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もう一度、君に笑ってほしくて

掲載日:2026/01/03

 ——昔、笑顔の可愛い女の子がいた。どんなときでも笑っていて、イカつい顔で、怖がられていた俺にも話しかけてくれる夜風渚という女の子が……。


 だが、告白できずに俺の中学校生活は終わってしまった。





 


「……それがお前の初恋か。つまんねぇ恋だな」


「仕方ないだろ。昔っからこのガタイで怖がられてきたんだから」


「連絡先はもってるんだろ?今連絡してみろよ」


 


 俺の唯一の友達、林田陸翔はそう言う。だができるわけがない。中学時代にすら、自分から話しかけるのに半年かかった俺がそんなことできるはずない。


 俺こと陽暮望は身長百九十センチという恵まれた体に、厳つい顔をしている。だが、昔から小心者で自分から行動を起こすのは苦手だった。




「向こうにはもう彼氏がいるはずさ。あんだけ可愛かったからな」


「そんなの分かんないだろ?聞くだけ聞いて、いないならデートに誘う。これでいいじゃん」




 陸翔にはこういう節がある。面白ければ何でもいいと思っていて、いつも突然、変な行動に出る。そのおかげで、今こうして友達になれてるんだけどな……。


 それにしても夜風さんか……。忘れたことはない。だが自分から連絡する勇気もなくモヤモヤを抱えていたまんまだった。そのモヤモヤを陸翔に打ち上げた結果、今の話になっている。


 


「まぁ、気が向いたら連絡してみるよ」


「ふぅん。それはいつになるのやら……。じゃ、俺バイトだから行くわ」




 そう言って、陸翔は屋上を後にした。あいつはモテるから、言う通りに動いた方がいいのかもしれない……。


 そう思い、スマホを開く。俺が持ってる連絡先は少ないから、アプリを開いてスクロールすることですぐ見つかった。


 名前を押し、『少し話せない?』と打ち込む。だが、送信ボタンだけは頑なに押せない。




「やっぱ無理だよなぁ」




 名前を押すのに数分、文字を打ち込むのに十数分かかった。これでも頑張った方だ。


 俺はスマホをカバンにしまい、それを持って帰路につく。


 いつもと同じ帰り道。いつもと同じ景色。だが、心は違う。




「……久しぶりに中学校にでも寄ってみるか」




 勇気を出せない自分を憎みながら、中学校へと歩き出す。高校からは結構距離があるが、今はリフレッシュしたい気分だった。




 


 /


 


 数十分歩くと、懐かしい場所が増えてきた。けれど、思い出は少なく、そこまで面白味がなかった。


 そして、中学校が見えてきた。俺が唯一、夜風さんと関われた場所に。




「懐かしいな、本当に……」




 そう呟きながら、どんどん近づいていく。中学校に近づくにつれて、俺の足も速くなっていった。


 やっと中学校の正門が見えたあたりで、俺は足を止めた。感傷に浸ったからでも、疲れたからでもない。




 ——そこに夜風さんがいたからだ。




「あ……陽暮君。……やっと見つけた」




 なぜ?そんな疑問しか浮かばない。


 それにやっと見つけたということは、俺を探していたのだろう。でもなんで?




「なんで夜風さんがここに?」


「え?陽暮君から連絡してきたんじゃないの?」




 もしかして、と思った。急いでカバンを開けスマホを開く。そこには数十分前に送信されていたさっきのメッセージが……。


 どうやら間違って送ってしまったらしい。そうすると俺はここにずっと待たせていたのか……?




「あ……もしかして私宛じゃなかった?ご……ごめんね。勝手に勘違いしてたみたい」




 俺が固まってるうちに、夜風さんは踵を返した。


 このままでは、なにもせずに終わってしまう……。


 


「じゃ……じゃあ、私行く——」


「ちょっと待って!」




 思わず引き留めてしまった。せっかくここまで来てくれたのだから、なにかしなければ。


 


「実は、その連絡は送るつもりじゃなかったんだ。でも、夜風さんに送ろうとしてたのは本当だ!」




 こんなにも必死になることは、人生で初めてかもしれない。夜風さんの顔だって見れない。




「だから、その……少し話せない?」




「……うん。話したい」




 夜風さんは嬉しそうにしながら、すぐそばの石の上に座った。俺も続いて横に座る。




「なんか……懐かしいね。こうやって話すの」


「本当にね……。卒業以来だよね……」




 


 ——沈黙が流れた。勢いで止めてしまったから、なにも考えていなかった。


 だが、このままではいけない!ここは陸翔に教えてもらった、話題を!




