二人の音楽はAIか?
【漆黒の翼を喪★失せし者】
かつて一世を風靡した音楽ユニットの名前である。
他の誰にも弾けない超絶技巧のキーボードのゲシュ、ハスキーボイスからカワボまで広い声質と音域を持つボーカルのタルト。二人の音楽は聞いた人に、ときには癒やしを、ときには背中を押されるような力強さをもたらした。
その曲に、演奏に、歌声に。全員が魅了された。
ただ一つ、謎があった。
それは、二人が一体誰なのかということ。
本名はおろか、顔さえ明かされない。タルトは女性の声だが、ゲシュは性別もわからない。
ゲシュの力強いピアノと、タルトの美麗な歌声。それだけが二人の存在証明だった。
やがて二人は人気の最高潮で音楽活動の無期限中止を発表し、多くの人に惜しまれながら表舞台を後にした。
***
ある時噂がたった。
「【漆黒の翼を喪★失せし者】はAIで生成された架空のユニットである」
「作曲も、作詞も、歌声も、演奏も、すべてAIで、顔出しできないのはそもそも存在しないからだ」
一時期信者のように崇めていたユニットの真実に、多くの人が衝撃を受けた。
やがて曲を聞く人はいなくなり、AIは嫌悪された。
***
「【喪★失】、炎上してるね〜」
わたしは呑気な声で呟いた。リビングのソファはふかふかだ。もう寝れそう。
「そりゃ、顔出ししてないからな。ったく、顔を見られるのが嫌なだけだっつーの」
キッチンで昼ご飯を作っていた琉斗が言った。ちなみに今日の昼ご飯はわたしの希望でねぎ塩焼きうどんだ。
「っつ、あぁぁ! 考え事してたらミスった! 誰だよねぎ塩焼きうどんが良いって言ったやつ!」
「はーい!」
急に大声をあげた琉斗に返事をする。大変なのに作ってくれてありがと、琉斗。
「……まあうどんはどうにかなるけどさ、【喪★失】の炎上はどうしようもねぇよ」
琉斗は【喪★失】をしきりに心配するけど、わたしにはそんなに大事だとは思えない。
「なんでそんなに心配なの? 【喪★失】はもう終わったんだよ。わたしたちにはもう関係ないことなのに」
わたしが問いかけると、琉斗は目を逸らして答えた。
「ま、なんていうかさ……おれとお前の大事な場所、だし? なんか、炎上してるのはいやだ」
わたしはふふふっと笑った。なんだか嬉しい。
「そういえばさ、【漆黒の翼を喪★失せし者】っていう名前を考えたとき、黒い星をいれたいって言ったの、琉斗だったよね」
「藪から棒になんだ?」
「今見ると、【漆黒の翼を喪失せし者】よりしっくりくるよ」
「……見慣れただけだろ」
わたしは首を振った。
「ううん、黒い星って失敗とか敗北とかを表すんだって。まさに喪失じゃない?」
琉斗は少し目を見開いて、それからゆっくり頷いた。
「それなら、おれも一個思ってたことがある」
「なーに?」
「おれたち二人だろ? だから、【漆黒の翼を喪★失せし者たち】のほうがよくね?」
それから二人で目を合わせて、笑った。
***
──【漆黒の翼を喪★失せし者】が最後のライブをするらしい。
その話は瞬く間に広まった。
「最後の悪あがきか」「いまさら何を?」「どうせ誰も行かないよw」
そんなコメントばかりが目に付く。
それでも、ライブは行われた。
ライブに来たのは、主に野次馬だった。多少のお金を払ってでも、末路を見たいという者たち。
「今日はわたしたちの最後のライブにきていただき、ありがとうございます」
相変わらず、顔は見せない。それを徹底している。
その態度に、観客は冷たく笑った。変わらないな、と。
「最初の曲は、『青空の下で』です」
世間に名を轟かせる、きっかけとなった曲。その演奏に、歌声に、観客は圧倒された。『本物』だと嫌でも感じさせられる。
そのうえ、
「実はわたしが顔を出さなかったのって、ゲシュが『タルトを他の男に取られるわけにはいかない』って言ったからなんですよね〜
こう見えてゲシュ、愛のお化けなんですよ?」
と甘々カップルぶりを見せつけられてしまえば、観客にはファンになる以外の選択肢がないのである。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、ライブの終了時間が近づく。
観客は二人の虜になっていた。
「それでは最後の曲です、書き下ろし曲『Weil du jetzt hier bist』!」
曲の始まりを告げるピアノが旋律を奏でた。
柔らかい歌声が被さり、混ざりあって観客に押し寄せる。
今や、観客の心は一つだった。
『もっと、聞いていたい』
AIだろうが、なかろうが、どうでもよかった。
今、この瞬間が楽しければ。面白ければ。幸せであれば。
基本的に世間とは、そういうものであった。
しいなここみさまの「瞬発力企画2」に参加した作品の掲載です。




