13.決別
「エリオット、大丈夫か?」
「……え? ど、どうして……?」
光が収まるとジェラール様がいたのだから驚くしかない。
「転移魔術だ」
端的に告げられた言葉に更に驚いた。転移魔術がとても難しく、失敗すると身体の一部が千切れると聞いたことがある。思わず視線をジェラール様の身体に向けた。
「俺が失敗するわけないだろう」
「っ、あ……ごめんなさい。でも、ジェラール様が痛い思いするのは嫌なんです……っ」
「まったく──まあ、俺もエリオットに心配されるのは嬉しいから似たようなものかもしれないな」
柔らかく微笑まれ、ジェラール様の伸びてきた腕が僕をあっさりベンチから立たせてくれる。そのまま引き寄せられて広い胸にぽすりとおさまった。ローブの感触とジェラール様の匂いに包まれ、僕は安堵の息をこぼす。
ジェラール様を窺うと、視線がアンナとスティーブを射貫くように向けられていた。
「ノルマン子爵家のご令嬢とバイガル侯爵家の三男……ああ、今はノルマン子爵家の入婿だな──君たちに会ったらお礼を言おうと思ってたんだ」
「「えっ……?」」
美しく微笑むジェラール様に告げられて、二人は驚いたように声を上げる。
「エリオットと婚約解消してくれて感謝する。自分たちの輝かしい未来を犠牲にしても手に入れた真実の愛に感服するしかないな──ああ。エリオットの心配は今後、一切不要だ。俺が責任を持って一生隣にいるから、二度と俺とエリオットに関わらないでくれ」
アンナとスティーブが毒気を抜かれた顔でジェラール様を見つめ返す。
「ああ、そうだ。君たちに感謝を込めて、ひとついいことを教えてあげようか?」
彫刻のような笑みを浮かべたままのジェラール様は、二人の答えを待つことなく話を続ける。
「エリオットには聖女と同じ聖なる力を持っていることがわかったんだ。先程、お前たちが言っていたように魔力はないが、貴重な聖力持ちだ。ハーブティーや刺繍を通して治癒や祝福の加護を授けることができる──あれほど自分たちの才能が引き上げられていたのに、気づかなかったなんて不思議を通り越して滑稽なくらいだが」
「「…………へ?」」
「最近調子が悪いと言ってるようだが、心配する必要はない。調子が悪いのではなく、それが本来の実力だ。今までが異常だっただけだ──ただ、君たちの本来の実力で騎士団にいられるほど甘くないだろうな」
「「…………は?」」
「アンナ・ノルマン、スティーブ・ノルマン。君たちは本当に惜しいことをしたな──いや、君たちの真実の愛をジェラール・フォン・リーフォードとして祝福するよ」
ジェラール様は言い終わると、僕の肩を抱いて二人から離れようと踵を返す。後ろから悲鳴なような声が上がった。
「ちょっと待って──エリオットとはすれ違いがあったと思うわ……っ! 幼馴染で、ずっと一緒にいたもの? ねえ、エリオット?」
「エリオット! ま、待ってくれ! オレとお前は親友だろう? い、いや、それ以上の関係だってお前が望むなら──」
アンナとスティーブの言葉に僕の足が止まる。ジェラール様からの心配を浮かべたまなざしに大丈夫だと小さく頷いてから二人の前に立つ。
「アンナもスティーブも僕は大切に思っていたよ」
「「それなら──!」」
「でも、ごめんなさい。もう僕の心はジェラール様に向いています──どうぞお二人で幸せに」
ずっと嫌だった。婚約解消してからも二人に振り回される僕の心が嫌だった。ジェラール様に想いを寄せてからも、過去を思い出すたびに、心が黒く塗りつぶされる自分が情けなくて。
だから、僕は僕の言葉で二人にさよならを告げたかった。もうこれで、今日で過去を終わりにして未来を向いていきたい。
「なっ、なんでだよ! だってお前はオレのことが好きなんだろう──?」
「えっ?」
スティーブの腕が伸びてきて捕まれそうになった途端、閃光が弾けた。
「汚い手でエリオットに触れるな」
目の前でスティーブが腕を押さえて苦悶の表情を浮かべている。ジェラール様の怒気のこもった声が響き、僕は腕の中にすっぽり収まった。
「二度と俺とエリオットと関わるなと伝えたはずだが」
「ひっ……だ、だが、エリオットはまだ婚約はしていないんだろう? 誰を選ぶかを決めるのは、エリオットだろう!?」
その言葉を聞いてジェラール様は鼻で笑う。僕は思わずため息をつきながら、まっすぐスティーブを見つめた。
「学園時代、スティーブのことを友達だと思っていました。だけど、恋愛感情として好きと思ったことは一度もないです──僕がジェラール様を好きなのは男性だからじゃなくて、ジェラール様だからです……っ!」
がっくりと項垂れるスティーブと呆然とするアンナを見てからジェラール様を見上げる。もう僕がここにいる理由はなにもない。
「もういいのか?」
「……はい。言いたいこと言えたので、これで二人のことは過去にできたと思います」
「そうか。では行こう──転移」
ジェラール様が転移魔術を唱えると、キラキラした光に包まれる。初めての転移魔術に驚くけれど、柔らかに見つめられる紫色の瞳を見ていたら不思議と怖いとは思わなかった──。