読み切り 3
第一理科室のあるA棟2階から階段を下り、一回の中央廊下からB棟へ渡って昇降口へ。靴を履き替える間もなく、僕と六合村は優志に引っ張られながら外へ出た。
「あの、優志くん…?」
「腕痛いって。どこ行くんだよ優志」
それぞれに抗議するも、優志は聞く耳持たない。
そのままグラウンドを通り過ぎて校門に行き――。
不意に手を離された。
「ギャッ」
間抜けな声を出して校門に激突する僕、寸でのところで校門を掴む六合村。
「ちょっ…さっきから何なんだよ、いきなりっ……!?」
とっさに出てきた言葉が、途中でつっかえる。
優志は校門の装飾の一つに足をかけ、飛び越えると、僕らを振り返った。
「何してる、さっさと来い!!」
「エェッ!?」
突発的過ぎる…。
校門は六合村の身長くらいの高さだ。ちょうど僕の鼻先辺り。これをいとも簡単に飛び越えるとは、恐るべし…。
なんて言っている暇はなかった。じれったそうに僕らと外の道を交互に見やった優志は、僕らをおいて走り出してしまう。
「……」
結局、意味も分からずに突然引っ張られ、理由も語られぬまま放置される羽目となった。
呆然と立ち尽くしていると、携帯が鳴った。メールが一件、優志から。
[学校中を見て来い。何か不審な点があったら俺に連絡入れろ。今すぐに]
液晶画面からでも、走り書きならぬ“走り打ち”をしているのが分かる、無機質な文面。
僕はそれを六合村に見せる。この歳この時代にしては珍しいことに携帯を持っていない六合村には伝えられなかったのだろう。
「不審な点…?」
ということは、普通でないということ。特出しているということ。
一言で言えば、怪しい点。
「学校中、か…」
「とりあえず…優志の言う通り動いてみるか。どうせ」
僕は時計に目をやる。<3時20分>。
「今から戻ったところで廊下に立ってるしかないし」
「そうだね。…じゃあ、俺は校内を見てくるよ。啓くんは外を頼んだ」
「了解」
じゃあ行くね、と六合村が昇降口へ戻っていくのを見送ってから、僕は校庭から探すことにした。
不審な点。思えば、随分とアバウトな表現だ。僕からしてみれば、数箇所派手にフェンスが破られている野球のマウンドも不審な点だし、陸上部の部室に片付けられないまま放置されているトンボやハードル台なんかも不審な点だ。
そういえば僕は、どの部活にも所属していなかった。元々僕は部活動というものが好かないのだが、優志はバスケ部に入っているし、春実さんは書道部に所属している。杉由も、確か剣道部に所属していたか。いずれも僕は入る気がしない。スポーツ系の運動部は無理だ、続かないのが目に見えている。だからと言って文化部が似合う柄でもない。剣道などの方面で行くと…柔道。即却下。合気道。理由がない。弓道。僕に飛び道具は向かない。空手。今からじゃ無理だ。…というわけで、僕はしばらく帰宅部を続けることにする。
「おかしな点、おかしな点……」
いきなりそんなこと言われてもな……。
不審なんて、人によって感じ方も違うだろうし。
「……ま、いつも通り、か」
僕は校庭を早々に諦める。
とりあえず軽く1周して、校舎裏に向かおうと思っていた僕の目に、不審というほどではないが、見慣れないものを発見する。
……。
何だこれは。
茶色っぽい、瓶。そうとしか言いようがなかった。
落ちていたのは、サッカー部の部室のすぐそば。
…………。
不審と言えば、不審。
瓶を拾ってみる。片手に収まる程度の小さな小瓶。ラベルにはよく分からない英語が書かれている。
何よりも気になったのが、瓶の周辺に漂う異臭。
「……」
瓶の口に、鼻を近づけてみる。
嗅いだつもりはなかった。
突如酷い頭痛が僕を襲った。
手から瓶が落ちる。ゴロンと低い音を立てて転がり、部室の壁に当たって瓶は止まった。
痛みは全身に広がり、痙攣するように痺れていく。
立っていられなくなった僕は、その場に片膝をついた。
痙攣が酷くなる。だんだん、感覚も分からなくなっていった。
頭の中にもやがかかっていく。
意識を失いかけた、その時。
「…ま、いてぇ……」
「……んねぇな。…で、…んなとこ……」
かすかに聞こえてきた、話し声。
スー…と、もやが少しずつ取り払われていく。
痙攣は未だ続いていたが、頭痛は大分引いていた。
「……?」
ゆっくりと、目を開けてみる。
かすんでよく見えないが、誰かがこちらにやってくるのが分かった。1、2…3人?
