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 眠気に襲われる午後の授業。英語教師の声に混じり、くすくすと女子生徒の笑う声が聞こえてくる。

「おーい、ちゃんと聞いとけ。ここ、テストに出るぞー」

 ペンケースからマーカーを取り出しながら、窓の外を見る。

 細かい雨はいつの間にか上がって、雲の切れ目から陽が差し込んできた。

 なんとなく空を見上げた僕は、「あっ」と小さく声を上げた。

 虹だ――教室の窓から、空に架かる虹が見えた。

「先生っ」

 ガタンと席を立ち、僕は声を上げる。どうしてこんな大胆な行動を起こしたのか、自分でもわからない。

「どうした?」

 不思議そうな顔の英語教師と、クラス中の視線が僕に集まる。

「すみません。具合が悪いので、保健室に行ってきます」

 先生の返事も聞かずに、僕は教室を飛び出す。静まり返った廊下を走り、階段を駆け下り、靴に履き替えて校舎を出る。

 僕はただ夢中だった。夢中で歩道を走った。

 会えるかどうかなんてわからない。会えない確率の方が高い。

 だけど僕はシオに見せたかったんだ。

 雨上がりの空に架かる、七色の虹を――。


 息を切らしながら公園の前で立ち止まる。立ち入り禁止のロープの前から、顔をうつむかせてブランコに座る人影を見る。

「シオっ!」

 シオが驚いた顔で僕を見た。当たり前だ。こんな時間に僕がここに来るなんて、思ってもみなかったはずだから。

「空っ! 顔を上げて空を見て!」

 僕がそう言って手を伸ばし、人差し指で空を差した。シオがブランコから立ち上がり、僕の指先の方向を見上げる。

 だけど……だけどもう遅かった。もう虹は消えてしまっていた。

「虹が……虹が見えたんだ」

 シオの視線が僕に移る。

「だから……シオにも、見せてあげたくて……」

 どんなに長い雨でも必ず上がる。そして空に虹が架かる時だってある。

 僕はそれをシオに伝えたかったんだ。

 息を切らしたまま突っ立っている僕を見て、シオが笑う。僕はロープをまたいで公園に入り、シオのもとへ歩み寄る。

「そのために、ここに?」

「……うん」

「へんなの」

 くすくすとシオの笑い声が響く。僕はただぼんやりとシオの笑顔を見つめている。

 やがてシオの瞳から、つうっと一筋の涙がこぼれた。

「シオ……」

 シオがさりげなく僕から顔をそむける。

「シオ」

 僕はそんなシオの、名前を呼んであげることくらいしかできない。

 シオの笑顔が偽物だったってこと。本当は泣きたいのに笑っていたってこと。

 それを誰よりもわかってあげられたのは、僕だったはずなのに。

「シオ」

 もう一度名前を呼んで、シオの手をそっと握る。

 シオの小さな手はとても冷たくて、僕はその手を温めてあげるようにぎゅっと力を込めた。

「ユイトくん……」

 シオがそれに応えるように、僕の手を握り返す。そして今にも消えてしまいそうな声で、僕に一言つぶやいた。

「……ありがとう。ユイトくん」

 その次の日、この公園に工事の車が入って、いつの間にかブランコはなくなっていた。

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