【序章】 糸口
「早く学校行こうよいーちゃん。」
ゆさゆさと親友の体を揺さぶる少女が言った。
「う〜…。まだ眠い〜…」
いーちゃん、と呼ばれた少女……暁銀杏は布団から出ようともしない。
「一日ぐらい休んだって大した事ないよ、蜜柑…。だから今日は…」
「駄目だって。学校休んだっていい事なんてないよ?」
蜜柑は銀杏の事を静かに諭した。
あまり聞こえていなかったかもしれないが銀杏は仕方なく体を起こした。
布団の上で目を擦っている。
「この時期の朝は辛いなぁ…」
「一年中言ってるよ、それ。よいしょ…」
蜜柑は素早く銀杏の制服を引っ張り出してくる。
蜜柑自信は既に着替えも完了している。
「早くしなくちゃ朝御飯に間に合わないよ?」
「もうカロリーメイトでいいよ…。お腹空いてないし…」
「駄目だよ。美容と健康に悪いよ?」
「既にだるだるよ…」
蜜柑は困った顔をする。
その間銀杏は顔を洗い、歯磨きに取りかかっている。
一応行く気にはなっているようだ。
「毎晩毎晩朝の3時までインターネットだのテレビだのを見てるだもの。さすがに体に悪いに決まっているよ、もー……。」
「全寮制で高校生ならこんくらい普通よ。蜜柑ももうちょっと羽目外しなさいよ。」
「二人して羽目外したら駄目じゃない。」
蜜柑は顔を覗き込むようにして言った。「っ!」
さっと銀杏は身を翻した。
顔立ちの幼い蜜柑を見ていると複雑な思いが湧くからだ。
「ほらほら。早く早く。」
「そんなに急かさないでよ…」
銀杏は蜜柑に背を向けながら言った。
「で、相変わらず朝御飯に遅刻、と。」
銀杏の反対側に座っている銀短髪の少年が言った。
「そろそろペナルティを考えた方がいいのか?このままじゃ、お前遅刻多数で呼び出し喰らうぞ。………俺達に。」
「好きで寝過ごしてる訳じゃない。」
銀杏は言い返した。
すると、隣に座っている蜜柑が口を開く。
「だったら、もう深夜に寝るのは止めようね?」
それを聞いた別の少年が言う。
「一日三時間睡眠はお前には無理だな。俺ぐらいにならないとな。」
「ならないわよ…」
ちっ、という顔で銀杏が首を振る。
「ふ〜む、残念だ。」
「朝からギャーギャー五月蝿いな、蜻蛉は。」
テーブルに座っている一行に向かって語りかけた少女はたった今食堂に入ってきたばかりだった。
ちなみに蜻蛉というのは先程からテンションの高い赤髪の少年の名である。
「ちぇ〜。もう久遠が来ちまったのか。」
久遠と呼ばれた少女は微かに笑いながら最初の銀髪少年に話しかけた。
「礎。物理の宿題で一つ解らなかったんだが、お前はどうだった?」
「多分解けてないな。物理はイマイチ良く解らなくてよ…。」「物理?何が解らないんだ?」
蜻蛉がやや長めの髪を掻きむしりながら歩いてくる。
男の癖に肩より下まで髪を伸ばし、しかも中性的な顔立ちなため、街を歩いてるとたまにナンパされてるとか…。
「蜻蛉。あんた解る?」
久遠が言った。
「ちょっとま………たなくていいな、これは。うん、解けた。」
『早っ!』
全員が口を揃えた。
「なんだよ、そのシンクロ率…。これはだな…」
久遠と礎に解法を教え始める蜻蛉。
実は蜻蛉は稀に見る天才の部類だ。どんな教科も隈無くこなし、且つ運動神経もずば抜けている。努力して培ったのではないか、と疑問に思ったが暇な時はノートパソコンを開いて遊んでいる。とても勉強しているようには見えない。
「ほんっと、蜻蛉みたいに頭よくならないかなぁ?」
知らず知らずの内に口にしていた。