「!!」
その中の一人が、いきなりこちらに向かって走り出す。
正確には――僕のそばにあった、茶色の瓶に向かって。
「これは…まさか、あいつ本当に……」
かすみがほとんどなくなった。
瓶を持って立ちつくしているのは、柄の悪そうなパンチパーマの上級生。
「……おい」
後ろからもう一つの声がかかる。
「…や、やめない? もう、そういうの……僕達まで関わったことに」
「でも、こんなもんここに置いとくわけにいかねぇだろが!!」
「…そうだけど…」
彼らの意味深な会話をそれとなく聞いていると、突然肩を掴まれた。
「!?」
「……貴様、ここで何やってる?」
低い声。さっきの二人の誰とも違う、3人目の上級生が、僕に問いかけた。
「おい?」
「……すみま、せ…」
僕は静かに頭を上げた。頭痛がよみがえるが、痙攣はほとんどなくなった。
「…大丈夫か?」
「――…その、瓶……」
「!!」
瓶の話題に触れたとたん、パンチパーマの上級生が僕の襟を強引に掴んだ。
「てめぇ…瓶がどうしたって?」
「…何なんですか? ……それ…変な、においが」
「誰にも言わない?」
さらに肩を掴まれる。
目を向けると、セルフレームのメガネをかけた、他の二人よりはいくらか落ち着いた風貌の上級生。
「おいっ…」
「それね。シンナーだよ」
「!!!?」
最初に肩を掴んだ上級生が止めるのも聞かず、セルフレームの上級生は淡々と、軽い調子で言ってのけた。
「シン、ナー?」
「そう。あれっていろいろ形状があるんだけど、一番扱いやすいのは瓶のタイプなんだ。他にも原料から直に使うことも出来るけど、高いんだよねー」
「……ッ…」
「…その様子だときみ、もしかして――」
最後まで聞くことなど出来なかった。
僕はふらつく足を無理矢理動かして、走った。
上級生達が何か言っているのが聞こえたけれど、追いかけては来なかった。
向かったのは、校舎裏。
『それね。シンナーだよ』
さっきの上級生の言葉が頭から離れない。
随分と詳しそうな口ぶりだった。扱いやすいってことは、あの人たち、まさかシンナーを……!!
恐ろしくなった僕は、考えるのをやめた。
突然気分が悪くなった。体育館裏の茂みにかがみ込み、ひとしきり嘔吐する。
蛇口の水で口元をゆすいでから、館内に入り壁にもたれた。
「大丈夫だよ、な……軽くだし…もう、二度とあんなもの、……」
体が楽になってきた。時計の針を見ると、<3時42分>。
あれからまだ20分あまりしか経っていないことに驚いた。
よろめきながら立ち上がり、体育館を出たところで、話し声が聞こえた。
「…杉…由?」
武道館前の小さな階段に座って、誰かと話している。時に笑ったり、怒ったりしながら。かなり話し込んでいるようだ。
そういえば彼は、5時限目から姿がなかった。ここでずっと話していたのだろうか。
「ん? もしかして高井?」
杉由が僕に気づき、軽く手を振ってきた。隣にいた人物が、こちらを向いて会釈する。
「どうした、こんな時間に。…ていうか、今何時だ?」
「3時43分です。もうすぐ6時限目が終わりますねー」
「3時!? それに、43分だと!? どうして今まで言ってくれなかったんだ! 完全に遅刻じゃないか!」
「遅刻っていうか、もう立派なサボりですよ。俺まで巻き添えにして…」
不服そうに杉由を睨む。敬語を使っている辺り、1年生のようだ。
「どうした、こんなところで? 高井もサボり?」
「…まぁ、そんなとこかな」
「顔色悪いけど、大丈夫か?」
「うん。…ちょっと、気分悪くて」
そっか、と杉由はうなずいて、手招きする。
「まぁ座れよ」
「座れよじゃありません。帰りのホームルーム始まるんで戻りたいんですけど」
「んな細かいこと気にすんなって。どうせ戻ったって怒られるだけだぜ」
「戻らなかったらさらに怒られます。俺はあくまで巻き添えを食らっただけなんで、必要以上に怒られたくないんですよ」
「おうそれよりも、これ捨てといてくれよ。帰るんならさ」
後輩の話を無視して、杉由は持っていた空の牛乳パックを彼に押し付ける。
…やな先輩だな。
「……」
「ゴミ捨て場あっちな。あ、ちゃんと分別しろよ」
一年生は差し出された空の牛乳パックを無言で見つめた。
げんなりしながらも紙パックを受け取り、渡り廊下へと歩いていく姿は、なぜか哀愁を漂わせていた。
彼が消えると、杉由は手持ち無沙汰になったらしく、生えていた草を無造作に抜く。
「…あの人、誰?」
「剣道部の後輩。相原」
「剣道部?」
「そうだけど?」
……最近は、スタイルが変わってきているのだろうか。
「生意気なやつでさー、さっきなんて俺を見捨てて逃げようとしたんだぜ」
「何かあったのか?」
「不良4人組に絡まれてよー。この学園で有名だろ? パンチパーマにセルフレームにあぶれ気味の。リーダー格の茶髪にピアスがまた暴力的なやつで」
