4,素直になれない
映画館から出ると、遥斗に手を握られ「お昼どうする?」と聞かれる。
特に希望はなく、「なんでもいいよ」というと、彼は少し困ったように「そうだなぁ」と立ち止まった。
そのまま道の端に寄りスマホを手にすると、しばらく思案して、
「じゃあ、近くのモールに行こうか。フードコートもあってゆっくりできるし、そのあと一緒に色々見て回ろう」
と言って私の手を引いて歩き出した。
手を繋いだままなんだ、と思いつつも自分から振りほどく気はなく、そのまま大人しくついていく。
「凛はこういうところはよく来るの?」
「うん、穂乃果とは」
遥斗に聞かれ、穂乃果と出掛けた時のことを思い出す。
穂乃果はオシャレで、よく服屋を見て回るのだ。
彼女と遊ぶと、朝から夕方まで楽しくて時間を忘れてしまう。ついお昼ご飯も忘れていた時は、家に帰ってどちらかの家で、ご飯をご馳走になったりもする。
穂乃果とは家族ぐるみの付き合いなのだ。
「ああ、宮野さんか。二人は仲いいよね?」
「そうだね。幼なじみなの。小さいころからずっと一緒で」
「そっか。中学の時も仲いいなって思ってたけど、そんな前からなんだ……」
「ん?中学?」
「え、あ……なんでもないよ」
中学の時なんて……今よりも穂乃果以外の人に遠巻きにされていたし、遥斗と一緒のクラスにもなったことはないはずだ。
そんな影の薄い私のこともよく覚えているんだな。
少し焦ったようにみえた遥斗は、そのままその話題は終わり、というように「お昼ご飯を食べよう」と話を切り上げた。
フードコートにつくと、何を食べようかすごく迷ってしまう。
ふと甘い匂いがしてクレープが目に付く。こういうところに来ると、いつも迷って結局普通にご飯を食べてしまうので、私はクレープを食べたことがなかった。
「クレープ食べる?」
遥斗に覗き込まれて、うっ、と言葉に詰まる。
「で、でも、甘いものは……」
「嫌い?」
彼に優しく聞かれ首を振る。
そんなことはない。
むしろ好きだが、私が甘いものを好きだというと、意外だと言われるのだ。
「じゃあ、決まり。俺、丁度そこまでお腹空いてないから、クレープくらいがよかったんだ」
気を使わせないためか本心か分からないが、私のためにそう言ってくれているのは分かった。
繋いでいた手をぎゅっと握り返して、小さく「ありがとう」と伝えた。
騒がしい空気の中、聞こえていたか分からないが、くつくつと小さく笑われたので私のことなど彼は分かっているのかもしれない。
私はチョコイチゴクレープ、遥斗は抹茶クレープを頼んで席に着く。
一口かじると、イチゴの甘酸っぱさとチョコの苦みが口に広がり、生地の甘さと丁度いい。
「可愛い」
遥斗の甘さを含んだ声に顔を上げると、愛おしそうに私を見て微笑む彼と目が合った。
嘘だと分かっているのに、信じてしまいたくなる。
彼にとっては軽い冗談かもしれない。けれど、私にとっては心臓をえぐられるほどの言葉だった。
どうしてそんなに本物の関係だと思わせて来るのだろう。
早く嘘だと、告白は罰ゲームだったと、ネタ晴らしをしてくれないと、私の決心が鈍りそうだ。
このまま彼と本物の関係になれたら……と考えて首を振る。
私が好きだと伝えたところで、彼はきっと私を気遣って嘘の気持ちを伝えてくるだろう。そんな惨めな思いしたくない。
だから私は彼に「好きだ」と伝えない。
このままもう少しの間、遥斗の彼女という立場を楽しんだら、私から彼を解放しよう。
「どうしたの?」
少し考えこんだ私に、遥斗は不思議そうに問いかけた。
「う、ううん。なんでもない」
へらっと笑って誤魔化す。
慌てて口に入れたクレープは、さっきと同じなのにあまり味がしなかった。




