1,罰ゲーム
「か、神木凛さん。え、えっと……ずっと好きだった。俺と付き合って欲しい」
緊張したように目を逸らしている様子にちく、と胸がいたんだ。もじもじとする大きな手さえも可愛くて、なんだか無性に泣きたくなる気持ちを堪える。
「…………いいよ」
絞り出した声は震えてなかっただろうか。
目の前の立花遥斗は驚いたあと、嬉しそうに笑ったように見える。
でも、彼の本心は分からない。
だってこの告白は──罰ゲームだから。
*
私がそれを知ったのはたまたまだった。
お弁当を食べ終わり、ジュースでも買おうと渡り廊下を歩いていた。
購買部の近くの自販機。
数人の気配がして私はそっと死角に身を隠す。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ陽キャに、「どいて」なんて言えないし。大人しく立ち去るのを待つ他なかった。
「はい、遥斗の負け〜〜〜!残念でした〜〜」
「うっわ、今のは卑怯だろ!」
「うっせー、勝ちは勝ち!と、いうことで遥斗。罰ゲームな!」
騒いでいた男子生徒たちは、どうやらクラスメイトのようだ。
その中の一人、立花遥斗の声を聞いて私は思わず耳を澄ませた。
彼はやんちゃという訳では無いが、いつもクラスの中心にいる。おっとりとした笑顔と優しい性格が癒される。
誰にも言っていないけど、私の好きな人だった。
「なぁ、やっぱ、罰ゲームとかやめない?」
遥斗の焦ったような声に彼の友人たちは楽しそうに笑っている。
「なに?怖気付いてんの?」
「いや、当たり前だろ。告白なんて……」
罰ゲームで告白……。
また、くだらないことを。
それでもしオッケーでもされたら、彼はどうするんだろう。
「で、だれだれ?」
興味深そうな声に遥斗ではない誰かが返事をする。
「もちろん!──神木凛ちゃん、だよなっ?」
「お、おい……っ!ばか……っ!」
私の名前が聞こえ、思わず声が出そうになり咄嗟に口を押えた。
壁によりかかって聞いていた私の手足は急速に冷えていく。
「へぇ〜〜」
「おいおい、そんな慌てんなよ〜」
遠ざかっていく声と足音。
私はしばらくその場から動けなかった。
*
告白され、返事をしたあと。
恋人(仮)となった私たちは、沈む夕日を背に並んで歩いていた。
遥斗は律儀にも「遅くに彼女を一人歩かせるのは心配だ」とこうして送ってくれている。その気持ちが嬉しいのに、私はどうしても心から喜べない。
モヤモヤとしてしまって、いつも無愛想な表情がもっと無くなっていくのを感じる。
「えっと、神木さん」
遥斗に名前を呼ばれて顔を上げる。
少し緊張した表情で笑った彼は静かに口を開いた。
「凛、って、呼んでいい?」
下の名前呼ばれ、ドキッと心臓が跳ねた。
私をそう呼ぶのは幼なじみの友人と家族だけだ。
「うん……いいよ。あのさ、私も……遥斗って……」
呼んでいい?そう聞こうとして口を閉じる。
どうせ期間限定の関係だ。終わりがくるのが分かっているのに、自分から傷つきにいくなんて馬鹿げている。
すると遥斗は黙った私をそっと覗き込む。
「いいよ。遥斗って呼んで欲しい」
そう言われてしまえば、私は頷くしか選択肢がない。ほんとにずるい。
きちんと家の前まで送ってくれた彼と連絡先の交換をしてその日は別れた。
その日の夜、妹から「うるさい」と言われ、無意識に零れるため息に初めて気がついた。
*
次の日、学校に着くと既に教室に来ていた友人兼幼なじみ、宮野穂乃果が声を掛けてきた。
「おはよー、凛!」
「うん、おはよう。穂乃果」
小柄な彼女はくるくると表情が変わり可愛らしい。私とは正反対だ。
「ん?どしたの?凛」
「ううん、なんでもないよ」
じっと見ていたらしい。
私の視線に不思議に思った穂乃果はコテン、と首を傾げた。そんな仕草も可愛い。
なんでもないと首を振ると、穂乃果は楽しそうに昨日の夜の出来事などを話し始める。こうして無邪気な彼女の話を聞くのが朝の日課なのだ。
止まらないお喋りに耳を傾けていると、教室の入り口から入ってきた人物が、私の机のすぐ横に立つ。
遥斗だ。
見上げると、優しい微笑みが返ってきて、思わずピクリと肩が揺れた。
「凛……おはよ?」
少し照れたように頬をかく遥斗。
そんな彼と私に注目が集まっている。
彼は自分が目立つ存在だと自覚がないのか?
こんなに堂々と関係を示してしまえば、別れた時余計気まずいと思うのは私だけなのだろうか。
「えっ、と、おはよう……」
じっと見られることに耐えられなくなり、小さく答えた。遥斗はそのまま満足したように手を振って席に戻っていく。
その途端、私の肩がガシッと掴まれ、前を向くとドアップの穂乃果が見えギョッとした。
「凛……っ!どういうこと!?説明してよ!」
「え、あ、あとで、ね……?」
今この場で『罰ゲームで告白された』なんて言えるはずもなく、私はそう誤魔化した。渋々引き下がった穂乃果は、「お昼は覚悟しててよね」と不穏な言葉を残して前を向いた。
穂乃果は怒るかな。