「…茶髪にピアス?」
杉由が言っているのはおそらく、さっき僕が会った不良たちだろう。パンチパーマ、セルフレームのメガネ、…あぶれ気味っていうのは、最初に肩を掴んできた上級生のことだろうか。ここまでは一致する。
しかし、あそこにいたのは4人には一人足りない3人のみ。茶髪にピアスなんて不良っぽさ丸出しの格好をしていれば、目に付かないことはないはずだ。
「何、高井も絡まれたのかよ」
「さっき会った。絡まれたりは、しなかったけど…茶髪にピアスってのだけ見当たらなかったな」
「え?」
僕の言葉に、少しだけ眉を寄せる。
「別行動でもしてんのかな?」
「さぁ。…それに、何か様子も変だったよ」
「変?」
「そわそわしてるっていうか、どこか焦ってるみたいで」
シンナーのことは言えなかった。
言えるはずも、なかった。
「仲間割れか?」
「かもね」
そこで会話を区切り、僕は空を見上げた。
雲が分厚く広がる上空。さっきまでは晴れ間も見えた気がしたけれど。
つられて空を見上げていた杉由が、ふと顔を戻してつぶやいた。
「――ゴミ捨ててくるだけなのに、あいつやけに遅いな…」
「ゴミ捨てたら帰っていいって言ったから、帰ったんじゃないか」
「それにしたって、この道は通るはずだろ」
「そうだけど…」
しばらく黙っていると、杉由が立ち上がった。
「しゃーねぇ、…見てくるか」
「じゃあ僕も」
思い出したが、僕は優志に学校中を見るよう言われていたのだった。彼らと別れたらまた校舎裏を探そうと決め、杉由についていく。
渡り廊下に行くと、B棟の壁に背中を預けている相原の姿を見つけた。
「おま、何やってんだよこんなとこで。紙パック捨ててねーしよー」
杉由が無責任な一言を浴びせるが相原はまるで聞こえていないかのように無反応だ。
「待て」
よく見ると……様子が変だ。
息が荒いし、顔色も悪い。それにどことなく辛そうにしている。
まるで、さっきの僕みたいに。
力が抜けたようにズルズルと壁を這って腰を下ろす彼に、僕は言葉をかける。
「大丈夫?」
「……そこに…」
やがて震えた声を出す。
「…さっきの……」
「向こうに何かあんのか?」
杉由は渡り廊下の向こうに目を向ける。
「ちょっ杉由…」
僕は相原が気になったが、彼についていく。
渡り廊下を横切る。僕は上靴だからいいが、杉由は普通に運動靴だ。
そこにあったもの。
最初に目に付いたのは、倒れた人。
次に目に付いたのは――。
血溜まり。
血溜まりに浮いた、人。
「――――――――――――――ッ!!!!」
突然目に飛び込んできた惨劇に、動悸が激しくなる。
「あれって……」
僕の隣にいた杉由が、そっと歩み寄る。
「さっきの不良の……リーダー格の」
その声に、僕もゆっくりとその人物を見る。
確かに頭は茶髪だった。ピアスは小さくてよく分からなかったが、だらしなく着崩した制服で、これがあの不良たちのリーダーだと分かる。
しかし。
しかし、彼はもう。
「……死ん…でる」
生きているはずが、なかった。
血はまだ乾いておらず、吹く風に血溜まりが小さな波を作る。
「――誰か」
杉由が校舎を見る。
「誰か、呼んでこなきゃ…!!」
そう言って、彼はA棟へと走った。
「……」
僕もこれ以上あの死体を見ていることが出来なくなり、ひとまず先程の場所に放置されていた相原の元へ急いだ。
全く…。
記念すべき登校初日、とんだサプライズプレゼントが待っていた。
まさかまた、殺人に遭遇するとは。
向こうでは人が死ぬのは当たり前だった。当たり前、そう、当たり前だ。当然のように人が死に、逆に誰一人息絶えるものがいなかった日の方が珍しいくらいだった。こちらに帰ってきたらそんな思いはしなくて済むと思っていたのだが、どうやらしばらく殺人は僕に付きまとってくる気らしい。迷惑極まりないのは言うまでもないことだった。
「調子…どう?」
僕は保健室のベッドで休んでいる相原に言った。
あれから、結局事件は一時的にもみ消されることになった。あくまで表面上は、だが。
僕達以外の生徒に知られたらとパニック状態に陥ることは目に見えていたので、教職員が後処理をし、校舎に残っていた生徒達は急遽下校を言い渡された。しかし、僕を含め、杉由、相原、事件の前後様子がおかしかった不良3人組は重要参考人として残されることになった。
誰一人生徒が残っていないことを確認し終わると、被害者のいたクラス3-D担任佐藤が僕達に言った。
――きみ達は、あとでサポートルームに来てくれ。絶対に校内から出ないでほしい。
佐藤は数年前からこの学校にいるベテランの教師で、幾度となく彼を更生させようと奮闘していたらしい。結果こんなことになってしまいとても居たたまれない思いだ、としんみりした口調で語っていた。
緊急の召集で体育館に集まっていた僕ら関係者達は、二つに分かれた。僕と杉由、相原はその場に残り、不良3人組は館内から出て行った。
