魔法の助け
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふむふむ、ごっこ遊びは子供の想像力や社会性をはぐくむのに役立つ……か。
あ、つぶらやくん、来てたんだね。また調べものかい?
これ? 育児用の心得本みたいな?
知っての通り、最近、弟が生まれちゃったからねえ。しばらくは、家戻るとまず顔を合わせることになるだろうし、ちょっとでも将来の育児の力になるかと思ってね。
こと、先に生きて、この世のルールをいくらか知っている僕たちが、その決まりを平然と破る赤ちゃんや幼児たちに対すれば、複雑な感情を抱くのも無理ないだろう。
かといって、防御力がほぼ皆無な赤ん坊に力を振るえば、ケンカなどではない、一方的な惨劇だ。
知識を得つつ、ちょっとでもでかい器を持とうとする。常日頃それを続けていくのが、オトナへの道なのだろうかね。
しかし、こうもルールにとらわれないでいられるのは、無知である子供の間だけ。
ゆえに僕たちの常識におさまらない、不可思議な要素を自分の友達にすることができるのかもしれないな。
父さんから以前に聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?
父さんが若かった頃も、幼い子たちによる「ごっこ遊び」は健在だった。
代表的なものは、チャンバラごっこ。
棒や木の枝など、リーチのあるものを刀に見立てた斬りあい。サムライを知った身であれば、一度はやってみたくなるものだ。
この手の近接戦の魅力は、自分の積み重ねがダイレクトに反映されるのも大きい。
身体さばき、反射神経、それらを踏まえた技――だいたい真似っこや我流だけど――の応酬は、時間を経るほどクオリティに差が出てくる。
結果にいいわけがきかないから、うまくいったときの喜びはひとしお。自分が認められた気がして、心地よいわけだ。
父さんも日ごろから愛用の木の枝を持ち歩き、振り回せないときでも、ゆとりがあるときはイメージトレーニングに時間を費やしていたのだとか。
けれど、そのサムライ一強の空気をとうとつに乱すものが現れた。
魔法使いだ。
いつも集う友達のひとりが、その日は刀にするにはあまりに短い枝を手に持つや、「今日より魔法使いをやる!」とのたまったらしかった。
いや、そんなばかなと思いつつも、修行を積めば気功波のたぐいが実際に放てるんじゃないかな~と、ひとかけらの希望を胸に抱いていた父親たち。
それを前に、こうして堂々と宣言してみせたんだ。
たとえ悲惨な結果に終わろうとも、笑わないでやろう……と、無言の男の絆を目線で確かめ合った後、その子は枝を持った手を、弓引くように大きく後ろへ持っていく。
しばしの溜めから、ふっと友達が前方へ一気に突き出した直後。
数メートル先の地面から、にわかに土ぼこりの柱が立った。
ほんの30センチほどの噴き出しだったが、居合わせた全員が目の当たりにするには十分な異変。おもわず、驚きの声をあげてしまった。
自分も同じことをしてみたいと、その場で教えを乞う者も何人かいたけど、彼自身は明らかに「魔法」を打つ前と後では疲れ具合が違う。
――これ、マジものなんじゃないか?
父親の直感がそう告げていて、自分もまた教えを乞う側に回ったとか。
魔法使いは誰でもなれる。でも、なれるまで行くやつはそうそういない。
友達はみんなに、つねづねそう話していたそうだ。
サムライが身体能力の向上のために、日々の鍛錬を行うのだとしたら、魔法使いはむしろその逆。
ひたすら節制をすることによって、魔力を高めないとダメとのことだった。
こまごまとした控えめの要素はあったが、特に水以外を摂取してはならない、断食を敢行しなくてはならない、というのがめちゃくちゃきつかったと父親は語る。
育ち盛りの身体+お残しは許しませんな家庭環境のダブルパンチが迫るなら、本人の意思を越えて、無理やりお腹へものを突っこみ、あるいは突っ込まれても仕方ない。
身体の本能やおうちの決まりごとの猛攻の前に、次々と魔法使いになる約束を破らざるを得なくなる仲間たち。
それでも、ごまかしをしようとする者は「ふるい」にかけられる。
魔法使いテストだ。
あの日、あのときにやって見せたのと同じポーズと魔法の発射を、候補者たちはやらされる。
もし、きちんと言いつけを守っていたならば、多かれ少なかれ、地面にひびが入るんだ。杖を突き出した直後にね。
それが、うんともすんとも言わない人は脱落。金輪際、魔法にかかわれないだろうとの宣告もつくから、緊張が半端じゃない。
父親は律義に、教えを守った数少ないメンツのひとりだった。
というのも、この魔法使いになってみる宣言を家で話したところ、驚くほどすんなり理解を得られたからだ。
「どうせ、やれる機会は限られているんだ。やれないのはもったいなかろう」
強くおしたのは祖父だったという。
本当に身の危険を感じたら、遠慮なく飯を食えという忠告付きで、父はこの5日間ほどを水のみでお腹をふくらませていった。
それを証明するように、父の握った枝の杖は魔法を放つたび、地面にひびを入れていったんだよ。
そうして、教えを乞うてから7日が過ぎた。
すでに条件を満たすのは父ひとりだけとなっていた、その休日に、くだんの友達から呼び出されたのだとか。
場所はあの日、土柱を目の当たりにした公園。
「正直、きっちり守れる人が現れるとは思わなかった」と前置いて、友達は父へ助力を願ってきた。
何度もひび割れ、土柱を出したあの地面めがけて、自分と一緒に魔法を打ち出してほしい、と。
父自身も「ふるい」のたびに消耗は感じたものの、友達ほどが見せたほどの疲れは覚えたことがない。
本当にいいのか? と確かめるも、友達は愚問といわんばかりの表情でうなずいたとか。
いち、にの、さんで呼吸を合わせる。
大きく振りかぶった2人の杖の先が、数メートル先の地面へ向いた時、そこが確かに大穴を開けたんだ。
土ぼこりの柱がたつ。以前に見た時の倍以上の勢いで噴出するそれは、思わず身を引きかけるのに十分な勢いだったが、別の音が父の耳に届く。
それは脱いだ服が地面へ落ちる音。
隣を見ると、友達が衣服と杖代わりの枝だけを残して、いなくなってしまっていたんだ。
ぐらりと揺れる地面。足をとられて尻もちを着く父。
その前で、穴の開いた地面からぬっと顔を出したのは、人を丸のみできそうなサイズのうわばみだったとか。
さっと頭をもたげ、父を見やったうわばみは、舌をちろっと出すと、反転。
数メートルはある巨体をうねらせ、たちまち公園の外へ出ていってしまったんだ。
「魔法で友達がヘビになっちゃった」
父は最初、そう思ったものの祖父は首を横に振った。
いいや、おそらくは友達は本来の姿へ戻れたのだろう、と。自分の力だけではそれがかなわないから、助けてくれる力を求めたのだろうと、と。
友達が急にいなくなって、いつも遊ぶ面々は騒いだものの、大人たちはさほど問題にしなかったらしい。
それはまるで、自分たちこそが魔法に惑わされているかのような奇妙な時間だったとか。