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 まず最初に思ったのは、あいつのこと。

 どうしようもないくらいに生意気で、どうしようもないくらいに身勝手なやつだけど。

 それでも、一番最初に思ったのは、意外なことにあいつだった。


 動機なんていうのは、そもそも存在しなかったといってもいい。ジャンルで区別するとしたら愉快犯だが、さすがの俺も殺人を楽しむほどイカれていない。

 人を殺すほどの理由なんて、人間には在り得ないのだ。

 思いつきでやってみた。理由を言えと言われたら、これを突き通すしか手段がない。俺自身、まさかあれで人が死んでしまうなんて思ってもいなかったのだから。

 万が一死んでしまったとしても、それがあいつにバレないはずはない。

 でも、バレなかった。あの瞬間、あいつは失神していたからだ。


 あの時、あいつが一瞬意識を失くしているうちに、俺はあの4人にある小細工を仕掛けていた。

 鳩尾に狙いを定めて、連続4発。殴りついでに小さなかぎ爪を引っ掛けた。細くて丈夫なワイヤーの先に付いたかぎ爪は、あらかじめ視認しにくい場所に設置した滑車を経由して武道館の入り口付近に余裕を持って垂らしてある。俺はそこへ向かって走り、垂らしたワイヤーを手繰り寄せ、4人を体育館裏へ遠隔操作して運んだ。

 そこで、初めてあいつが俺の小細工に気が付いていないことを知った。目の前で豪快に笑われていたその時、俺の左手はワイヤーを引っ張るのに夢中だった。

 しかし、ここで誤算が生じた。


 これが、名倉が“死んでしまった”原因。


 名倉にだけ、かぎ爪を引っ掛けるのを失敗してしまったのだ。

 遠巻きに渡り廊下を見てみると、他の三人はすでに体育館裏へと引きずられていて、名倉だけが未だそこに倒れていた。

 俺は『牛乳をもう一パック買ってくる』と嘘をついて、さりげなく渡り廊下付近に近づいてみた。


 名倉は頭から血を流して死んでいた。


 渡り廊下付近は掃除当番もいないため足場が悪い。舗装もされていないので、尖った石の一つや二つ、そこら中に転がっていた。打ち所が悪かったらしい。

 まさか自分のちょっとした思いつきでやってみた小細工によって死人が出るなどとは思ってもいなかった俺は、動揺して、食堂があるB棟ではなくA棟へ入ってしまった。

 調理室がある――A棟に。


 包丁を持ち出して名倉を刺そう。

 咄嗟の判断だった。

 なぜそう思ったのかは分からない。

 しかし、このまま事故死となってしまったら、責任は少なからず俺とあいつにかぶせられてしまう。もちろん表向きは、

「君たちは悪くないんだよ」

 なんて言っているやつらも、裏ではどんな血も涙もない残虐な妄想入り混じった噂話をのさばらせているか知れたものではないので、責任が俺らに向くことは避けたかった。

 殺人事件にしてしまえば、自分たちが疑われる可能性は低くなる。

 学生という肩書きはこういう時役に立つのだ。

 そのためには、あいつを一時的に武道館入り口から遠ざける必要があった。

 …あいつを共犯者にはしたくなかった。

 だから、メールで食堂に来いと呼び出して、いなくなった隙に名倉を刺した。

 しばらくして、不機嫌そうな面持ちで帰ってきたあいつに平謝りをして、それからは他愛もない話を延々と続けていた。


 一時間ほどたった頃だろうか。

 高井がグラウンドから歩いてきたのだ。

 どことなくフラフラとしていて見ているこちら側からしたら今にでも支えたくなるような按配だった。

 でも俺はあえて無視した。その頃俺は、包丁に付着した血をいつ洗い流そうか考えていたところだったからだ。

 高井も俺らに気づいていないようだった。

 体育館へと入っていくと、数分後出てきた。顔色はかすかに良くなってはいたものの、まだ万全とは言い難い。

 俺が話しかけると、高井が弱々しく応答した。3人で並んで武道館入り口前に座る。

 あいつが『そろそろ戻りたい』と言い出したので、俺は『ついでに牛乳パック捨てて来い』と命令した。

 あの時、俺は名倉の死体のことをすっかり忘れていた。


 いつまでたっても戻ってこないあいつに、嫌な予感がしてゴミ捨て場に向かった。

 案の定、あいつは名倉の死体をダイレクトに目撃したようで、柄でもなく酷く動揺していた。そこで俺はやっと名倉の死体のことを思い出した。

 今初めて目撃したかのように演技をして、隠し持っていた包丁を、洗う暇もなくひとまず調理室に戻しに行った。その後先生を呼び、一般の生徒が下校した後、関係者は体育館に集合した。