そのあとすぐ、相原は気分が悪いと訴えて保健室に行った。無理もない、第一発見者は彼なのだ。ただ紙パックを捨てて戻ってくるだけの単純な道だと思っていた矢先、目の前に飛び込んできた上級生の死体。それも杉由の話だと、彼を交えた例の不良たちに絡まれていたと言うのだから、妙な関連性を持ってしまったのかもしれない。しかし、一番恐ろしかったのは死体そのものではなかったと思う。
今まで平和だった日常の中に、殺人事件というはぐれものが混じる。
純粋だった日常が、濁っていく。
今までの日々にはもう戻れない。一生、今日起こった事件を背負って生きていかなければならない。
そのことに、恐怖したのだと思う。
「一人で大丈夫?」
先程よりも大分良くなったとはいえ、まだ顔色は優れない。心配になった僕だったが、結構です、と断られてしまった。
いつまでも体育館にいても何も進展はない。残された僕と杉由は、とりあえず体育館を出た。
「なんか…大変なことになっちまったな」
「…うん」
途切れ途切れの会話。あんなことが起きたあとで、愉快におしゃべりなんて出来るはずもない。
「…………」
「……俺、やっぱ保健室行くわ。…あいつが、心配だし」
「僕も…行くよ」
杉由の後を追って、A棟に向かう。保健室は非常口のすぐ隣にある。
引き戸を開けると、中には誰もいなかった。どうやら一部の職員も帰されたようだ。
「相原ー」
「……」
人の気配はある。
僕は保健室の右端にある2台のベッドのうちの一台に目を向ける。
「調子…どう?」
そこで最初のシーンに戻る。
「――…最悪」
ため息混じりに言われた。その中には、さまざまな思いが交錯しているように思えた。
「……初めて…見ましたよ。あれが、人間の死体……って、やつなんスね…………。……何なんスかね、あれ。……血とか…死体とか……血……あんな出てんの、俺、…見たことないっスもん……」
生憎僕は見慣れてしまっている。
もっと無惨なそれを。
「……ほんの2時間前…俺、あの人に…会ったんスよ? …生きてたんスよ……?」
「……相原」
扉の前で立ちすくんでいた杉由が、ベッドを見下ろしていた。
何とも言えない目で。
…もしかしたら、後悔しているのかもしれない。
「なんか、……その、わり――」
「先輩のせいですよ」
力のない声。
相原はベッド越しに、杉由をにらんでいた。
「ほんと……先輩といるとろくなことがありません。…自分のゴミくらい、自分で片付けてくださいよ……もう、俺嫌ですよ……こんなの…」
「相原」
「…不良に絡まれるわ……暴力振るわれるわ……その中心人物が…いつの間にか、あんな目に付くところで……死んでるわ……。……血が出てて……動、かなくて……」
そこで僕は思い至る。
二人は不良たちから逃げて、そのままずっと武道館前で話し込んでいたのだ。ちらりとさりげなく目を向けたその先で、殺人が行われていたかもしれない状況にいたのだ。
え…待てよ?
ということは。
「杉由と相原くんって…現場にいた人間として扱われること、ないよね……」
「え?」
直線距離で50m弱。そんなに近距離じゃ、現場と見られてもおかしくないかもしれない。
となると、一気に二人の立場が悪くなる。学生の殺害なんて、感情的なものが原因と片付けられているこのご時世、警察がまともに捜査するとは思えない。ましてや被害者はついさっき絡まれた不良のリーダー。仕返しに殺した、なんて突発的な理由でも信憑性を帯びてしまう。
「どういうことっすか?」
「だから、その…」
説明しがたい説明をする。
それを聞いた杉由が、
「んな理不尽な…第一、お前が証人だろ? あの時一緒にいたじゃねぇか」
「……こんなこと言いたくないけど…僕が杉由たちと合流したのは、3時43分。二人が逃れたのは…たしか、2時15分くらいだったよな。その間の1時間半あまりは目撃者がいない、空白の時間なんだ…」
「そんな…」
多分、職員側も気づいているだろう。生徒にいらぬ容疑がかからぬよう、考えてくれている…ことを願う。
「ていうか」
相原がベッドから半身を起こす。
先程までの湿っぽい雰囲気は微塵もない。
「俺たちで犯人探ししちゃえばいいんじゃないんですか?」
「えぇぇぇ――――!!」
いきなり何言い出すんだこの人!!
「そんでもって、ギッタギタのグッチャグチャにしてやりたいですね。法が許してくれるのなら、自らの手で闇に葬りたい気分です。だって犯人は人様殺めちゃったんですもん。やっぱ死ぬべきじゃないですか。でも処刑だとあっけないから…撲殺? 絞殺? それか火だるまにしますか? めった刺しなんかも」
「ハイ自主規制ー。お前、そんなグロテスクな殺し方、どこで学んだんだ」
「某友達の兄からでーす」
僕は二人の会話を呆然と見ていた。
“某友達の兄”って…そこ、伏せる必要があるのか?
