読み切り 6
間一髪。
コンマ数秒の速さで飛んできた鋭利な物体を、僕は寸でのところでかわす。
鋭利な物体はそのまま弧を描いて地面に突き刺さり、やがて停止した。
エンジン音が聞こえていたのはほんの数秒だったのに、妙に耳に余韻が残る。
「――…ひっでぇ歓迎だな」
「…………」
「こんな騒ぎが起こっている中、自分のこともそっちのけで爆心地の渡り廊下をものともせずにこの裏道へやってきた僕への言葉は何もないというわけか? 言っとくけどちょっとここから出てみれば一発で外の有様が見て取れるぞ」
「…………」
「大体、いくらここがC棟以上に人の寄り付かない未開の土地だからって、勝手に倉庫からこんな物騒なもん持ち出してくるのは良くないというかむしろ窃盗罪だ」
「…………」
「それとも、なんか別のことで怒ってんのか? 僕以外に何かイラついている原因があるのなら遠慮なく言ってくれ、できる限り対処しよう」
「…………」
やっと耳の余韻が消えた辺りで、ひとまず現状の簡単な解説を。
僕はただ今裏道を通った先にある月夜森に来ている。こんな騒ぎの中、鈴森のことを思い出した自分に感謝状ものだが、生憎あちら側は真逆だったらしく、感謝状どころかエンジン全開のチェーンソーを飛ばしてきた。地味にてこの原理を使っているところに鈴森の理科的風貌を感じ取った今日この頃、とりあえずなんか喋ってくれよ鈴森。
「さっきからなんで黙っているんだよ? 目は口ほどにものを言うとはよく比喩したものだが、所詮目は視覚を司る感覚器官でしかなく言葉を発することはできないんだ、声帯だってないしね。だから何か言いたいことがあるのなら目線でじゃなくちゃんと口に出して言ってほしい」
「…………」
「もう一度言う、何か言いたいことがあるのなら言え。何も言いたいことがないのならそう言え。とにかく言葉を発しろ」
「…………」
「……あー分かったよ。これはあれだな、焦らしてるんだな? 残念無念、僕はこれくらいじゃ全くもって動じない。今時焦らしプレイなんてのもなかなか廃れてしまったこのご時世にレトロな趣向もあったもんだ、僕はそういうの決して悪くはないと思うがそれを僕に対して実践してみたところで天使が通り過ぎるだけだよ」
「…………」
「待て待て、言い過ぎた。もしかしてお前はさっきから止まることなくピーチクパーチク喋りまくる僕に対して憤りを感じていたのか? それは失礼すまなかった、この通り謝るから許してくれやしないだろうか。何なら地に脚つけて土下座だってしてみせよう、それくらい今僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
「…………」
「……訂正しよう。先程僕は焦らしプレイと言ったが、それは全く正確さを欠いていた様だ、正しくは放置プレイをかましているんだな。だからさっきから僕なんていないかのようにそうやって切り株の上に寝転んで【吾輩は猫である】の48ページを開いているんだな、そうかそうかようやく分かったよお前の心理が。まさかとは思っていたが鈴森星慈はサディストだったというわけか、こりゃあいけねぇ大地を揺るがす真事実だ。てかこのタイミングで新たなキャラ付けとは随分ハイリスクハイリターンと来たもんだ、次々と物語が紡ぎ出されていく中でお前一人のサディスト疑惑なんか簡単に埋もれちまうこと間違いなしとまではいかないが深く印象に残る可能性なんかは皆無と見て相違ない。それでもいいのか若人よ、少年は大志を抱くのだよ」
「…………」
「ほらまたそうやって僕を無視する。サディストからのツンデレってやつを試みようとしているのならやめたほうがいい、今までそんな複雑を通り越してもはや二重人格者として扱われるようなキャラクターで長生きした者はいないのは周知の事実であり暗黙の了解、良くて出オチだ。今後の出世はどう考えても見込めないだろう」
「…………」
「あれ? おかしいな、ここまで挑発に成功したのは初めてだ、いつもならここら辺でお前が切れて僕がここから立ち去るっていうシナリオ通り進んでいくはずだったのに、お前がいつまでもそんな調子だと物語が進まないじゃないか。あ、さっきのキャラ付けの件で怒っているのならそれは無駄なストレスでしかないから今のうちに解消しておいた方が身のためだよ。事実を言われて逆切れするやつにろくな博愛精神はない、王道も王道、憲政の常道もいいとこだね」