 単純な水素爆弾なら、俺のような素人でも割と簡単に作れてしまうものだ。

 水素が火と触れると爆発を起こす。これは中学校でも習うような極初歩的な化学反応だ。これをちょっと応用して、単純ながらもなかなかの威力を発揮する爆弾を作り出すことに成功した。

 だからってマッドを気取るつもりはない。男なら一度ならずとも、爆弾とかにあこがれる時期ってものがあるではないか。俺の場合、それが偶然この事故と重なった時期に生じてしまったというだけだ。もちろんこの爆弾を悪用するつもりもなかったし、まして学校で使おうなど、天地がひっくり返ってもそんな愚かしい真似はしない。


 …しない、はずだった。


 体育館にいる間、俺は一抹の不安に駆られていた。

 先程の行為は、死体遺棄扱いになるのではないか――。

 最悪、そこから自分が犯人像として浮かび上がり、捕まってしまうのではないか――。

 疑われないためにした行為によって裏づけされる。そんなことは真っ平御免だった。

 どうにかして打開策を練らなければと一人考えあぐねていた時、名倉とかかわりを持っていた不良たちの一人の、着崩したスラックスのポケットが不自然に膨張していることに気がついた。さりげなく移動して違うアングルから見てみると、それはどうやら中くらいの大きさの瓶のようだった。

 なぜこんなときにポケットの中にそんなものを入れているのか、と不思議に思ったその直後、何かを踏んで足元をすくわれかけた。

 幸い転ぶことはなかった。しゃがんで踏んだものを確認する。

 そこにあったのは、俺が作った水素爆弾だった。


 瞬時に、俺は素早く不良のスラックスから瓶を奪うと、中に水素爆弾を入れた。

 気づかれるかと思ったが、幸い相手は先生の話に専念しているようで気づいた様子はなかった。

 これで大丈夫――。

 水素爆弾の存在が、周囲にばれることはない。

 瓶にも入れたのだから、誤爆することも未然に防いだ。


 話が終わった。

「ちょっとブロークンハートなんで」

 あいつはそう言って保健室へと向かったが、一応一ヶ月の付き合いのある俺はその程度のウソを簡単に見抜く力がついていた。どうせ、話がめんどくさい方向に向かったので一抜けしようとしたのだろう。

 俺は時間をおいてから保健室に行った。

 あいつは珍しくふて寝でもしているようだった。いかにも自分が『普通の健全な高校一年生』と自己主張しているような呟きを三点リーダ満載で聞かされた。しかしあいつは素人の俺からしても明らかに普通じゃない。会話の中にたまに出てくる“遼兄”とか言う人物とかなりアブナイ関係を持っていることは話の内容から推測できる。何が『血とか死体とか』だ。見慣れてるだろお前。

 それでもしばらく付き合ってやると、あっさりと本性を露にしやがった。そういうこと言ったらあくなき善良者の高井が引くだろうことはいくらあいつでも分かっていただろう。案の定引いていた。

 そこに現れたのが塚本。俺と高井は呼ばれたので――正確にはあいつも御同行願われたのだが仮病を使ってボイコットしやがり――2人でサポートルームに向かった。

 そう――。

 保健室の引き戸のサッシを跨いだこの瞬間が、あの爆発劇の始まりだった。


 サポートルームで取調べを受けている最中――。

 保健室が起爆した。

 俺の作った水素爆弾によって。


 高井と二人で保健室へ向かう途中、放送室前で鴻巣茶凛と合流した。

 彼女は豊島先生(推定)に襲われ、ここ放送室に閉じ込められていたと供述した。

 その正体が俺であることも知らずに。


 変装というのは、およそ短い生涯の中であまり味わうことのできない行動だ。今回の思いつきの中に、『せっかくだから変装でもしてみよう』という概念が生まれたのがきっかけじゃなかったら、俺はその後しばらくの間変装することを知らずに生きていたかもしれない。