まさかクラスにいたりしないよな。
「でも、腹立ちません? きっとこれはトリックですよー」
「トリック?」
「俺と先輩が殺害現場の近くで話していたのを利用して、濡れ衣着せようとしてるんですよ。こちらの先輩が言う通り、2時15分までは生きてて、3時43分には死んでたんですから。てことは、その間に殺人が行われたってことじゃないですか。で、その時間帯、俺達ずっとあの近くにいたんですよ? おそらく犯人は、俺達を犯人に仕立て上げようとしてんですよー」
「お前それ、トリックじゃなくてトラップじゃね?」
「2文字の違いです」
「はいはいそーですね…ん?」
コツ、と、ドアの向こうから靴音が聞こえた。
杉由がドアに向かって言う。
「――誰かいんのか? 入って来いよ」
「ここにいましたか」
入って来たのは、真っ黒のスーツを着た女の人だった。
…警察? にしては堅苦しすぎる。この学校の関係者だろうか…それとも、まさか被害者のご遺族? 不良の母親が、これ?
「サポートルームにお集まりください」
用件だけ伝えるとすぐにきびすを返す。
「待ってくださーい」
そんな彼女に、相原が声をかける。
部活の先輩程度の関係なら差し障りないが、大人に向かっても同じ態度なのか。これはちょっと問題だと思ったが、杉由の後輩ならまぁ納得できる。
女の人は振り返り、
「何か」
「俺、パスしていいですかー? まだ体調が優れないんでー」
「……」
いたい沈黙が訪れる。
あの人、絶対内心怒ってるって。さっきの会話をドア越しに聞いてたとしたら、確実に嘘だって見抜かれてるって。なんか硬派そうな雰囲気あるから、まずその態度から怒り心頭中だって!
果たして女の人は応えた。
「…ご自由に」
心なしか強く引き戸が閉められた。
「……じゃ、集合かかったから、行くね」
「安静にしてんだぞ」
どこかで彼女が聞き耳をたてている様な気がして、僕らは嘘を突き通した。
サポートルームはB棟の3階、空き教室を利用して作られた教室だ。
もとは第二生徒指導室という肩書きだったが、消極的な本校生徒が指導の場を2つも必要とするほど問題児であるはずもなく、去年の夏にやむなく撤去。しばらく放置された後、今年からサポートルームとして扱われることになった。…らしい。
といってもこんな中途半端な位置に作られた教室だ、何をサポートするというのだろう。どうせ今に物置として使われる感ありありの、なんというかご愁傷様な教室なのである。
「もう一度聞きます、あなた達ではないんですね?」
廊下越しに、先程の女の人の声が聞こえた。
間髪空けずに返される怒鳴り声。
「だから、違ぇっつってんだろ!! 何で俺達が名倉を殺さなくちゃならねぇんだ!!」
「何度も言っているだろう!!」
「何度訊いたって、答えは変わらないよ」
どうやら、先に不良3人組が呼ばれていたらしい。この様子だと、ずいぶんしつこく訊かれた様だ。
名倉、というのが殺された不良のリーダーの名前なのだろう。
「大体、殺害の方法だって詳しく分かってないんだろ? それで僕らを疑うなんてナンセンスだよ。証拠だって何もないと思うけど」
セルフレームの上級生の言葉に、僕は現場を思い出す。
あの血の量からして、単純に刺し殺したのだと思っていたが、具体的な証拠は何も残っていないんだ。凶器が残されていたわけでもないし…。
「失礼、します」
ガラガラと引き戸を開けると、案の定長机に両足を組み頭の後ろで両腕を組んだ格好のパンチパーマの上級生が真っ先に目に映った。隣には杉由いわくあぶれ気味の上級生がふんぞり返って女の人をにらみ、その奥に座るセルフレームの上級生が貧乏ゆすりをしながらため息をついていた。…とりあえず、態度が悪すぎやしないか。
中には不良3人組の他に何人か警察関係者の人も来ていて、僕らが教室に入ると若い男の人がこちらにやってきて会釈をした。
「警視庁一課の佐野と申します。えっと…じゃあ、お席の方に」
促されたのは長机。そこに座ると同時に、佐野はとんでもないことを言い出した。
「ぶっちゃけ、あなた達は重要な犯人候補です」
「!!?」
思わず目を見開いてしまう。
まぁ、規模自体は狭い今回の事件、関係者の中に犯人がいると考えるのは決して間違いではなく、重要参考人の僕達にも容疑がかかっているだろうとは思っていたが、面と向かって言われると衝撃的だ。
警察が、堂々と『あなたを疑っています』なんて言ってしまってよいのだろうか。いや、いいはずがない。
「もし犯人のようでしたら、速やかに名乗り出てください。調査の参考にさせて頂きます」
いやいやいやいや、言ってることおかしくない? 犯人見つけたら、まず逮捕だろ。
「じゃ、まず現場の様子をもう一度洗い流してみましょう。第一発見者はどなたです?」
「あ、えっとそれは」
「ボイコットしやがりました。現在保健室で寝ています」
ふてくされた様子で杉由が答えた。
間違いではない。
「連れてきてくれるとありがたいのですが…」
「無理っす。どうせ来ませんよ」
「はぁ」
押し通した…!
