7,好きな人
あっという間に約束の日。
待ち合わせた駅から電車に乗って移動する。
水族館なんていつぶりだろう……。
少し早めの集合だったため、電車に揺られていると、うとうととしてしまう。
隣に座った遥斗に頭を撫でられて「寝てもいいよ」と言われる。
それは少しもったいない。だって、せっかくの、デート、だし……。
フルフルと首を振ると、「じゃあ眠くなったら俺の肩枕にしていいから」と優しい彼らしい言葉が降ってくる。
どうにか眠気を堪えて目的地に着くと、受付を済ませる。今日も遥斗は既にチケットをとっていたらしく、スムーズに館内に入ることが出来た。
申し訳なくて俯いてしまうと、
「そこは、ありがとう、って言って。それでも気になるなら、“好き”って言ってくれたら嬉しいな。」
と冗談っぽく言われる。
私は散々迷って「ありがとう」とだけ口にした。
私に告白をしろだなんて意地悪な人だ。
キリキリと胸の辺りが凍ったように冷たくなって、自分に大丈夫、と言い聞かせる。
呼吸を整えると、遥斗の背を追って薄暗い館内を進んだ。
水槽を照らす明かりが、ゆらゆらと虹色の光となって揺れる。魚の鱗がピカピカと光って幻想的な空間。
「……凄い」
目の前の大きなガラスの向こうを、たくさんの魚が泳いでいる。思わず駆け寄って感嘆の音を零してしまえば、私のそばに寄った遥斗がクスクスと笑う。
「凛、子供みたいで可愛い」
「……だって……恋人と来てみたかったから」
言い返せないほど、はしゃいでしまった自覚がある。ムッとして本音を言ってしまえば、遥斗は珍しく頬を染めた。
「……え?な、なんで、照れてるの」
遥斗が照れたことにより私にも移ってしまう。
遥斗は少し眉を顰めて、私の手を雑に取ってそっぽを向いた。
「……そんなこと言われたら照れるよ」
投げやりのような言葉だったけど、耳が赤くて彼がただ照れ隠しをしているだけだとわかった。
きゅん、と鳴ってしまった心臓を誤魔化すように、遥斗に取られた手を私もそっと握り返した。
「ゆっくり、見て回ろ……?」
まだ少し赤い顔のままの遥斗がそう言った。そして私の耳元に手を伸ばすと、シャラ、とイヤリングが小さく揺れる。
「あと、これ、すごく似合ってる」
私のイヤリングに気づいていたようで、遥斗は嬉しそうに笑って私の手を引いた。
遥斗の言った通り、二人でゆっくり水槽を眺めながら静かな館内を歩く。
ふよふよと漂うクラゲの前で足を止め、大きくゆっくり泳ぐエイを目で追って、夢中で見ていた。遥斗はそんな子供みたいな反応をする私を、飽きもせずに眺めていた。
「楽しい?」
「うん……楽しい。憧れてたから」
遥斗に子供をあやす様に聞かれて、少し恥ずかしくて俯いた。それでも本音を伝えれば、彼は安心したように微笑んだ。
「凛ってさ、意外とロマンチストだよね」
遥斗の言葉に、やっぱ似合わないよな……と肩を落とすと、焦ったように声がした。
「あっ、い、いやっ!悪いとかじゃないよ?ただ……可愛いって思ってる」
ギャップ?と首を傾げた遥斗に目頭が熱くなる。こうやって、イメージと違う、なんて言わない彼だから好きになったのだ。
私が彼に想いを寄せるようになったのは、一年前。
図書室で本を借りようとしていた時だった。
偶然私の名前が聞こえて足を止めたのだ。
「あ、この本、神木さんも借りたことあるみたいだよ」
「え、意外。恋愛小説とかあの人読むんだ。イメージ崩れる」
何度言われた言葉だっただろう。
いつもの事、そう思おうとしてぎゅっと手のひらを握った時、その時はただの同級生だった、遥斗の声がした。
「え?良くね?可愛いじゃん、そういうの」
穂乃果や家族以外に初めて肯定され、思わず唇を噛んだ。そうしないと涙が溢れそうだったから。
その時から好きだった。
恋に落ちたんだ。
ほんとに恋愛小説の主人公のように、胸が苦しくなって泣きたくなった。
私では叶わないと思いつつも、気がつけば目で追っていて、笑った顔も真剣な顔も少し怒ったような顔も、全てが愛おしく思えた。
遥斗はあの日から何も変わらない。
素敵な彼のまま。
「ありがとう」
私はそれだけ呟いて、そろそろ彼を解放しようと心に決めた。