「夜風さんは学校どう?もう慣れた?」


「……っ!!学校はそうだね。最近はいろんな人に話しかけてもらってる、かな……」


「夜風さんは友達多そうだよね!俺なんて、この顔のせいで一人としか話せてないよ!」


「そ、そんなことないよ……。あ、でも最近は家の近くに猫ちゃんがいて、結構癒されてるんだ」





 ——また沈黙。それにしてもさっきから違和感がある。夜風さんが笑わないのだ。


 たったそれだけと思うかもしれないが、夜風さんはつらくても悲しくても笑っていたのだ。俺は夜風さんのこんな顔を見たことがなかった。




「……夜風さんってあんまり笑わなくなったんだね。いつも笑ってるイメージだったから、少し意外っていうか……」


「そ、そうかな……。最近は疲れ気味だからかも」


「もしかして学校でな——」


「学校の話はやめて」




 強い、怒気をはらんだ言葉だった。俺はこんな夜風さんを見たことがなかった。


 久しぶりだからと舞い上がって、踏み込みすぎたかもしれない。


 


「あ……ご、ごめんね。ちょっと疲れてたせいで八つ当たりしちゃった。」




 そう言いながら、夜風さんは立ち上がった。俺は依然と固まったままで、それを見守ることしかできなかった。


 


「じゃあね。このままだと、また陽暮君に当たっちゃいそうだから」


「あ、うん。またね……」




 夜風さんが立ち去っていく。俺は後姿を見るだけで止めることはできなかった。


 だが、これ以上踏み込んで、夜風さんに嫌われるのも嫌だったからなにもできなかった。





 /


 


「お前まじで言ってる?」


「仕方ないだろ!俺だって後悔してるけどさ、あれ以上どうすれば良かったんだよ!」




 翌日の昼休み。飯を食いながら、陸翔に昨日のことを話した。


 夜風さんに偶然会ったことや怒らせたこと、家のベッドでどうすれば良かったかを永遠に考えていたことまで。




「そんなの無理やり止めて、事情を聴くんだよ。そして、困りごとをお前が解決。すると、相手はメロメロになる」


「それはお前に限った話だよ。俺が無理やり止めたら怖がられるだろ」


「……それもそうかもな。だが、何もしないのは悪手だ」




 そんなのは分かっている。自分が何もできなかったこと、夜風さんに何があったかをずっと考えてたんだから。


 でも、どんだけ考えても何も浮かばなかったし、憶測だけで行動するのも烏滸がましいからだ。




 そもそも、何かがあると決めつけるのも変だ。夜風さんは、昨日はたまたま機嫌が悪かっただけだろう。実際にそう言っていたし。




「同じ中学のやつに聞いてみれば?」


「いないよ、そんな人。俺は教師にすら嫌われてたんだぞ」


「嘘だろ……」




 本当のことだ。俺が中学生の時にまともに話したのは、夜風さんただ一人。


 その理由は、いじめを庇ったら、この顔のせいで逆にいじめてると勘違いされたからだ。あれほど自分の顔を呪ったことはない。




「じゃあ、もう一回会いに行け」


「嫌がられるだろうさ」


「関係ねぇよ。お前から何かしなきゃいけないんだってば。不安なら俺もついて行ってやるよ」




 実際、俺はもう一度会って話したい。じゃないと、昔のように何もできずに終わってしまう。


 こいつは本当に勇気をくれるな……。




「わかった、連絡するよ。けど、ついてこなくて大丈夫」


「よし。じゃあ頑張れよ。俺からはそれだけだ」




 スマホを開き、汗ばむ指を動かしながら夜風さんへ連絡する。中学の時のように、行動せずに後悔するのは嫌だったから。


『明日、また会えない?』



 夜風さんに連絡した翌日、学校帰りに俺はカフェに立ち寄っていた。


 夜風さんに会うためだ。




 昨日連絡した後、夜風さんから謝罪文とともに、色よい返事が返ってきた。


 今日の俺がやることはただ一つ。何があったか聞くことだ。そして、何かがあるなら助けたい。




「けど、どこまで聞いていいかわからないよな……」




 二日前、俺は夜風さんを怒らせてしまっている。怒らせないことに越したことはないので、慎重に話そうと思う。


 


 そして、カフェに到着した。店内に入ると、夜風さんが手を振っているのが見えた。




「……こんにちは、陽暮君」


「久しぶり……って言うほどでもないか」


 


