第3話 謎の落とし物事件
「生徒会副会長の主な仕事は、変人だらけの役員たちにツッコミを入れることである」
この悲しきスローガンがすっかり板についてきた五月の午後。放課後の平和な生徒会室の空気は、またしても勢いよく開けられた扉によってぶち破られた。
「大変です副会長! 校舎裏の草むらで、とんでもないものを発見しました!」
息を切らした庶務の佐藤が、泥だらけの両手で恭しく掲げていたのは――得体の知れない、奇妙な形をした手作りのぬいぐるみだった。
「……なんだそれは。ツチノコか?」
「いえ、よく見てください! 背中に羽が生えてます。ペガサスと深海魚のキメラかもしれません!」
「ふぁ……。私のマグカップのウサギさんに、ちょっと似てますね……」
すかさず書記の宮野が目をこすりながら適当なことを言う。いや、君がいつも両手で抱え込んでいるそのウサギ柄マグカップとは似ても似つかないだろう。
「素材は市販のフェルトと綿ですね。原価にしておよそ三百円といったところでしょう。しかし、この絶妙に歪んだ縫い目……素人の犯行です」
「小鳥遊、お前は落とし物を真っ先に金額で査定するのをやめろ」
会計の小鳥遊が眼鏡をクイッと押し上げながら冷静に分析する横で、俺は深々とため息をついた。
まったく、たかが落とし物一つでどうしてこうも騒がしいのか。とりあえず、持ち主を探すためのポスターを作る必要がある。俺は手元のバインダーを引き寄せ、この珍妙なキメラぬいぐるみのスケッチと特徴を書き留め始めた。どんな些細な情報でも、忘れないうちに残しておこう。それが早期解決の鍵になる。
「で、会長。これはどうやって持ち主を探しましょうか。特徴的すぎますし、全校集会で晒し上げるのは持ち主にとって公開処刑になりかねませんが」
俺が部屋の奥に声をかけると、窓際のパイプ椅子に座っていた会長が顔を上げた。
彼女の膝の上には、またしてもあの古びたノートが開かれている。生徒会室の本棚に並ぶ、年代物の古いノートの束。会長は今日も今日とて、暇を見つけてはあの古いページを愛おしそうにめくっていたのだ。
「うーん……そうだね。過去の先輩たちも、結構変な落とし物には頭を悩ませてたみたいだよ」
「……その古いノートに、落とし物の探し方でも書いてあるんですか?」
「ふふっ、どうだろうね。でも、こういう手作りのものは、きっと誰かの大切な想いがこもってるはずだから。穏便に、かつ確実に届けてあげたいな」
会長はパタンとノートを閉じ、俺の書いた特徴メモを覗き込んだ。
「これ、一年生の家庭科の課題じゃないかな? 最近、自由制作の提出があったはずだよ」
その鶴の一声で、事態は急展開を迎えた。
手分けして一年生の家庭科担当教員に確認を取ったところ、案の定、提出直前に作品を紛失して半泣きになっていた生徒がいたことが判明したのだ。
その後、放課後の教室で無事にキメラぬいぐるみ(本人は『空飛ぶイルカ』だと言い張っていた)を返却すると、その一年生は涙ぐんで感謝してくれた。
「いやあ、一件落着! 今日も生徒会は人助けに奔走しましたね!」
「佐藤先輩が校舎裏を無駄に走り回っていなければ、見つからなかったかもしれませんね……」
「結果オーライです。無駄な支出もゼロでしたし」
生徒会室への帰り道、わいわいと騒ぐ後輩たちの背中を見ながら、俺はバインダーのメモに『持ち主へ返却完了』と追記した。この珍事件の全貌も、後で見返した時のために、誰がどう動いたかまで細かく書き記しておく。
生徒会室に戻ると、窓の外はすでに薄暗くなり始めていた。
夕日が生徒会室をオレンジ色に染め上げる中、会長は本棚に古いノートをそっと戻し、振り返ってふんわりと微笑んだ。
「お疲れ様。今日もいい一日だったね」
「落とし物一つで大騒ぎでしたけどね」
「ふふっ。でも、みんなで協力して何かを探すのも、悪くないでしょ?」
会長は楽しそうに目を細め、静まり返りつつある校庭へと視線を向けた。
「この光景もいつか過去になる……。だからこそ、こういうちょっとした事件も、なんだか愛おしく思えるんだよね」
少しだけ寂しさを孕んだその声色に、俺はなぜか胸の奥がチクリとするのを感じた。だが、すぐに頭を振って気を取り直す。感傷に浸るのは俺の柄ではない。
「……そうですね。とりあえず、今回の報告書もまとめ終わりました。謎の落とし物事件の顛末、記録としては十分だろうと思います」
俺がバインダーを閉じると、会長はいつもの明るい笑顔に戻って「ありがとう!」と短く応えた。
「よし、それじゃあ今日の生徒会は解散! みんな、気をつけて帰ってね!」
会長の弾むような声が響き、後輩たちが次々とカバンを手に取る。
俺もペンを置き、カバンを肩にかけた。
――今日のところはここまで。
明日もまた、この部屋で新しいドタバタが待っているはずだ。




