5.魔物と変態ストーカー(後編)
すいません!
いろいろと忙しかったうえについつい忘れてしまい……
今日から再開します! すいませんでした……!
突然現れた男の人に、わたしも、ネルも、暫く呆然としていた。
男の人……エルノさんは、すぐさまその場に座り込んでいたわたしに駆け寄ってきた。
「ケガはないか、勇者よ!」
「え、えっと……はい大丈夫です」
呆然としていた頭を振り払い、わたしは何とか返事をする。
エルノさんは安心したように頷くと、すぐさま厳しい視線をネルに向けた。
私と同じように呆然としていたネルも、それに気付くと目つきが変わり、敵意のこもった目でエルノさんを睨む。
「なんだテメェは。俺様に何か用か?」
「貴様に用事などない。しかし……そうだな、敢えて言うならば俺の勇者を傷つけたことに関してだが」
「あぁ? 何の話だ」
「ふ、決まっているだろう」
そう言うと、エルノさんはネルを睨み返す。
「俺の勇者を傷つけた罪……償ってもらうぞ!」
「……っは、やってみろよ!」
エルノさんはそう叫ぶと、大剣を構えた。
ネルも、投げナイフを数本構える。
二人の間に流れる、緊迫した空気。
お互いに一歩も動かず、ただ眼前にいる相手の出方を窺っている。
流れる静寂。
風も、鳥のざわめきも……何も聞こえない。
「アイス・ファイア【スネーク】!」
そして、そこに響く声。
……ん? 声?
武器を構えていた二人の足元から、青白い炎が現れる。
「う、ぉ!?」
「おおお何だこのヘビのような炎はって熱っ! そして冷たい!」
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、ヘビ型の炎から逃げ回る二人。
それから目を逸らし、慌てて辺りを見回すといつの間にか現れたジェイちゃんが涼しい顔をして杖を構えていた。
ジェイちゃんは構えていた杖を下ろすと、わたしに向かって駆け寄ってくる。
「ご無事ですか、勇者様」
「わたしは大丈夫だけど……ジェイちゃんは大丈夫だった? あの大きなネコ達は……」
「ネコ? ……ああ、あのザコどもは適当に片付けておきました」
ざ、ザコって……全然弱そうに見えなかったんだけど……。
「それよりも勇者様、アレは何ですか? 新手? ならばすぐに始末をつけますが」
ジェイちゃんが杖で差した先には、さっきからヘビ型の炎に追い掛け回されているエルノさんの姿が……って大変だ!
「ジェイちゃん、あれ止めて! あの人味方だから! わたしを助けてくれた人だから!」
「了解しました。【スネーク】ストップ!」
ジェイちゃんが杖をヘビに向けると、ヘビは止まり、一瞬で消える。
わたしはそれを確認すると、すぐさまエルノさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか、エルノさん!」
「ああ、勇者……俺の名前を覚えておいてくれたのだな……まだ一回しか名乗っていないのにも関わらず……ふ、さすがだぜ……」
一体何がさすがなのかわからないけど、かなりの体力を消耗しているようだ。必死に逃げてたから。
「……っ一体、何だって、言うんだ、よ……っ!」
それは、向こうで座り込んでいるネルも同じことで。
「どうします勇者様。今すぐトドメを差しますか?」
「と、トドメって……いくらなんでもそれはやりすぎなんじゃ……」
さっきまで自分の命を狙っていた人に言うのもなんだけど、さすがにあんなに疲れきっている人に攻撃するのは忍びない。
「に、逃がしてあげよう? ね?」
「……わかりました。それが勇者様のご意思なら」
わたしの提案に、ジェイちゃんは少しだけ渋い顔をしたが、それを了承してくれた。
そして、座り込んでいるネルの方へと顔を向ける。
「そこの魔族」
「あ?」
「今日のところは見逃して差し上げます。だからさっさと行ってしまいなさい」
ネルは一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間には険しい顔つきになる。
「はぁ? どういうことだ」
「要するに、獣系の魔族のくせに体力の無いヘタレネコは帰れということです」
「ジェイちゃん、わたしそんな事一言も言ってないよ!?」
「申し訳ありません、少々私の本音も混じってしまいました」
「見逃すだと……ふざけんなよ、チクショーが!」
突然、ネルはそう叫ぶ。
フラリと立ち上がり、顔をあげ、鋭い金色の瞳でわたしを睨んだ。
「ハッ、そんなんで情けをかけたつもりか?」
「べ、別にわたしそんなんじゃ……」
「うるせぇ!」
ネルの手に、淡い光が宿り、足元に何かの紋様が現れる。
「来い!」
ネルの声に応え、紋様から大きなネコ……ビッグキャットが現れた。
「うわ、ちょ!?」
いきなり現れたモンスターに対し、狼狽するわたしにネルは笑いながら言い放つ。
「それじゃあ、オレはお優しい勇者サマのお言葉に甘えて帰るけどよぉ。こいつらはまだ暴れたりねぇみたいだから、お前らに任すわ。じゃーな!」
「待て!」
