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その日僕は先生との面談があって、帰りが少し遅くなってしまった。
鞄を肩にかけて、急いで校門を出る。背中に野球部の掛け声を聞きつつ、一人でブランコに座っているシオの姿を想像する。
歩道を走りながら気持ちが焦る。赤信号の時間がとてつもなく長く感じる。
その時ふと考えた。どうして僕は、こんなに急いでいるのだろうと……。
信号が青に変わった。横断歩道の向こうに団地が見える。
ああ、そうか。僕はシオに会いたいんだ。早く、早く、シオに会いたいんだ。
茜色に染まった空の下を駆け抜ける。息を切らしながら公園の前で立ち止まる。
ブランコに座って、一人地面を見つめているシオが見えた。
「シオ……」
誰もいない公園。ほんの少し揺れているブランコ。
長い影を伸ばすシオの姿は、とても寂しそうだった。
「シオっ!」
僕は思わず声を上げる。ゆっくりと顔を上げたシオが、僕ににっこりと微笑んだ。
「走ってきたの?」
額に汗をにじませて、息を切らしている僕にシオが言う。
「そんなに急がなくてもいいのに」
シオが僕を見上げておかしそうに笑う。
「だって約束したわけでもないでしょ?」
それもそうだ。
僕とシオは約束したわけでも、待ち合わせしているわけでもない。ただ僕がシオに会いたくて……毎日この公園に来ているだけなのだ。
「別に急いでなんかないよ」
「ユイトくんは嘘つきだよねぇ」
シオが笑って、つま先で地面を蹴る。キイッと錆びた音が響いて、シオの乗ったブランコが前後に揺れる。
僕は隣のブランコに座って、夕陽が当たるシオの横顔を見ていた。
ブランコに勢いがついて、シオの髪とスカートがなびく。
今日もシオは制服を着ていた。学校に行ったのかどうかはわからないけど。
そして今日のシオが少し違って見えたのは、制服が夏服に変わっていたからだ。
僕はシオの白いブラウスを見つめていた。半袖ブラウスから伸びている腕は、細くて白くて……それにいくつかの痣がついていた。
「ん? なに?」
シオが振り向いて僕を見る。
「今ユイトくん、あたしに見とれてなかった?」
「み、見とれるわけないだろっ」
「あは、やっぱ、ユイトくんは嘘つきだぁ」
シオがぎゅっと鎖を握って立ち上がる。ぐんっとシオの乗ったブランコが風を切る。
僕の目の前でシオがブランコをこぐ。
高く、高く、空まで飛んで行くように……。
――シオ……。
僕は心の中でその名前を呼ぶ。
――どこにも行くなよ……シオ。
公園の向こうに立ち並ぶ古い建物。あと少しで取り壊されると言っていた。
「あたしもね、もうすぐ引っ越すの」
僕の心の中を見透かすようにシオが言う。
「もうすぐここからいなくなるの」
僕は黙ってその声を聞いていた。何もできない自分がもどかしくて、胸が痛かった。