7
眠気に襲われる午後の授業。英語教師の声に混じり、くすくすと女子生徒の笑う声が聞こえてくる。
「おーい、ちゃんと聞いとけ。ここ、テストに出るぞー」
ペンケースからマーカーを取り出しながら、窓の外を見る。
細かい雨はいつの間にか上がって、雲の切れ目から陽が差し込んできた。
なんとなく空を見上げた僕は、「あっ」と小さく声を上げた。
虹だ――教室の窓から、空に架かる虹が見えた。
「先生っ」
ガタンと席を立ち、僕は声を上げる。どうしてこんな大胆な行動を起こしたのか、自分でもわからない。
「どうした?」
不思議そうな顔の英語教師と、クラス中の視線が僕に集まる。
「すみません。具合が悪いので、保健室に行ってきます」
先生の返事も聞かずに、僕は教室を飛び出す。静まり返った廊下を走り、階段を駆け下り、靴に履き替えて校舎を出る。
僕はただ夢中だった。夢中で歩道を走った。
会えるかどうかなんてわからない。会えない確率の方が高い。
だけど僕はシオに見せたかったんだ。
雨上がりの空に架かる、七色の虹を――。
息を切らしながら公園の前で立ち止まる。立ち入り禁止のロープの前から、顔をうつむかせてブランコに座る人影を見る。
「シオっ!」
シオが驚いた顔で僕を見た。当たり前だ。こんな時間に僕がここに来るなんて、思ってもみなかったはずだから。
「空っ! 顔を上げて空を見て!」
僕がそう言って手を伸ばし、人差し指で空を差した。シオがブランコから立ち上がり、僕の指先の方向を見上げる。
だけど……だけどもう遅かった。もう虹は消えてしまっていた。
「虹が……虹が見えたんだ」
シオの視線が僕に移る。
「だから……シオにも、見せてあげたくて……」
どんなに長い雨でも必ず上がる。そして空に虹が架かる時だってある。
僕はそれをシオに伝えたかったんだ。
息を切らしたまま突っ立っている僕を見て、シオが笑う。僕はロープをまたいで公園に入り、シオのもとへ歩み寄る。
「そのために、ここに?」
「……うん」
「へんなの」
くすくすとシオの笑い声が響く。僕はただぼんやりとシオの笑顔を見つめている。
やがてシオの瞳から、つうっと一筋の涙がこぼれた。
「シオ……」
シオがさりげなく僕から顔をそむける。
「シオ」
僕はそんなシオの、名前を呼んであげることくらいしかできない。
シオの笑顔が偽物だったってこと。本当は泣きたいのに笑っていたってこと。
それを誰よりもわかってあげられたのは、僕だったはずなのに。
「シオ」
もう一度名前を呼んで、シオの手をそっと握る。
シオの小さな手はとても冷たくて、僕はその手を温めてあげるようにぎゅっと力を込めた。
「ユイトくん……」
シオがそれに応えるように、僕の手を握り返す。そして今にも消えてしまいそうな声で、僕に一言つぶやいた。
「……ありがとう。ユイトくん」
その次の日、この公園に工事の車が入って、いつの間にかブランコはなくなっていた。