刑事のくせに打たれ弱い佐野、最重要参考人のくせに事情聴取をボイコットする相原。
みんなもっと真面目に調査に協力しようよ。
「ま、いいでしょう。あ、お名前は…高井啓介さんと松川杉由さんでよろしいですか?」
「はい」
「ではまず…何かほんの些細なことでもいいですから、名倉氏と接触したりなんかはしませんでしたか?」
「僕はありませんが…」
「つい先刻絡まれたばっかです」
恥じらいもなく言い切る杉由。
「と言いますと?」
「時間は…1時45分頃でした。相原と一緒に、現場近くの渡り廊下をぶらついてたら…いきなり、絡まれました」
「先に喧嘩売ってきたのはそっちだろうが!!」
後ろからパンチパーマの上級生の罵声が飛んでくる。
「貴様らが名倉を挑発したのが始まりだろう!」
「おい、二人とも」
セルフレームの上級生がなだめようとするが、ただでさえ気が立っている二人はとまらない。
「テメェだけ罪を逃れようなんて性根から腐ってやがる!!」
「俺達に非はないはずだがな!」
「お二方!」
不良3人組の調査に当たっていた女の人が一喝する。
しんと静まり返る教室内。
「安藤氏、小沢氏。言いたいことがあるのならはっきりと証言してください。松川氏の供述に何か不審な点でも?」
「…ん?」
聞き覚えのある言葉が…。
「あ、やっべ」
[学校中を見て来い。何か不審な点があったら俺に連絡入れろ。今すぐに]
本来の目的を忘れていた。僕は優志からの伝達を受けて学校を見回りしていたのだ。
そして殺人事件が起こった。これは、立派に“不審な点”と言えるのではないだろうか。どちらにしても、伝えないわけにはいかない。
「えっと。すみません、ちょっと失礼してもいいですか」
「? どうかいたしました?」
「その、…家に、連絡を」
「あー、それなんですが」
佐野は控えめに言う。
「今回の事件、今日のところは伏せといてもらえますかね」
「え?」
「上からの命令でして…関係者以外に事件のことが広まると、いろいろと厄介事が」
「…。分かりました」
そんなことを言われたら、従わないわけにはいかない。
僕は優志への連絡を諦めて、パイプ椅子に座り直した。
「話を戻します。今の松川氏の証言について、何か」
「ていうか、そちらの方と松川さんは、どのような関係で?」
佐野が不良3人組に問う。
「あー…それについては」
「あの一年坊主はどうした!!」
パンチパーマの上級生――安藤が怒鳴る。
「相原は具合が悪いそうなので、保健室で休んでいます」
また言い切った…!
しかも真顔で!
腕を上げたな杉由!
「そうか。なら仕方ねぇか」
納得しちゃったよ!
みんな相原に甘すぎるでしょ!
「もういいです…」
ため息混じりに女の人が言った。
「お三方から、事件が発覚するまで何をしていたか、正直に答えてください」
最初からそう言えばよかったのに…。
「説明は苦手だ! 小沢、頼む」
「俺も説明は苦手だ! 水谷、頼む」
「こういう時ばっか僕だ…」
ずっと黙っていたセルフレームの上級生――水谷が仕方なくといった様に口を開いた。
「午前中は市内のゲーセンで暇つぶししてたけど。学校に来たのは1時半頃だよ」
「誰かそれを立証できる人は」
「校門前の監視カメラを調べれば分かるだろう」
「……。続きをどうぞ」
「それから、特に行くところもなくて4人でぶらぶらしていたよ。途中で僕が学食に寄ったくらいだ」
「誰かそれを――」
「はい。僕、学食に水谷さんがいたところ見ました」
「そうですか」
女の人は完璧主義のようで、小さいことにも“立証”を求める。
実際、茶凛と学食に行った際に、水谷とは会っていた。何だったら、学食のおばちゃんにでも訊けば同じ答えが返ってくるだろう。
「学食には、何をしに?」
「…普通に、コーヒーを買いに来ただけだけど」
「そのときの時間は」
「1時…40分くらいかな」
「……。続きをどうぞ」
「それからはまた4人で…渡り廊下のあたりで、この二年に会った」
「会っただけですか?」
「なんだか知らないけど、僕が学食から帰ってくると名倉がやけにご機嫌斜めになっててね…そこに、彼の一言で火がついちゃった感じだね」
ちら、と杉由を見る。
女の人も彼に向き直り、
「松川氏。彼らに何と言ったのですか?」
「えっと、何だっけ…」
「『俺をそこらの不良なんぞと一緒にしないでもらいたい。』」
水谷が代弁した。
「『このような学校を荒らす不届き者を探しているのだよ!』」
「……」
罰の悪そうな顔で俯く杉由。
…あれ、もしかして、悪いのってこいつ?