走り去るネルをジェイちゃんが追いかけようとするが、目の前をビッグキャットが塞ぎ、襲い掛かってくる。
「っく……勇者様、こいつらは図体はデカいですが力も魔力もたいしたことはありません。隙を見つけてそこさえ突けば、必ず勝てる相手です!」
ジェイちゃんの声を聞きながら、一匹のビッグキャットがわたしに向かってくる。
わたしは恐怖を抑えながら、持っていた【ローズ・テイル】を構える。
逃げちゃダメ、ジェイちゃんが言っていた通り隙を見つけなきゃ……。
でもわたしは攻撃を避けるのに精一杯で、とてもではないが隙を見つけるどころの話じゃなかった。
しかも攻撃してくるのは一匹だけじゃない。二匹、三匹とその数は増えていく。
ビッグキャットの数が増える度に、わたしは冷静さを失っていく。
「っ!」
足がもつれ、転げそうになる。
いくらモンスターだって、この隙を見逃すほどバカじゃない。
一匹のビッグキャットが、大きく振りかぶり、鋭い爪をわたし目掛けて振り下ろそうとした。
わたしは、思わず目を瞑る。
……でも、いくら待っても痛みは襲ってこなかった。
わたしは恐る恐ると、目を開いた。
目の前には、氷像と化したビッグ・キャットが三体。
そしてその背後には、杖を構えたジェイちゃんの姿。
「……え?」
事態が飲み込めないでいるわたしに向かって、ジェイちゃんは杖を下ろして頭を下げた。
「ありがとうございました、勇者様。勇者様が敵を惹き付けておいてくださったおかげで、素早く倒すことができました」
そう言ったジェイちゃんの表情には、かすかな笑みが浮かんでいて。
この時、私はようやく「自分が囮にされた」ということを理解したのだった。
***
「はぁ~……一体、どうなることかと思った……」
戦闘が終わったことで、まずわたしを襲ったのはとんでもない疲労感だった。
もはや囮にされたことなんて、どうでもいいことのように思えてくる。
「お疲れだったな勇者! ほら、ジュースをやろう」
「あ、ありがとうございま……って、ひゃあっ!?」
エルノさんから差し出された飲み物を受け取ろうとすると、氷の塊がコップを貫いた。
思わずそちらを見やると、険しい顔をしたジェイちゃんが杖を構えていた。
「じ、ジェイちゃん!? どうしたの?」
「……そこのあなた、一体何者です?」
思わずジェイちゃんに声をかけたが、わたしは無視され、ジェイちゃんはエルノさんへと杖を向けなおす。
今にも魔法を放ちそうなジェイちゃんに対し、エルノさんはうろたえもせず答えた。
「俺は勇者の運命の王子様、痛いっ!」
ジェイちゃんは表情も変えず、小さな氷のつぶてをエルノさんにぶつける。
「ふざけていないで真面目に答えなさい」
「だから、俺は真面目にイタッ! 勇者の運命のおぐっ!? おい、最後まで言わせなさぶほぉあっ!」
……うん、すっごく痛そうだ。あ、鼻血でてる。
「……わかりました」
ジェイちゃんは杖を下ろし、エルノさんを見る。それはさっきまでの険しいものではなく、少し冷ややかなものだったけど。
「おお、わかってくれたか!」
「ええ、あなたがただの変態だということが」
満面の笑み(しかし眼は冷ややかなままだ)で、ジェイちゃんはきっぱりと言い切った。
「ふむ……まぁ、わかってくれたのならいい」
いや、わかってませんよ!? 寧ろ悪化しましたから!
わたしは心の中でエルノさんにツッコミを入れる。
しかし、そのツッコミは届くことなく。
「いい仲間を持っているな、勇者よ!」
と、白い歯を見せながらエルノさんは爽やかに笑っていたのだった。
***
「……さて、俺はもう行く」
「え?」
何だか不思議な脱力感に襲われていたわたしに、エルノさんは言った。
「行くって……どこに?」
「それは秘密だ!」
エルノさんは大剣を背負い、木陰に隠していた荷物を手に取る。
「では、また会おう勇者よ!」
エルノさんはそう言うと、森の奥へと走っていってしまった。
「……何だったんだろうね、エルノさん」
「ただの変態でしょう」
「あ、はは……」
……でも、強かったなぁ。
「……仲間になってほしかったかも」
「何か言いました?」
「あ、ううん! 何でもないよ!」
「そうですか。それでは早く森を抜けてしまいましょう。行きますよ、勇者様」
「あ、待ってよジェイちゃん!」
先へと進むジェイちゃんを追いかけ、私は走る。
この森を抜けるまで、あと少し。
キャラ紹介
エルノ・ユヴォネン
十代後半~二十代前半くらい。城下町でリエを見かけ一目惚れ、直後にストーカーと化した。
大剣の扱いに長けていて、変態の癖にやたらと強い。
黒い髪と赤い目を持つ、爽やか系イケメン。しかし中身は変態なもったいない人。
ネル
年齢不詳(見た目は十代後半)。今回リエ達を狙った魔族の青年。
獣系のモンスターを操ることに長け、自身も投げナイフなどの攻撃が得意。
赤い髪と金色の目を持ち、明らかに人間とは違う黒いネコ耳を持つ。
狡賢く、弱い者イジメが好き。今回はリエを倒そうと企むが突然現れた一人の変態により撃退された。