 やってみると意外と簡単だった。白衣は通常の市販のもので事足りたし、眼鏡は部活の後輩から伊達メを拝借した。残念ながら俺はオールバックにできるほどハードなワックスを持っていなかったので、親父からポマードをもらってきた。『七三分けの素晴らしさをクラスのみんなに知ってもらいたいんだ』と力説したらあっさりと手に入った。俺の親父は七三なんてダサさマックスのヘアースタイルは断固拒否の一点張りのはずなのに、なぜポマードを持っていたのかは謎だ。真っ先に頭に浮かんできた言葉は“知らぬが花”。俺の親父にもそういう時代があったということにしておこう。

 問題は顔だ。こればっかりはどうしようもない。メイクなんかをすればある程度は近づけるかもしれないが、生憎この年でファンデーションを使う度胸はなかった。鏡を見てみても、他のチャームポイントの3点が揃っているのだから顔くらいどうにかなるであろうと妥協することにした。後ろから近づけば顔を見られることもないのだから。

 鴻巣を襲ったことにとくに意味はない。

 それが結論といえば結論。


 最大のミスは、保健室で水素爆弾入りの瓶を落としてしまったこと。

 瓶は分厚く、割と頑丈そうだったので割れることはなかったが、蓋をしていなかったため水素爆弾は瓶の中から出てしまったらしい。

 それを強く踏んだか、あるいは何か刺激が加わったのか…定かではないが、保健室で爆発が起こったのは完全に俺の責任だ。俺が作った水素爆弾を、俺が保健室に落としてしまったのだから。

 これも、誓って言うがわざとではない。

 不祥事が重なってしまっただけなのだ。


 重なった不祥事は。

 層となって積み重なっていく。


 校内の爆発は、完全に予期せぬ事態だった。

 誰かが爆弾を仕掛けたのか…それとも、俺の水素爆弾によって中枢機能がやられて炎上でも起こしているのか…考えている暇はなかった。

 保健室に着くと、なんだかただでさえ生気の感じられないあいつが更に人生諦めましたという様なオーラを醸し出しながらふて寝を続けているのが目に入った。

 数分間のやり取りの後、面倒くさくなった俺はあいつの片方の手首にロープをつないで引っ張り出した。まわりは炎に包まれていたのでもしかしたら焼けているかもしれなかったが、あいつは器用に引っ張られながらも炎をかわしていた。