すると、蜜柑が相手をする。
「黒羽君みたいになるのは無理じゃないかなぁ…。いくらなんでも全教科を90点以上取るなんて出来ないよ…。」
愛想笑いしている。まあ、蜜柑も学年の中では常に一桁順位に入っている(無論、一位は蜻蛉)。
かといって銀杏や礎、久遠だって悪い成績は取っていない。
全員悪くても学年60位以内には入っている。「今日も皆さんお揃いね。」
また一人席に着いた。
「あっ、お姉ちゃん。」
蜜柑が声を上げた。
姉の名は朱雀。もっと可愛らしい名前が良かった、とか言っている。読書家でブログにオリジナルの短編小説を投稿してる。ペンネームは“檸檬”。……妹の名に微妙に対抗しているようだ。
「体は大丈夫?」
銀杏が朱雀に聞いた。
朱雀は生まれつき病弱なため、ほとんど走る事も出来ないのだ。
「今日は…大丈夫かな…?」
蒼白い顔でにっこりと微笑む。
そんなこんなで少し時間が経つ。
「そんじゃ、行くか。」
礎が突然腰を上げる。
「えっ?ちーちゃんは?」
ちーちゃん、とは今年入学したばかりの戸奈瀬千尋という少女のあだ名である。
いつもはメンバーの誰かと一緒に行動しているのだが今日はいない。
「また、寝坊か…」
「あたし以上にあの子の方が心配だわ…」
蜻蛉と銀杏がはぁ、と息を吐く。
「このままじゃ全員遅刻となる。可哀想だが先に行こう。」
礎がもう一度言うと、全員腰を上げた。
「おはよーなのですよ、皆さん。」
階段付近で白いリボンをした少女が声を上げた。
「ちーちゃん!?」
蜜柑が驚いた。
「そーですけど?蜜柑さん、どーかしたですか?」
千尋が首を捻りながら言う。「いや…。だって、私達さっきまで食堂でちーちゃんの事待ってたんだよ?いつの間に来たの?」
「まあ、大体想像は着くがな。」
久遠が呆れ顔で言った。
「え?いやぁ〜、千尋はいつもどーりに出てきたんですけどね〜…」
顔から冷や汗が流れてる。
「朝御飯は?」
蜻蛉が素っ気なく聞く。
「た、食べてき……」
ぐ〜
「………………」
「………………」
全員黙った。
「食べてないよな?」
再び蜻蛉が聞く。
「食べた気がしたんだけどな〜…」
「食べてないよな?」
「いやぁ〜、そんな事は…」
「食べてないよな?」
「や、だから…」
「食べてないよな?」
「……」
「食べてないよな?」
「まだ何も言ってないよ!」
「その辺にしといてやれ、蜻蛉。」
久遠が言った。
「ったく。ほら、カロリーメイト。」
「って言いながらあたしに手を出すな!」
バシッ、と銀杏が蜻蛉の手を叩いた。
だが、その後千尋に渡した。
「おい、お前ら。何してる。」
「ああ、彦一お兄さん。」
「うむ。ちゃんと先生と呼べ、黒羽。」
バシッ、っとノートで軽く頭を叩かれる。
「もうチャイムがなるぞ。早く行け。」
「へいへーい。」
蜻蛉の声と同時に全員各教室に向かった。「遅いですよ!どうしてあなた方はそういつもいつも時間ギリギリに来るんですか!」
朝からキンキン声を張り上げているのは学級委員長の九段光。
「まあまあ、ひかりん。いつもの事じゃん。だから、いつも通り許してやりなよ。」
と、銀杏達を庇っているのはクラスメイトの御霊湖子。
「悪いわね、御霊さん。」
銀杏がさりげなくお礼を言う。
「な〜に言ってんの。友達でしょ、私達。」
湖子がにかっ、と笑顔を見せた。
「こらー。静かにしろ、お前ら。出席取るぞー。」
彦一が教室へとやって来た。
そして、またいつも通りの一日が始まる。