「いや、だからそれは。俺は不特定多数に言ったわけであって、あんた達に向けて言ったのはあくまで」
「名倉はお前の一言で切れたんだよ」
冷たい一言が杉由を凍らせた。
「――…では、喧嘩の始まりは松川氏による失言から、と」
「そうなるな」
杉由は納得のいかない表情を浮かべたが、冷静に考えてみれば明らかに彼が悪い。
「途中でこいつ逃げやがったよね。なんだっけ、“パインダッシュ”?」
「ブッ!!」
思わず吹き出してしまった。
パインダッシュ。
パインダッシュ。
頭の中で、パイナップルがピョンピョンと走り回るビジョンが浮かび上がる。
「あ、あれはその、お、お前のせいだぞ高井!!」
「はぁ!?」
いきなり僕の名前を出すなよ!
「お前が俺のことパインリヴァーなんて言うから…ッ」
「パインリヴァー…? あ、松川だから。あぁ~それで」
なるほどなるほどと一人うなずく水谷。
「…それで」
「それから、えっと……あれ?」
「はい?」
突然歯切れの悪くなる水谷の供述に、佐野が目を向ける。
「ごまかすのはナシですよ? ここからが重要なんですから」
「分かってるよ! …おかしいな……なぁ、安藤、小沢。あれから、僕らどうなったっけ?」
「どうなったって……ん?」
「あれから……」
「思い出せないんですか?」
女の人が首をかしげる。
「…そうだ」
小沢が顔を上げる。
「いつの間にか体育館裏の茂みにいた…」
「あ、…そういや俺も」
「僕もだ…」
「? それまでの記憶は?」
「ない」
「俺も」
「僕もないよ」
「…そりゃ、どういうことですかね?」
佐野は容赦なく疑惑の目で3人をにらむ。
「体育館裏に、名倉氏はいましたか?」
「…どうだった、小沢?」
当時の記憶が一番鮮明に残っているらしい小沢に、水谷は訊いた。
「確か、……いなかった」
「探さなかったんですか?」
「そんな余裕なかったよ! 僕らだってよく理解できなかったんだ!」
だんだん女の人の態度に腹が立ってきたのか、きつい口調で怒鳴る水谷。
「まぁまぁ、落ち着いてください。塚本さんも、言いすぎですよ」
女の人は塚本と言うらしい。やはり彼女は刑事だったようだ。
佐野がなだめて、二人とも静かになる。
「体育館裏にいたのは、何時ごろで?」
「詳しくは分からないが、3時過ぎくらいだったと思うぞ」
小沢が代わりに応えた。
「それから校庭に出て、…あやつと会った」
「あやつ?」
僕に目線を向ける小沢。
「あぁ。忘れてました、はいはい会いましたね」
「先程『接触していない』と言いませんでした?」
佐野がまた疑ってくる。
「だから、忘れてたんですよ。ちょうどあの時、すごく気分が悪くて…。あ」
そういえばあの時、なんで気分悪かったんだっけ……?
「!! …シンナー……」
「はぁ!? し、ししし…し、シンナー!?」
「どっ、…どういうことです、高井氏!!」
急にうろたえる刑事組。
「…安藤さん…小沢さん…水谷さん……。あの時、シンナーって……」
「あーくそ、言いやがった…ッ!」
「――…高井…」
震えた声。
杉由が僕を見ていた。
「……武道館前で会った時…気分悪いって言ってたよな……」
「違うそれは、その…」
「あれって…お前、もしかして……シンナー…」
違う。
違うんだ。
「むむ? あなた達、まさか」
「おい」
安藤が佐野の言葉を遮る。
「落ち着けよ」
怒鳴ったわけでもない。強く言ったわけでもない。
全員が静まった。
とたんに、水を打ったように音がなくなる。
「他中のマブダチから訊いた話だが…名倉はシンナーをやってたらしい……」
「な…!?」
「安藤! そんな話、聞いてないぞ!」
「たりめぇだ!! 単なる噂、ガセネタとしか認識してなかったんだからよ!」
「…確かに、名倉はこの辺りでも随一の不良だったし…悪い噂だって流れているだろうとは思ってたが、まさかシンナーまで…」
「さすがに度が過ぎる!」
「あのぉー…」
先程遮られたためか、控えめに言う佐野。
「じゃあ、…お三方と高井さんは、シンナー乱用者ではない…と?」
「いや」
ビクッと肩が震えた。
やっぱり、僕はシンナーを使ってしまったことになるのだろうか。
捕まってしまうのだろうか……。
「俺達だけじゃねぇ。実際、名倉はシンナーなんてやってなかった」
「え? そうなんですか?」
どこか残念そうにする佐野を、小沢が怒りの目で睨む。
だけじゃない。ということは、僕もその中に入っていることを願う。
「…どういうことですか? 高井氏」