 それからあいつと二人で校内をうろついているうちに、3階に来てしまった。

 そのとき偶然聞こえた声。

 その声が――俺を変えた。


『僕はもう、この事件の犯人を知っている』


 そんなこと言わなければ。

 生きていられたのにね。


 手元にあったのは。

 大量の――机と椅子。

 ここは教室だった。


 爆音のような――破壊音。

 穴が開いたことによって緩くなった地面は。

 水谷を消すのには、申し分なかった。


 ここで、俺は初めて“殺人”を犯した。


 何食わぬ顔で一階へと降りていき、一人欠けた状態の佐藤先生たちと合流する。

 その後高井たちを見つけ、関係者を一箇所に集めた。

 武道館前に集合してしばらくたった時に聞こえた、銃声。

 保健室で塚本が乱射をしていた。

 高井はそれを食い止めに保健室へ向かった。

 その時、俺はやっと瓶がないことに気づいた。

 どこかに落とした。それはまずい。あんなもの見つかってしまったら、爆発を起こした犯人が分かってしまう。指紋にまで気を遣うほどの余裕はなかったのだから。

 俺の不安は、的中した。

 予想外の形で。


 なぜか、塚本が瓶を所持していたというような流れになってきたのだ。

 俺は内心、安堵していた。

 ひとまず、今のところ疑われてはいないみたいだ。

 しかし、これだっていつまでもつのか…。

 また不安が湧き上がってきたところに、高井がある提案した。

 佐野と塚本を残して、他の関係者は一旦体育館へ移動することになった。

 どうってことのない短い距離なのに、何人かはぐれていたらしく、捜索に出向くことになった俺は、あいつを捜していた。

 そしてその時――。

 もう一人の塚本と遭遇した。


「そろそろ自白したらぁ?」

 疑問符を使っているとは思えない抑揚のない口調で、しかもその割にはだるそうに、彼女は俺に言った。

「……誰だよ、あんた」

「塚本刑事でぇーす。えへ」

 もう一度言うが抑揚がない口調で彼女は話している。

「あんたが犯人だってことは分かってるんだよん。そりゃ、黙ってれば今のところバレはしないだろうけどさぁ。あの高井くんなんか鋭そうだから、明日には気づくかもよー?」

「何を言ってんのか、俺にはさっぱり」

「そうやっていつまでも隠しきれると思ったら大間違いのコンコンチキ。現に途中参加のあたしでさえも簡単に見破れたくらいだからねん」

「……今、ちょっと人を捜してるんで」

「あの子なら、鴻巣って子と話してたよ。あー…早く行かないとまずいかも」

「は?」

「鴻巣ちゃんさぁ――後ろ手に、あんたが名倉さん刺したときに使った包丁、隠し持ってたから」


 戦慄した。

 なぜ。

 鴻巣が。

 あの包丁を持っているんだ――!?


「…あんた、名前は?」

「まずは自分から名乗るのが礼儀ってもんでしょうよ。ダディーファースト」

「ダディーって、父親じゃないんだから。……俺は松川杉由だよ」

「あたしは塚本ねいるだよん」

「…ねいる?」

「難しく漢字にすると寧瑠だよん。妹の塚本ねいり、もとい寧璃がお世話になってますわー。あ、佐野っちのことなら心配しないでね。あたしの車の中にいるから」

「…もしかして、双子?」

「ざっつらーい。一卵性の双子なのだー」

「なぜ、佐野さんを連れ出した?」

「言うこと訊かないから」

「…………」

「鎖で拘束しちゃった」

「……あんた」

「いろいろ積もる話もあるからねー。久しぶりに会うんだよ。佐野っちはあたしのこと嫌ってるけど、あたしは佐野っちのことだーい好きだから。大丈夫、さっき話してたノートパソコンも、押収してあるから」

「そういう問題じゃない気が」

「ねぇねぇ、それよりもさぁ、いいの人捜しの方は? 真面目に殺されちゃうよん、あのダウナーくん」

「あ」

 俺はそこであいつを視界にとらえた。

 正確には、あいつを殺そうとしている、鴻巣の姿と共に。


 それからまぁいろいろあって、武道館の二階で夜を明かすことになった。

 殺人事件が起きたとは思えないくらい、楽しい夜だった。


 深夜、あいつを外に連れ出した。

 あいつになら、話してやってもいいかな、なんて思ってみた。

 ぶっちゃけ、このときあいつを殺すつもりだったんだけど、うまくはぐらかされてしまって。

 次の日、最後の足掻きをした。


 刑事の方の塚本妹は、確実に俺が犯人であることを知っただろう。そろそろ、高井たちに真相を打ち明けている頃だと思う。佐藤先生や不良たちも、それを知ったはずだ。

 どんな反応を示すだろう。

 喧嘩を売った相手が、自分たちのリーダーを殺した犯人だと知ったら。

 …愉快だなぁ。

 ものすごく愉快。

 楽しい夢をありがとう。




 俺の独り言は、以上だ。






 さて。

 今、俺の目の前には、あいつがいる。

 やっぱり気づいたか。

 俺が、ずっと武道館二階の師範室に隠れていたことに。


「先輩」


 相原は俺をまっすぐ見据えて、やる気のない声で最後の一言を言った。




「とりあえず、ま――死んどいて下さい」


 …びっくり。

 佐野刑事は、塚本刑事の双子の姉・塚本寧瑠によって身柄を拘束されてました。

 そういえばこの人、“大好きな相手は鎖で拘束したがる”らしいです…メモに書いてありました。恐ろしい人。

 佐野刑事と塚本寧瑠との因縁は、この次の放置中のお話の中に書かれてました。

 それはさておき、今回は杉由視点です。おそらく、事件が起こるたびに、最終回は犯人による自白回って感じになるんでしょう。

 しかし杉由…後輩愛が半端ないですな。

 そのわりに喰おうとしてたけどね。相原くん逃げて!

 地味にお気に入りなのは水谷悠くんだったりします。この人のモデルは…言ったって分からないと思うので、ご自由に想像してみてください。

 どんなのか教えてね。悠くんに限らず、いろんなキャラのイメージ像を教えてくれたら嬉しいな。

 ではまた、いつか更新するときまで。

 本編も見てね。

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