異世界の戦場
「真田護様ですね。これより、あなたの指揮下に入ります。ザルノール王国第六騎士団、団長のジョバンニと申します」
「おう。よろしく」
期日により、護達は魔王領に近い位置で王国より派遣された騎士団と合流する。
その騎士団長は、黒髪で短髪であり、日本人にとっても親しみが持ちやすい見た目をしていた。
しかし、受け答えから生真面目な性格が伝わってきており、気楽な性格をしている護とは互いに馬が合わないと、二人共本能的に理解していた。
「さて、国王陛下の作戦を説明致します。まず……」
「あぁ、良いよ。面倒臭い。軍の指揮とかしたこと無いし、その辺は任せるわ。俺等はついてくだけだからさ」
「しかし……」
ジョバンニが国王から授かった作戦は、護のスキルあっての物だった。
つまり、護には作戦をしっかりと理解してもらい、状況によって臨機応変に動いてもらう必要があったのだ。
それなのに、護には協調性が無い。
この先苦労することになるな、とジョバンニは内心頭を抱えた。
「……ったく、敵の主力じゃないんだろ? そんなの俺が前に出るだけ無意味だろ。もっと雑魚いスキルの奴が適任じゃね?」「……ですが……作戦を……」
「……団長、勇者様もこう言っておられますし、良いのでは?」
副長のタインの言葉で、ジョバンニは押し黙る。
そして、若干覚え始めていた苛立ちを抑え、笑顔で向き直る。
「……そうだな。仕方無い。では勇者様。せめて先頭で兵達に顔を見せてやっては下さいませんか? 皆、勇者様のお顔を一度は見てみたいと言っておりましたので」
無論、その言葉は嘘である。
第六騎士団はスキル持ちがいない騎士団。
これまで長い間馬鹿にされてきた者たちの集まりである。
そんな者達がスキル至上主義の権化とも言える勇者の顔をみたいはずが無かった。
しかし頼りになり、安心感を与える事は間違いないのでその言葉を素直に聞き、護は頷く。
「お、そういうことなら喜んで。よし、皆行こうぜ」
護達は、仲間達と共に行軍する軍の先頭へと向かう。
護達一行が見えなくなったのを確認して、副長のタインに話しかける。
「……本来ならば軍の中段で全体を把握してもらいつつ、必要に応じてスキルを使ってもらいたかったが……第二案は承諾してもらえて助かった。事前の情報通り、目立ちたがりなようだな。まぁ、それもそれで困るのだが」
「そうですね……人気かどうかはともかく、スキルに守られているという安心感で、最も先に敵にぶつかるであろう先頭の部隊の士気も上がるでしょう。それに、いくらあの男でも、敵と接触したらある程度は対応してくれるかと」
ジョバンニは副官であるタインの言葉に頷く。
タインは長年ジョバンニに仕えてきた将で、副長として支えてきた。
ジョバンニの優れた指揮能力も側で見ていたので、自然と戦況を見渡す力がついたのだ。
「……我が騎士団にはスキル持ちが居ない……それ故、被害を減らす為にもスキル持ちに頼るしか無いのだ……武運を祈るしかあるまい……しかし、あの方の言う通りになるとはな……」
「ふぁ〜あ」
軍の先頭を進む護は大きなあくびをする。
既に日は落ちていたが、それでも休むこと無く軍を進めていた。
現代人の護からすれば、辛いものだろう。
「めっちゃ眠いんだけど……もう休まね?」
「そうだよね……夜更かしはお肌にも悪いし、そろそろ休憩しよ!」
「よし! 皆、今日はもう終わりだ! 休むぞ!」
護の言葉にゴルドーとソフィアも賛同し、ゴルドーが勝手に軍の足を止める。
ゴルドーもゴルドーで、長い冒険者生活での経験から夜間は危険で、冒険者は夜間に休息を取る事から護の意見に賛成した。
ソフィアは新米であり、体力のなさもあって二人の意見に賛同するのであった。
「お、おい、良いのか?」
「勇者様が言ってるんだ。間違い無いだろ」
「そ、そうだな……夜営の準備を始めるか……」
軍の先頭集団がバラバラに夜営の準備を始める。
それを見た後続も、戸惑いつつもぼちぼちと準備を進めていく。
軍の指揮者であるジョバンニよりも、勇者の方が地位が高いのである。
「よーし、火を焚いてくれ。歩き続けて腹減った。飯にしようぜ! あー、久々にカップ麺とか食いたいな……」
「そうだな。腹が減っては戦はできぬと言うしな。お前が言っていたカップ麺とやらがあれば、簡単に食事も済むのだがな」
「そうなんだよな……まぁ良いや! おーい! 皆も飯にしようぜ!」
護達も歩みを止め、火を焚き、皆に先導して飯の準備をする。