塚本によって、焦点が僕に向けられる。
「まさか、あなたが使ったわけではないでしょう。どこからシンナーが出てくるのですか?」
「えっと……」
僕は校庭の見回りをしていたところから話し始めた。
拾った瓶に鼻を近づけてしまったことも、包み隠さずに。
「つまり…」
佐野がまとめる。
「高井さんが偶然見つけた茶色の瓶は、シンナーだったと」
「はい」
「シンナーの瓶を見た安藤さんは、名倉さんのシンナーについての噂を知っていて、嘘だと分かっていてもつい疑ってしまったと」
「…あぁ」
「その時の高井さんの様子から、水谷さんは誤って彼がシンナーを使用してしまったのだと判断し、隠しても無駄だと腹を割って打ち明けた、と」
「そうだ」
「で、その瓶はどこにやったんです?」
塚本さんが目つきを鋭くして安藤をにらむ。
「…俺が持ってる。勘違いすんなよ、使ってなんかねーからな」
「とりあえずこちらに渡してもらえますか」
「分かった…」
安藤がスラックスのポケットに手を入れる。
「……?」
「まさか、ないなんて言うんじゃないでしょうねぇ?」
佐野が早くも目をつける。
「なわけねぇだろ!! 確かにしまったはず…!」
「…言うまでもありませんけど、隠しても無駄ですよ。身体検査を受けてもらえば済むことです」
「隠してなんかねぇよ! この教室入るときには確かにあった!」
「ってことは…」
杉由が言葉を紡ぐ。
「今この場にいる誰かが、安藤さんから瓶を奪って所持してるってことじゃ…」
「!!」
衝撃の事実に、それぞれがそれぞれと顔を見合わせる。
まずいな…。
だんだん穏やかじゃなくなってきた。
「それなら話は簡単です」
塚本は至って冷静に言う。
「ここにいる皆さんに身体検査を受けてもらえば、すぐに見つかりますよ。そしておそらく瓶を奪った人物が――」
「犯人、ですね」
言葉を横取りする佐野。
「目的はよく分かりませんが…関係者全員が集まっているこの状況で、何かアクションを起こすとしたら犯人しか考えられません。誰だって、いらぬ疑いはかけられたくないでしょうし」
…散々当てずっぽうに疑っておいて、理不尽なことを言う刑事だ。
「では係の者を呼びましょう」
携帯電話で連絡を取る塚本。
「それにしても…」
水谷が独り言のようにつぶやく。
「何でシンナーの瓶が、あんなところに…?」
「そういえばそうだな」
小沢が相槌を打つ。
「名倉が使っていないとしたら、誰が…?」
「高井、瓶のふたは開いてたのか?」
「うん…ふたも見当たらなかったような。ほんとに、投げ捨てられたみたいに転がってたよ」
「誰かが校内の外から投げ入れたのか?」
「となると、シンナーの一件は全く事件とは関係のないものになるな」
「それはないでしょう」
佐野が例の目で僕らを見る。
「事件と全く関係のないものを、わざわざ隠す必要がありません。返って疑われるだけじゃないですか。今犯人はかなり追い詰められています。ここで下手に行動しても見返りはありませんよ」
「しかし、ミステリー用語には“レッドヘリング”と言う言葉がある」
小沢が佐野の意見に反対する。対抗意識でももったようだ。
「一つ大きな事件が起きた後に次の事件が起これば、自然と二つの事件が結びついているように考えてしまうものだ。犯人はそれを利用して俺達を惑わせようとしているのかもしれない」
「へぇ~え。随分と詳しいんですね」
憎まれ口をたたく佐野。
「言っときますけど。今のところ一番疑われているのは、あなた達不良3人組なんですからね。いつも一緒にいるとなれば、ストレスだって溜まらないわけはないでしょう」
「生憎付き合いは長いんでな。ストレスなんてとうに感じなくなっている」
「仲が良いこと。名倉さんが殺害されてさぞかしご立腹でしょうねぇ」
「おい、刑事だからって言って良いことと悪いことがあるだろ!」
「どうだか。内心、喜んでる人がいないとは限りませんよ。この学校じゃ相当嫌われ者だったみたいですからねぇ、名倉さんもあなた達も」
「この減らず口がッ…」
憎々しげに吐き捨てると、安藤はパイプ椅子に戻った。
「……」
小沢と水谷も席に着く。軽蔑する目で佐野をにらみながら。
当の本人は涼しい顔で視線を受け流している。
険悪な雰囲気が否めないサポートルーム。僕は仲間割れが起きないかどうか心配だった。
このあたりで、刑事コンビが登場します。
時期的には、亮介の誘拐事件が起こった2週間後ってところですかね。
今回の佐野刑事はけっこう従順。塚本刑事は相変わらずですね…。