6
窓の外は今日も雨だった。
梅雨に入ったから当たり前なんだけど、このままずっと空は晴れないんじゃないかと思うほど、雨は降り続く。
教室の窓から僕はぼんやりと空を眺めていた。シオにはもうずっと、会っていない。
「緒方くん」
誰かが僕を呼んだ気がする。
「緒方唯人くん」
ゆっくりと顔を上げると、僕の机の前に女の子が立っていた。
この子は確か……クラス委員をしている、佐藤さん……だったかな?
「次、音楽室だよ。もう誰もいないよ?」
「あ……」
見渡すと、教室の中には僕と佐藤さんしかいなくなっていた。
僕は机の中から、音楽の教科書を取り出そうとする。だけど慌てていたからか、ノートやペンケースなんかがこぼれ落ち、床に大きな音を立ててばらまいてしまった。
「あーあ」
佐藤さんがそう言いながら笑う。僕が急いで手を伸ばしたら、佐藤さんも素早くその場にしゃがんで、散らばったペンや消しゴムを拾ってくれた。
「はい」
佐藤さんが僕にペンケースを渡してくれる。
「ありがとう……」
「緒方くんって、しっかりしてるようで、けっこうドジやるんだね」
しっかりしてる? 僕が? そんなふうに見られていたなんて、ものすごく意外だ。
「一緒に行こう。音楽室」
「う、うん」
佐藤さんの後について教室を出る。廊下の窓から雨が見えて、僕はまたシオのことを思い出した。
傘を差して横断歩道を渡る。建物の間を抜けて公園に着くと、そこにはロープが張ってあり、「立ち入り禁止」のプレートがかかっていた。
僕はその場に立ち尽くし、誰も座っていない、雨に濡れるブランコを見つめる。
シオはどこにいるんだろう。またお父さんに、殴られたりしていないだろうか。
もしかしたらもうどこかの街に、引っ越してしまったのだろうか。
傘をぎゅっと握りしめて、水たまりを踏みしめる。
――もう……ユイトくんには会いたくない。
最後に聞いたシオの言葉が耳から離れなくて、僕はそれを振り払うように走り出した。
いつもよりも早い時間なのに、部屋の鍵は開いていた。恐る恐るドアを開けると、母の「お帰り」という声が聞こえてきた。
「……ただいま」
四畳半の畳の上に座った母が、僕ににっこり笑いかける。そして右手で、おいでおいでをして、畳の上に座るようにと僕を呼ぶ。
言われるとおりに座ったら、穏やかな顔つきのまま母が言った。
「今ね、担任の先生に電話で聞いたの」
「え……」
心臓がどきんと音を立てる。
「唯人、部活入ってないんだってね?」
母の前でうつむいて黙り込む。
「クラスにも、まだ上手くなじめてないんじゃないの?」
僕の嘘が崩れていく。弁解もできない僕の前で、母が静かに微笑む。
「ごめんね。今まで気付いてあげられなくて」
母の声が胸に沁み込む。
「だけどこれからは何でも言ってね? 唯人の考えてること、何でも話して?」
ゆっくりと顔を上げて母を見る。母が僕に微笑みかける。
「お母さんなら大丈夫。もう、ちょっとのことじゃ、へこたれないから」
そして僕の肩をぽんっと叩くと、立ち上がって明るく言った。
「さ、ご飯作るね。唯人も手伝って」
エプロンをつけながら、母が台所に向かう。僕はそれを見送ってから、窓の外を見る。
雨はまだしとしとと降り続いていた。