「…………」
「えっととりあえずまさかとは思うが。ここまで持ち込んどいて相も変わらず徹底スルーってことは、これなんかの複線だったりするアレか? 実は僕がここへ来たときすでに鈴森星慈は息絶えていたとかそういうノリで今後の物語が新たにスタートしていく、つまりは死体から始まるストーリー的な? そんでもってさりげにチェーンソーの謎を提示しておくと、ほほぉこりゃあ考えたものだ、なかなか面白いファンファーレじゃないか。しかしそれにしてはキャストが少なすぎはしないかなと僕は思うわけだけれど、そんなこと開幕ベルの名の下に浄化されて消え行く運命だ、気にしないでくれたまえ、なんちゃってデスティニー」
「…………」
「おいおい待ってくれよ、あくまで冗談だよ冗談ジャパニーズジョークの一環だよ本気にしないでくれってばだから。もしかして拗ねてんのか? 今度はシャイボーイを気取るつもりですか鈴森星慈くん、あ、フルネームで呼ばれるのが気に入らない? それは我慢してもらうしか解決方法がないからひたすら我慢して忍耐力を向上させることに精神を費やして頂いてさて、そろそろ僕の饒舌もネタが切れてきたところなんだけどどうしてくれるんだよサディストツンデレシャイボーイ。お前が喋ってくれないことにはファンファーレも開幕ベルもあったもんじゃないんだ、自分というキャラの重要性を分っているのかなお前は?」
「なんで」
「僕もう2ページ分くらい語りに語ったんだから今度はお前の台詞だけで1ページくらい稼いでくれるとこちらとしてはバランス的にも都合のよい形に構成されていくんだけれどそこまで高望みをするのも良くないな」
「なんで」
「大体お前ってなんていうかこうキャラが薄いというかほんとにレギュラーなんですか的な風貌ありありな感があるから、まずそこらへんから原点回帰していくともうちょっとキャラ付けしても綱渡りせずに済む可能性もなしとは」
「なんでここに他の人間を寄り付かせたんだ!!」
……。
やっと。
やっと、僕の饒舌が途切れた。
どうしてだかいつも、鈴森の前だと饒舌キャラになってしまう。言うつもりのなかったことまでつい口走ってしまう。…ある意味侮れない。
「……」
他人を寄り付かせた。
鈴森が言っていることの意味が一瞬分からなかった僕だが、すぐに理解することができた。きっと彼らのことだろう。
『いつの間にか体育館裏の茂みにいた…』
小沢の言葉を思い出す。
ここ月夜森へと続く道は、C棟と体育館の間の、細い隙間だけ。そこから体育館裏を通り過ぎて、左折したところに林道がある。月夜森は当たり前だが学校の敷地内ではないが、出入りすることができるのは体育館裏からだけ…つまり、校内からしか入ることが不可能だ。この森は名前のわりに猪や熊なんかの目撃情報が近いものでは去年にあったらしく、以後立ち入り禁止扱いとなっているのだが伐採するわけにもいかず、役所も見て見ぬふりを続行中というのが実のところである。
鈴森がいるのは森の奥深く。対して小沢達がいたのは体育館裏の茂み。森の中に入ったわけではないはずなのに、なぜこんなに機嫌が悪くなっているのだろう。
「誤解しているみたいだから、…一応解いておく。彼らをここに連れて来たのは、少なくとも僕じゃない。かと言って彼らの意思でここに来たわけでもない、誰かの手によってここへ連れて来られたんだ。過去分詞なんだよ…だから、怒りをぶつけるのなら僕じゃなく彼らを連れて来た人物にぶつけてほしいものだな。ま、ここには来ないだろうけど」
「屁理屈はいい。…てめぇはいつもいつも言ってることにまるで規則性がねぇな。接続詞がねぇんだよ、句読点もなしに話題を変えやがる。ちったぁつながりってもんを考慮してものを言えってんだ」
「これでも一連の流れを作っているつもりだ。それが分からないお前の方に問題があるんじゃないか? …と、それよりも、随分遅くなってしまったが本題だ、無事か?」
