第1話 新年度、生徒会始動
「生徒会副会長の主な仕事は、変人だらけの役員たちにツッコミを入れることである」
新年度が始まって数日。放課後の生徒会室の扉を開けながら、俺は心中でそんなくだらないスローガンを掲げていた。
「あ、お疲れ様。今日もいい天気だね」
窓際の特等席。夕日を背に受けて優雅に微笑むのは、我が校が誇る生徒会長だ。
三年生の彼女は、成績優秀、容姿端麗、ついでに面倒見も良く、生徒たちからの人気は絶大。……しかし、その実態は少々、いや、かなりマイペースな変人である。
彼女の手元に視線を落とすと、また見慣れない古いノートが開かれていた。
生徒会室の壁際にある備え付けの本棚。そこには事務的なファイルと一緒に、年代物の古びたノートが何冊もずらりと並んでいる。会長はよく、空き時間を見つけてはあの本棚からノートを引き抜き、どこか懐かしそうな、愛おしそうな目でページをめくっているのだ。
「会長。またそれ読んでるんですか。そろそろ新入生歓迎会の資料、確認してもらわないと困るんですが」
「ごめんごめん。つい読み耽っちゃって。よし、じゃあみんなが揃うまでサクッと片付けちゃおうか」
会長はパタンとノートを閉じると、瞬時にキリッとした「優秀な生徒会長」の顔つきになり、俺が差し出した資料に目を通し始めた。この切り替えの早さと有能さがあるから、誰も彼女に文句を言えないのだ。
数分後、ガラッ!と勢いよく扉が開いた。
「ちーっす! 本日もグラウンド三周してから来ました! 庶務の佐藤、ただいま到着です!」
「佐藤先輩、声が大きいです……。もっと静かに……」
「おや、書記の宮野さんは今日もマイペースですね。そんなことより、今年度の予算案の仮組みが終わりました。各部活からの無謀な増額要求は、この会計、小鳥遊が1円の狂いもなく全て論破してみせますよ」
汗だくでポーズを決める熱血体育会系の庶務(二年)。
自分専用の巨大なウサギ柄マグカップを両手で包み込みながら、すでに半分眠っている小動物系の書記(一年)。
そして、ノートパソコンのキーボードをターン!と勢いよく叩きながら、眼鏡を怪しく光らせる計算魔の会計(一年)。
俺は小さくため息をついた。
……まったく、なんて個性豊かな面々だろう。忘れないうちに残しておこう。今年の生徒会も、一筋縄ではいかない波乱万丈な一年になりそうだ、と。
「よし、全員揃ったね」
会長が立ち上がり、パンッと手を叩く。
「今日から本格的に、この五人で今年度の生徒会を動かしていくことになります。新入生歓迎会、そして来月の予算会議。やること、いや、やりたいことは山積みだよ」
「はいっ! まずは体力作りからですね!」
「佐藤、お前はとりあえず座れ。宮野も寝るな。小鳥遊は部活の予算をゼロにするな、一応話は聞け」
次々とボケをかます後輩たちに、俺は息つく暇もなくツッコミを入れていく。
議事録用のバインダーを手元に引き寄せながら、俺はペンを走らせた。後で見返した時のために、誰がどんな無茶な発言をしたか、しっかりとまとめておかないとな。
ドタバタと騒がしい議論(という名の脱線)が続く中、ふと視線を上げると、会長がふんわりと柔らかい笑みを浮かべて俺たちを見渡していた。
「どうかしましたか、会長」
「ううん? みんな元気だなーって思って」
会長は窓の外、オレンジ色に染まり始めた空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「この光景も、いつか過去になるんだよね」
どこか切なげで、それでいて温かい響きを持った声。
その言葉の真意はわからなかったが、なぜか俺の胸の奥にすっと落ちてきた。
「……そうですね。だからこそ、今やれることをやるしかないんじゃないですか」
「うん、そうだね。頼りにしてるよ、副会長」
会長の無邪気な笑顔に、俺は「また苦労が絶えなそうだ」と肩をすくめながらも、不思議と悪い気はしていなかった。
気が付けば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
今日の話し合いの要点を箇条書きにしたメモを見直す。うん、初日の記録としては十分だろう。
「よし、今日の会議は終了! みんな、遅くまでお疲れ様!」
会長の号令で、初日の生徒会活動は幕を閉じた。
次々と帰路につくメンバーたちを見送り、最後に生徒会室の鍵を閉める。
――今日のところはここまで。
明日からもきっと、この騒がしくて平和な日々は続いていく。




