドルユウの次に可愛いね。遠慮なく頂くよ」
僕らもジュースを受け取りながら、ミカがユウカに笑いかけると、ユウカはウィンクで返した。
どうやら、ユウがユウカで在る事をばらしたく無いらしい。
(僕はユウカの声と胸でスグ分かったけど、普通は解らないんだ……)そう思った時、ソーリが突然ヒロに詰め寄った。
「ヒロ氏、頼む。師匠の頼みだ、この私と教授氏を新しい中隊に入れてくれないか?頼む」そう言って二人はヒロに頭を下げた。
「師匠、頭を上げてください。僕では無く、ボスのミカさんに許可を貰ってください」
「ユウタ、良いんじゃないか?二人に入ってもらおう。その代わり、先輩お二人には、私の家来になってもらいますが宜しいですか?それが条件です」
二人は顔を見合わせ、満面の笑みで教授が答えた。
「カンフー少女のミカ君、戦略ゲーム、デザートスチールの天才ユウタ君が要るチームなら喜んでミカ君の家来に成るよ。このままだと、強制的に他の中隊で下っ端扱いだったから、どうせならソーリとヒロ君、ユウカ君と一緒に働ける中隊でと二人で話していたんだ。よろしくお願いします」
「よし、これで6人揃った。後4人だ。これからよろしく。ソーリ、教授。それから、俺の体術はカンフーじゃない、マーシャルアーツ、軍隊格闘技だ」
そう言いながらミカは二人と両手で握手した。
「わーいお師匠さんがチームに入ってくれるなんて。良かったですゥ」
大きな胸をブルンブルンさせながら、ユウカは飛び跳ねて喜んだ。
「よろしくお願いします両師匠、部隊のAIドローンは、これで何所の部隊にも負けない改造ができそうです。これからも、ご指導お願いします」 真顔でヒロは頭を下げた。
「では、俺たちのスペシャルAIドローンを御目に掛けよう」
教授がそう言うと、二人は認識プレートに指示を出した。
暫くしてヒロの認識プレートにポーンと言う入出許可音が鳴った。
ヒロがドアを開けると、そこには、2体のきわどい水着姿のアイドルユウが立っていた。
ユウカはそれを見て真っ赤になりながら下を向いて黙ってしまった。
その後、ユウのデビュー曲、キュンキュンジャパンに合わせ、ドローンと一緒に教授とソーリが、昔日本で流行ったアイドルを応援するダンス、パラパラを披露してくれた。
酷くマニアックな踊りに、僕等四人は呆然としたが、本人が目の前に居て気が付かない、間抜けなユウの熱狂的ファンにミカと二人で大笑いし、2人と2体の一糸乱れずシンクロする踊りに、関心しながら拍手を送った。
「もう、今日は無理だな。放課後もう一度ミーティングをする。人員確保作戦は明日決行。では昼飯食いに行こう!」
ミカの号令で6人と二体のユウを引きつれ食堂ホールに向かった。
二体の制服姿に切り替えたユウAIドローンの後ろから、不思議な顔をして覗きこみ歩くユウカの姿はなんともおかしい風景で、僕とミカ、ヒロはニヤニヤしながらそれを眺めて歩いた。
まだ、戦場を知らない僕等は、さっき先輩の話しを他人事のように考えながら、今が平和すぎる事にも気が付かずに、何所にでもいる高校生と変わらない日々が、このまま何時までも続くと思っていた。
こうしている間も先輩達は、各地区のミッションで命を曝して対戦している事を知らずに。