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 窓の外は今日も雨だった。

 梅雨に入ったから当たり前なんだけど、このままずっと空は晴れないんじゃないかと思うほど、雨は降り続く。

 教室の窓から僕はぼんやりと空を眺めていた。シオにはもうずっと、会っていない。

「緒方くん」

 誰かが僕を呼んだ気がする。

「緒方唯人くん」

 ゆっくりと顔を上げると、僕の机の前に女の子が立っていた。

 この子は確か……クラス委員をしている、佐藤さん……だったかな?

「次、音楽室だよ。もう誰もいないよ?」

「あ……」

 見渡すと、教室の中には僕と佐藤さんしかいなくなっていた。

 僕は机の中から、音楽の教科書を取り出そうとする。だけど慌てていたからか、ノートやペンケースなんかがこぼれ落ち、床に大きな音を立ててばらまいてしまった。

「あーあ」

 佐藤さんがそう言いながら笑う。僕が急いで手を伸ばしたら、佐藤さんも素早くその場にしゃがんで、散らばったペンや消しゴムを拾ってくれた。

「はい」

 佐藤さんが僕にペンケースを渡してくれる。

「ありがとう……」

「緒方くんって、しっかりしてるようで、けっこうドジやるんだね」

 しっかりしてる? 僕が? そんなふうに見られていたなんて、ものすごく意外だ。

「一緒に行こう。音楽室」

「う、うん」

 佐藤さんの後について教室を出る。廊下の窓から雨が見えて、僕はまたシオのことを思い出した。


 傘を差して横断歩道を渡る。建物の間を抜けて公園に着くと、そこにはロープが張ってあり、「立ち入り禁止」のプレートがかかっていた。

 僕はその場に立ち尽くし、誰も座っていない、雨に濡れるブランコを見つめる。

 シオはどこにいるんだろう。またお父さんに、殴られたりしていないだろうか。

 もしかしたらもうどこかの街に、引っ越してしまったのだろうか。

 傘をぎゅっと握りしめて、水たまりを踏みしめる。

 ――もう……ユイトくんには会いたくない。

 最後に聞いたシオの言葉が耳から離れなくて、僕はそれを振り払うように走り出した。


 いつもよりも早い時間なのに、部屋の鍵は開いていた。恐る恐るドアを開けると、母の「お帰り」という声が聞こえてきた。

「……ただいま」

 四畳半の畳の上に座った母が、僕ににっこり笑いかける。そして右手で、おいでおいでをして、畳の上に座るようにと僕を呼ぶ。

 言われるとおりに座ったら、穏やかな顔つきのまま母が言った。

「今ね、担任の先生に電話で聞いたの」

「え……」

 心臓がどきんと音を立てる。

「唯人、部活入ってないんだってね?」

 母の前でうつむいて黙り込む。

「クラスにも、まだ上手くなじめてないんじゃないの?」

 僕の嘘が崩れていく。弁解もできない僕の前で、母が静かに微笑む。

「ごめんね。今まで気付いてあげられなくて」

 母の声が胸に沁み込む。

「だけどこれからは何でも言ってね? 唯人の考えてること、何でも話して?」

 ゆっくりと顔を上げて母を見る。母が僕に微笑みかける。

「お母さんなら大丈夫。もう、ちょっとのことじゃ、へこたれないから」

 そして僕の肩をぽんっと叩くと、立ち上がって明るく言った。

「さ、ご飯作るね。唯人も手伝って」

 エプロンをつけながら、母が台所に向かう。僕はそれを見送ってから、窓の外を見る。

 雨はまだしとしとと降り続いていた。

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