騎士、魔女が為に在る。
予想を裏切らない展開かと。
一瞬後。
ブッ飛ばされたゲオルグさんの事を思い出し、彼の様子を見ようと顔を動かす。否、正式には動かそうとした。
「駄目だよ?私以外の人を見ちゃあ、ね」
間近でニッコリ、と後光がさす笑みで言われて、待ったをかけられた。それどころじゃないと知っているのに、思わず赤面しそうになった頬を隠す。
…柔らかな金髪、穏やかで優しげな碧眼は…まさしくお姫様を助けに来た王子様に見えるだろう。だが!彼女、レイナ・ワルターさんは祖母の『魔女騎士』であり、王子様ではない。
「それにしても…情けない」
はあ、と軽く溜め息が頭上にかかる。
…どうしたのやら。私の疑問視を見透かしたかの如く、レイさんは答えをくれた。
「同じ魔女騎士だと言うのに鍛えが足りない、呆気なさすぎて呆れたね」
「あー、やっぱり魔女騎士だったんだ」
ゲオルグさんの話を聞いて私なりの予想はつけていたが、大当たりだったようだ。
王子様ならぬレイさんの超人的力を見てきた為、人間の領分を超えた特異能力を聞いて気づいた。
だが、本人は自身が魔女騎士と知らずに、魔女を守る為の力を魔女に消して貰おうとしている。皮肉というか、笑えない現実だ。
「――魔女、騎士…?」
ゲオルグさんがふらつきながらも立ち上がる。紅の瞳に困惑を宿して。
嗚呼、やはり知らなかったのだ。
説明しようと口を開いたが、レイさんの人差し指に押し止められた。視線をやれば、ウインクを寄越される。意味は「任せて」 なのであろう。
「貴殿は魔女を守るための存在、魔女騎士なんだよ。」
「魔女を、守る…」
そ。とゲオルグさんの呆然とした呟きを肯定して、レイさんは魔女騎士の説明をした。超人的な力、存在の意味。それらを聞いていく内に、ゲオルグさんの表情は明るいものに変わっていった。…自らの力が誰が為に有るのか解ったからであろうか。
「…魔女騎士の力を、魔女を恨まないの?力があなたの人生を滅茶苦茶にしたのに?」
レイさんの胸から何とか脱出し、向き直ってから問う。彼は全てを失った。クロードさんが居なければ、彼は――独りだった。
私が映る紅の瞳に、微かな翳りが出た。
「全くと言えば嘘になります。…ただ、それ以上に自らの力を捧げる相手が、存在する事に喜びを感じます」
翳りが消え、まるで最愛の女性に愛を囁くような笑みでゲオルグさんは告げた。
この騎士を持った魔女は苦労する、と他人事だからこそ感じる。蛸の如く吸い付いて離れないぞ、きっと。
「そ、そう。良かったね。じゃ、私のエレは連れ帰るから」
些か引きつった声で、レイさんが私の肩に手を回した。私と同じように危険を察知したみたいだ。危険は回避するに限る。
レイさんと目が合い、頷き合う。お互いに意志疎通ができた。選択肢は「逃げる」だ。
そうと決まれば、素早くレイさんに横抱きにされたので、首に手を回そうとした。その時、だった。
「――昔、このシュトビネー領で苛められていた少女を見ました」
突然、ゲオルグさんが語り始める。ここで無視してさっさと帰れば良かったのだが、私もレイさんも動きを止めてしまった。
「私は、少女を助けたいと強く思った。すると、不思議と力が沸き上がって来たのです。少女を逃がし、苛めの主犯を叩きのめしました。――少女は魔女で、この瞬間に彼女の魔女騎士として目覚めたのだと、推測出来ます」
ピーン、と来た。…来てしまった。
身に憶えが、有る。
このシュトビネー領で町の子供に苛められた私を、一人の少年が救ってくれた。私は逃げるとき、何かを言った。
…。そうだ、「ありがとう、私はエレよ。また会えたら、御礼を必ず!」とか言った。…いや、似たような違う話かもしれない。
「彼女は「エレ」と名を教えて下さった。必ず御礼をすると言って」
熱のこもった紅の視線が、突き刺さる。
うん!違わなかった!…そっか、私の魔女騎士は現れなかったんじゃないのね。
居たけど、側にいなかったって訳ね。成る程!
そして、急展開にショートした脳味噌に、トドメが落ちた。
「御礼代わりに…私の魔女、エレ様。私を――ゲオルグ・アークランドを、貴女の騎士にして下さい」
そう言って、ゲオルグさんは颯爽と接近し、レイさんの首に回しかけた私の片手を浚った。数秒後、彼の唇が私の手に落ちる。
…思考回路が真っ白になった。
取り敢えず、言いたいことが幾つか。
…クロードさんはいいの?あなた、クロードさんの護衛騎士なんじゃ?
…キャラ変わってませんか?
…誘拐犯から魔女騎士にジョブチェンジですか?
あと、最後に大事な事。
トイレに行かせて下さい、そろそろきついです。
別名、ゲオルグ崩壊の巻。
そして我慢の子、エレ。