14.告白
まぶしい光が収まると王宮魔術塔の屋上のハーブガーデンに立っていた。
ジェラール様の大きな手のひらで両頬を捕らわれ、上を向くように誘導される。こつん、と額を合わせて見つめられれば心臓が大きく脈打つ。
「──エリオットは悪い子だな」
「っ、……ごめんなさい!!」
告げられた言葉に心臓が跳ねる。
あれほど二人に気をつけるように言われていたのに、自ら騎士団に赴くなんて呆れられても仕方ない。ジェラール様に嫌われたらどうしようと思うだけで涙がせり上がってくる。泣きたいわけじゃないのに。
「ごめんなさい、ジェラール様……ドラゴンハーブの本が騎士団の資料庫だと聞いて、すぐ戻れば大丈夫かなと思ったんです……」
「はあ」
「本当にごめんなさい……っ」
「まったく──」
「っ、……!?」
鼻をかぷりと齧られて思いっきり目を見開いた。驚きすぎると声も出ない。僕のびっくりしすぎた顔を見たジェラール様がフッと笑いながら鼻を齧るのをやめた。驚きと色気とジェラール様の吐息で、僕の心臓が跳ねすぎておかしくなりそう。
「違う。本についてじゃない……まあ騎士団に来たことは褒められたことではないが、イヤリングに護りの魔術を埋め込んだと言っただろう? 危機を察知すれば俺がすぐにエリオットのところへ転移する術式だ」
「え、ええ? あ、あの、討伐は大丈夫なんですか……?」
「ああ。討伐は完了して帰路だったから問題ない──エリオットの危機より大事なことなんてないからな」
真面目な顔で伝えられて、身体中を熱がぶわりと駆けめぐっていく。
「……う、嬉しいです。……あれ? じゃあ、どうして怒ってるんですか……?」
本のことではないならジェラール様に悪い子と言われた理由が分からない。僕はこてりと首を横に傾げた。
「まったく。討伐前に、まだ言ってはいけない言葉を教えなかったか?」
「……あっ!」
討伐前に好きだと告げるのを止められたことを思い出す。
「俺への告白を俺じゃない奴に言うなんて駄目だろう?」
「あああ……っ! あの、ぼ、僕、夢中だったから……その、ごめんなさい……」
ジェラール様をおずおずと窺えば、優しく抱き寄せられる。
「約束通りドラゴンの逆鱗を手に入れた──エリオット。俺に気持ちを聞かせてくれるか?」
「──は、はい……っ!」
あたたかな腕の中で僕は上擦った声を上げた。改めて告白を促されると思うと、口から心臓が飛び出してきそうなくらい胸がドキドキする。でも、ジェラール様を見つめれば、どこまでも優しくて甘い瞳に見つめられていて──。
「ぼ、僕、ジェラール様が好きです……」
好きという言葉を伝えれば、ジェラール様の腕に力が篭った。
「エリオット、結婚しよう──愛してる」
「……はい。僕もジェラール様と一緒にいたいです」
ジェラール様に耳元で甘く囁かれる。ハーブガーデンから立ち上る爽やかな香りの中で、僕もジェラール様を抱きしめ返した──。
◇◇◇
ジェラール様はプロポーズ後、最も速いドラゴンバードの伝言鳥を飛ばして婚姻届を受理させた。陛下とハワード伯爵家に根回し済みだったと聞いたのは甘すぎる初夜のあとだった。
男の僕が聖女。更に僕がジェラール様と結婚したことは、人々に驚きを与えたが、吟遊詩人や有名劇場の演目により──すべてを乗り越えた真実の愛と好意的に受け入れられているという。
僕の聖属性魔法は、ジェラール様によって研究され治癒と祝福だけではなく結界の力も持つことが判明。僕の生み出した結界とジェラール様の魔術を融合させた国全土を覆う新しい結界により、多くの人が安全に暮らせるようになった。治癒と祝福の聖属性魔法も国の医療水準の向上に大きく貢献している。
それから──アンナとスティーブのしたことは社交界どころか国中に知れ渡り、二人は騎士団を辞めてノルマン子爵家に戻った。ただ、ノルマン子爵家もバイガル侯爵家も聖女を蔑ろにしたということで肩身の狭い思いをしていると兄上から聞いた。
「わあ……っ! ジェラール様、ドラゴンブレイズの花がたくさん咲きましたよ! 見てください!」
燃え立つような赤いドラゴンブレイズの花が一斉に咲いたのを見て、思わず大きな声を上げてしまう。僕はジェラール様に採取してきてもらったドラゴンハーブを温室で栽培してきた。中には枯れてしまったハーブもあったけど、ドラゴンブレイズは挿し木で増やすことに成功。
僕が内緒で刺していた二枚のハンカチを並べたら一枚の絵になる刺繍は、すぐにジェラール様に見つかって僕たちの寝室に飾られている。
「ジェラール様、ハーブティーにしましょう!」
ようやくハーブティーにできる量のドラゴンブレイズを栽培できた。甘美で虜になる味を早く味わいたくてジェラール様を見上げる。
「──駄目だ」
「えっ……?」
眉間に皺を寄せるジェラール様に驚いて、僕は思わず身体を縮こませた。
「ドラゴンブレイズのハーブティーが胎児にどう影響するか調べてないからな──リオだけの身体じゃないから今は駄目だ」
「あっ……! すみません。つい、はしゃいでしまって……」
ジェラール様が僕のほんのり大きくなってきたお腹を撫でる。
「いや、はしゃぐリオも可愛いから構わない」
「~~もう。ジェラール様はすぐそうやって揶揄う……!」
「はあ、まったく。夫のことを信じられない悪いリオにはお仕置きが必要かな?」
「~~~~~~っ!」
結婚してからのジェラール様はとんでもなく甘くて、愛称のリオと呼ぶ声は砂糖を煮詰めたみたい。甘すぎるお仕置きの内容が浮かんだ僕の顔は真っ赤に染まる。
「──リオ」
ジェラール様のすらりと長い指が僕の顎を掬う。僕は、この愛おしそうに見つめる紫の瞳からいつも目が離せなくなってしまう。
「リオ、愛してる」
「……ぼ、僕もです」
満足そうに頷いたジェラール様から甘いキスを贈られた──。
おしまい