表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

「どうしたの、唯人? 食欲ないの?」

 炊き立てのご飯を前にぼんやりとしていた僕に、母が声をかける。僕はその声に弾かれたように、右手を動かして箸を持つ。

「そんなことないよ。いただきます」

 いつものように頭の中で命令する。動け、動け……だけど今日は、指先が上手く動いてくれない。

 ご飯をたくさん食べなくちゃ。おいしそうに食べなくちゃ。

 学校で嫌なことがあっても、公園で嫌なことがあっても、何にもなかったふりをして、楽しそうに食べなくちゃ。

 そうしないとまた、母に哀しい顔をさせてしまう。

「唯人……」

 左手を無理やり動かして茶碗を持つ。箸の動きはぎこちないけど、何とか口の中にご飯を押し込む。

「唯人!」

 母の声を聞きながら、もっとご飯を口に入れる。味なんかわからないし、炊き立ての匂いも気持ちが悪い。

 でもこんな僕なんかより、シオのほうが、もっともっとつらいはずだから。

「唯人! もういいから……もうやめて!」

 母の叫ぶような声が聞こえる。何でそんな声を出すのかわからない。

 だけど気がつくと、僕は食べたものを全部戻していた。

 せっかく母が僕のために作ってくれた食事が、僕の汚物でぐしゃぐしゃになる。

「なんで……」

 吐いたものと一緒に、鼻水と涙が出てきた。

 泣くつもりなんてなかったのに。絶対泣きたくなんてなかったのに。

「なんで……」

 自分で自分がわからなくて、その言葉だけを繰り返す。そんな僕の体を、母がそっと抱きしめてくれた。

「唯人……無理しなくていいのよ」

 母のブラウスが汚れている。だめだ、だめだよ……僕なんか抱きしめたら汚れちゃうよ……。

「いいの。お願いだから、もう無理しないで……」

 無理なんかしていない。僕がそうしたいからしてるだけ。

 だけどその想いは声にならなくて……僕は母の胸の中で、子供みたいに声を上げて泣いていた。

「唯人……ごめんね? 悪いのは全部お母さんだよね?」

 違う、違う。泣きながら首を横に振る僕を、母がもっと強く抱きしめる。

 母にこんなふうに抱きしめられるなんて、小さな子供の頃以来で、ものすごく恥ずかしかったけれど……でもその胸はとても温かくて、僕はすがりつくようにいつまでも泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