「だからてめぇは何でそう突発的なんだよ。前振りとか序論とか考えたことねぇだろ? 無事だよあぁ無事だとも、悪かったな万事無傷で」
「何を捻くれた言い方をしているんだ? 僕はただ純粋にお前の心配をしただけだよ。まさかとは思うが犯人がこの森にも爆発物を仕掛けていたりなんかしたらお前は今頃灰になっていただろうことを考慮してここへ駆けつけてきたわけさ、つまりは僕の優しさから」
「本題は今ので終わりか? ならもう用はねぇだろ。さっさと失せろ」
「いつからせっかちになったんだお前は全く…とりあえず、くれぐれも死んだりしないように十分注意してくれよ。お前が死んだら、僕だって死ななきゃならなくなる。まだ人生をエンジョイしていたいからね、花の青春時代はここからだ」
「今年で17の野郎が何言ってやがる」
「お前だって条件は一緒だろ」
「俺は青春なんてものには一切合切興味はねぇ」
「僕はある。青春…青い春。春は暖色系が主だというのに、青い春とはなかなか粋なものだと思わないか? きっと人間、これくらいの年齢になるとつらいことが待ち構えているんだろうな、それに耐えてこその人生だ」
「……青春の意味を根本的に勘違いしてねぇか?」
「ん? 何か見解に誤りがあったかな。青春というのは、つらいことが春に起こり、気分がブルーになるってことじゃないのか?」
「…青春ってぇのは、例えば恋したり、部活やったり、…こう、何ていうか年代に合った瑞々しい日々のことを言うんじゃねぇのか普通」
「分かりにくいな。もうちょっと具体的に説明するくらいの語学力もないのかお前は」
「青春の意味も分かんねぇほど頭ん中老朽化してるてめぇに言われたくねぇよ」
「お褒めにあずかり光栄だ、確かに僕は度々博識と言われる」
「ダセェっつってんだよ。時代に置いていかれるジジイか」
「今の言葉をレコーディングして某看護福祉士に渡してみよう、森ごと燃やされるだろうな」
「末恐ろしい看護福祉士だな…」
「実在するよ、残念ながらね」
「全くだ」
一旦途切れる会話。
「……って、だから! さっきまで誤解を解くみたいなこと言ってなかったか? それが何で介護福祉士の惨忍さについての考察になってんだよ!」
「話の流れ、文脈を読んでいるうちにこうなった」
「芯がぶれてんだ、ったく…」
毒を吐き続ける鈴森と、解毒剤を忍ばせる僕。
きりがないのも無理はない。
「で? …なんだっけか、無事かって問われて肯定したんだったか。もう用はねぇんだよな?なら今のうちに消えてくれ、これ以上無駄話を展開するほど暇じゃない」
「まるで自分は忙しいみたいな他人を見下した態度をとるんだな。お前が人に好かれない理由が分かってきた気がするよ。だからあの時も――」
言いかけて。
言いかけることもできず。
言い切ることもできず。
鈴森の表情が変わったことに、気づくことさえも叶わず。
「――殺されたんだろ」
あぁ。
何で俺はいつもいつも、こんな目に遭うのだろう。
何か世の中の秩序でも犯したのだろうか。世界の秩序でも破ったのだろうか。
俺の平和な日常。
否…平和だった日常。
当たり前のように過ぎていくだろう日常が、こんなにも尊いものだったなんて。
大切なものは、失ってからやっとそのありがたみに気づく――そんな当たり前の一般論が、こんなにも当てはまるなんて。
「犯人は誰なんでしょうね」
「さぁな」
「部外者の犯行ってことも有り得ますよね」
「有り得ねぇよ」
「何でですか?」
「そんなことは有り得ねぇ。絶対にだ」
俺はこの時点で。
気づくべきだったのかも知れない。
とっくの昔に――“日常”なんてものは、すでに消えてしまっていたことに。
いつか交わした会話。
『あなたは嫌いです』
『……あ? いきなりなんだよ』
『俺はあなたが嫌いです。この世で一番嫌いです』
『何言ってんだ、それもさっきからかなり高レベルに失礼なことを』
『命あるものに対する侮辱だとしか考えられません。あなたが生きている理由が皆目見当つきません』
『……あぁ…そう』
『何
棒読みで心配され、棒読みで流された佐野刑事。あと塚本刑事もか。
あー、どうしよ、さっきから刑事コンビの話題ばっかりが後書きに記されてるし。
てかいつの間にか敬語抜けてるし。すみません。