8,すれ違い
「あっ、凛。今いい?」
遥斗に後ろからよびとめられて「あ、ごめん、用事があって」と答える。遥斗は肩を落として、
「そっか」
と背を向けた。
このやり取りも何回目だろう。
そろそろ彼を私という鎖から断ち切ろうと思っているのに、いざ話をしようと思っても言葉が出てこない。
そうしてグダグダ悩んでいるうちに、今度は遥斗からゆっくり話がしたいと言われ、何を言われるのだろうと怖くてこうして避けている。
「矛盾してる……」
小さく呟いた言葉に返ってくるのは、呆れたような穂乃果の視線だけ。
「凛、あんた何がしたいの?」
「う……そうだよね」
屋上に続く鍵のかかった扉の前、階段の踊り場。
死角になっているそこに腰を下ろした穂乃果は、聞き飽きたというように飴玉を舐める。
「というか遥斗くん可哀想だよ。凛が何を考えてるか聞かなくてもわかるけどさ、それってほんとか確かめた訳じゃないんでしょ?」
確かに本人に聞いてはいないし、罰ゲームだって言っているのを、陰から聞いていただけだ。でも、あの場でそんな嘘をつく必要があるとは、私には思えない。
黙り込んだ私に穂乃果は続ける。
「大体、罰ゲームだったとして、何が問題なわけ?遥斗くんが今、凛を好きならそれで問題ないじゃん」
遥斗が私を好き……?
そんな夢みたいなこと、あるだろうか。でも、少しだけ期待したい気持ちになってしまう。
そう考えて首を振る。
「それは無いでしょ」
「はぁ、いい加減にして。暗い顔のあんたといる私の身にもなってよ。分からないならはっきりさせればいい」
コロコロと口の中で飴を転がす穂乃果は、私をじっと見てため息を零す。
「はっきり?」
「そう。ちゃんと話して、聞いて。それで嫌々付き合ってました、って言われたら別れたらいいし、そうじゃないなら凛が告ってやり直せばいい」
穂乃果の言葉に心が揺れる。
確かに穂乃果の言う通りだ。
「でも、遥斗は優しいから嫌でも言わないと思う」
「だったらそれでいいじゃん。告ってオッケーされたら、凛が遥斗くんに好きになって貰えるように努力したらいい話」
「うぅ……そんなことできるかな……」
「出来る、出来ないじゃない。凛が遥斗くんといたいならやるしかないの」
弱音を吐く私に穂乃果はイチゴ味の飴を渡した。
「好きなんでしょ?遥斗くんのこと」
「うん……」
俯いていた顔を上げて穂乃果を見ると、仕方ないなぁというようにため息をついた。
「凛。スマホ」
「え?」
差し出された手を見て首を傾げた。
「スマホ、今日忘れたから貸して?」
「え、まぁ、いいけど」
穂乃果の親にでも連絡を入れるのかと、ポケットから取りだして穂乃果に渡す。
そのまま慣れたようにスイスイと操作し、何やら文字を打ち込んでいる。
「はい」
満足気な穂乃果に不思議に思い、手渡されたまま画面に視線を落とすと、そこは遥斗とのチャット画面で……。
『次の週末は二人になれる場所がいい』
送ってないはずのメッセージに驚いていると、既に遥斗は見たようで、既読の文字がついている。
「えっ……え?」
「ちゃんと話しておいで」
私の混乱をよそに、穂乃果はヒラヒラと手を振ってそのまま階段を下りていった。
スマホのチャット画面には、
『俺の家でもいい?』
と既に返信が来ており、一拍おいてグッと汗ばんだ手で、貰ったイチゴの飴を握った。
彼と関われなくなることが怖かった。
けれど、もうこんな中途半端な関係を続けるがしんどかったのも事実で。
震える指で『うん』と返事をした私は、それから数日、何から話せばいいのかという緊張と不安でなんだか肩が重かった。