 二日ぶりに会った夜風さんは、依然として笑ってなかった。


 やっぱり、何かあったのかな?それとも単純に、相手が俺だからの可能性もあるか。




「その……一昨日はごめんね。急に怒ったりして」




 夜風さんが、頭を下げながら謝ってきた。




「いや全然!俺こそごめん。踏み込みすぎたよね」


「陽暮君は謝らないでよ。私が悪いんだから」




 そんなことを言われても、俺が踏み込まなければよかったのは事実だ。俺が謝らない訳にはいかない。


 ただ、俺はここからどうしようか迷っている。夜風さんに何かあったかを聞きたいが、真正面から聞けば怒らせるだろう。だから、別の聞き方をしなければならない。




「今日は、一昨日のことを謝りたくて呼んだんだ。夜風さんが何といっても、謝っておくべきだと思ったから」


「……本当に真面目だよね。昔から」




 昔から、か。実際はそんなことない。ただ嫌われるのが怖くて、相手の顔色を窺ってただけだ。


 けど、そんなことをしていたら何もできすに終わってしまう。そうならないために、俺は聞かなきゃならない。




「中学の頃の夜風さんは、よく笑ってたよね」


「……確かに。あの頃はなにも考えなくてよかったからかな」


「いつも笑顔だったから、話しかけやすかったし、みんなから慕われてた」




 あの頃のことは、簡単に思い出せる。いつも輪の中心で笑ってた夜風さん。それを見ることしかできなかった俺。




「そんな俺にも話しかけてくれた。あの時は鮮明に思い出せるよ」


「私も、案外覚えてるよ。話しかけてみたら全然評判と違くてびっくりしたこと」


「みんなと仲良くなりたかったけど、怖くてできなかったんだよね」




 夜風さんが言葉に詰まらず、話しかけてくれるようになってきた。なら、今聞くべきだろう。




「夜風さん。俺は怖がりだし、すべてを変えるほど強くもない。けど、知りたい」




 聞くのが怖い。また怒らせたらと考えると、言葉が出てこなくなる。それでも、聞かなければ助けられない。




「こんな頼りない俺に、何があったか教えてほしい」




 夜風さんが目を見開いて、すぐにうつむいた。口は開いても、言葉が出てこないようだった。


 そのまま沈黙が流れる。もう数十分たったと錯覚するくらいに。




「ごめん!急にこんなこと聞かれても戸惑うよね」




 やはり俺には無理だったのかもしれない。陸翔に頼むべきだったんだろう。


 そのままお金を置いて、帰ろうと思い立ち上がると……。




「待って!」




 夜風さんに止められた。




「相談ってほどじゃないけど、話しておきたいことがあるの……」




 その言葉に俺は座りなおした。どうやら何があったのかを話してくれるみたいだ。




「別に大したことじゃないんだけどね、ここ最近無視されてるんだ」


「無視って……なんでそんなことに」




 無視なんて、規模によれば立派ないじめだろ。夜風さんがそんなことされる人ではないはずなのに。




「なんか、ヘラヘラ笑ってるのが気に食わないらしくて」


「そ、それは……」




 一瞬言葉に詰まった




 「それはおかしいよ!笑ってるのが気に食わないだけで、無視だなんて」


 


 テーブルを乗り出して、そう言った。


 夜風さんが笑うのが気に食わないだなんて……。あの笑顔に救われた人もいると言うのに。


 


「そんなにおかしいかな?いろんな人がいるし、そういう人がいても普通だと思うけど」


「その人達のせいで笑えなくなってるのがおかしいんだよ」




 一人の女子が笑えなくなる程の無視なんて普通なはずがない。




「俺は夜風さんの笑顔に救われたんだ。その笑顔で無視されるなんておかしいと俺は思う」




 俺はそうとしか思えない。




「夜風さんは、どう思ってるの?」


「……私は」


 


 夜風さんの目から涙が落ち始めた。


 


「——私は、笑うことの何がいけないのかわからない」




 それは、夜風さんが涙まじりにこぼした言葉だった。




「普通に笑うだけで、調子乗ってるとかぶりっこって言われて、私どうしたらいいか分からないよ」


「……やっぱり、夜風さんはそんな所にいる人じゃないと思う」




 俺はなにが正解なんてわからないけど、夜風さんは笑顔でいてほしい。


 だって夜風さんは——




「夜風さんは笑顔が似合う人だから、笑顔でいられる場所にいてほしい。俺の勝手な思いだけどね」


「うん……。私も、笑顔で過ごしたい」




 夜風さんは涙を拭きながらそう言った。





 / 




「夜風さんどうよ?」




 昼休みの屋上で、陸翔がそう言った。




「元気だよ。少しずつだけど笑えるようになってきてるし」




 最近、夜風さんが俺のいる学校に転校してきた。聞いたときはかなりびっくりしたが、なんだかんだ上手くやってるようだ。


 まぁ、元からみんなに好かれるような人だったから当たり前だろうけど。




「で?告白はしないのか?」




 陸翔がニヤニヤしながら、俺の方を小突いてくる。夜風さんが来てからは、ずっとこれだ。




「しないよ。今俺がしても、迷惑なだけだよ」




 ちょっとずつでも馴染めて来てるんだ。俺が邪魔する必要はないだろう。




「それに、俺は夜風さんの笑顔が見れて満足さ」




 それだけで、俺には十分だった。

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