その言葉につられ、兵達も独自に飯の準備をする。
前方が止まり、異変を察知したジョバンニは、自らの不安が的中したことを悟り、すぐさま馬を飛ばし、自ら先頭集団へ現れた。
「お前達! 何故勝手に足を止めている!? 今夜の内に目標地点まで進まなければならないと、伝えた筈だろう! 夜営の準備に飯の支度まで……ふざけているのか!?」
「これはこれはジョバンニ様。いえ、勇者様方が疲れては戦はできんと、野営をするようにお命じになられたのです。我ら兵の事を考えて下さり、感謝の限りです」
その兵の言葉にジョバンニは怒りをあらわにする。
しかしその兵は新顔であり、今日が初陣であった。
その兵が悪いという訳では無いと言うことは理解していたが、今すぐに進軍を再開させる為に剣を抜き、その兵へ切っ先を向ける。
「今すぐに進軍を再開しろ! いや、その前に火を消せ! すぐにだ!」
「め、飯もまだですよ? 勇者様が……」
「貴様! こんな夜闇の中で不必要に明かりを灯せばどうなるか分からんのか!? 兵糧も限られているというのに無駄飯を食らうつもりか!?」
兵のふざけた態度にジョバンニは怒りを隠さない。
その騒ぎは、段々と広がっていく。
すると、そこに騒ぎを聞きつけた護が現れる。
「おいおいジョバンニさん。少し位大目に見てやれよ。腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」
「馬鹿者! ここは既に敵地だ! 両側は山に囲まれ、木が生い茂っていて軍は細く伸びている! まだ敵地に深く入り込んでいないとは言え、敵が潜んでいないとも……っ!?」
そう叫ぶジョバンニのすぐ横に矢が突き刺さる。
ジョバンニは、危惧していた通りにすぐに敵襲だと判断する。
そこからの指示は早かった。
「っ! 敵襲! 敵襲だ! 総員陣を立て直せ! 盾を掲げろ!」
ジョバンニがそう叫んだ次の瞬間、両側の山に灯りが灯る。
その無数の灯りは魔王軍が大軍であるということを示しており、兵の士気を下げるには充分だった。
そして、程なくしてそれらの明かりが霞むほどの矢が放たれる。
その圧倒的なまでの矢の雨に、ジョバンニは死を覚悟する。
「くっ……」
「はぁ……『シールド』」
しかし、それらの矢が降り注ぐ事はなかった。
全ての矢は光り輝く壁によって宙に停止している。
ため息をつきながら護がため息をつきながら右手を掲げていた。
「全く……こんな卑怯な手を使うのか、魔王軍は。はいはい、皆さん、盾を上に構えて下さいよ。スキル解除するぞ」
その護の言葉に兵達は慌てて盾を空に掲げる。
スキルによって守られた事により、兵達は士気を立て直していた。
その様子を見て、護は合図を出す。
「消すぞ。三、二、一……はい!」
護が合図をすると、スキルが解除されて宙に停止していた矢が落ちてくる。
しかし勢いを失った矢は盾にも刺さらず、損害を一つも与える事は出来なかった。
過程はどうあれ、自分の兵を守ってくれた鎮に対してジョバンニは礼を言う。
「……感謝致します。勇者様」
「おう。でも、さっき俺に馬鹿者って言ったよな……俺は結構根に持つタイプだぜ?」
護の言葉には冗談が混ざっていなかった。
この世界において、勇者の立場は強い。
ジョバンニは、素直に頭を下げた。
「……申し訳ありません。以後、気を付けます」
「ま、分かればいいさ」
すると、両側の山にあった灯りが消え、木々が揺らぎ、一斉に動き始める。
その様子を見て、ジョバンニは次の指示を下す。
「……退いたか。追撃しましょう」
「おう。雑魚を蹴散らしに行くとしますか」
士気が戻ったとはいえ、軍は細く伸びており、後方の部隊は未だ混乱が残る。
今すぐ動けるのは前方の部隊だけであった。
ジョバンニらはすぐさま動けるものを集め、追撃を始める。
これが陽動の可能性もあったが、ジョバンニは動いた。
勇者のスキルを使えば勝てると見込んでいたからである。
(気に入らん……戦をした事も無い奴がスキルによって調子に乗っている……あの最初の一本の矢は確実に俺、もしくは勇者を狙っていた……あれで殺されていれば……負けていた)
ジョバンニは心の内は穏やかでは無かった。
あの矢の雨も含め、策に嵌っている気がしてならなかった。
しかし、最大限勇者を利用し、必ずや勝とうと心に決めるのであった。
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