花火 二
夕陽が沈みかけた頃、二人は花火大会会場に着いた。会場では既に沢山の観客が集まっており、並び続く屋台の通り道が人で埋め尽くされていた。
「これ、全部人ですか?」
「はぐれたらいけないから、手を繋いでいきましょ」
「僕は子供じゃない。気遣いは不要だ」
そう言って、冬美は人混みの中へと入っていった。しかし、行き交う人の量があまりにも多く、更に冬美の身長が低い事もあって、揉みに揉まれて元の場所に押し戻されてしまう。
「ハァハァ……! 人が、多過ぎる!!」
「だから言ったでしょ。ほら、冬美君」
麗香は冬美と手を繋ぎ、人混みの中を行き交う人々の瞳を見つめた。すると、麗香の瞳を見た人々が丁度二人が通れるくらいの道を作り出した。人の数が多い為、作られた通り道が徐々に狭まっていく。塞がるのも時間の問題であった。二人は、人々が作ってくれた道が塞がる前に向こう側へと辿り着いた。
花火の観覧場に着くと、屋台に人が集中している事もあって、まだ席は空いていた。二人は適当な席に座ると、棒付きの飴を咥えて花火が始まるのを待った。
「あとどれくらいで始まるの?」
「一時間くらいかな? まだ夕陽も完全には沈んでいないし」
「あーあ。本当は屋台を見て回りたかったけど、あの人の数だとな。でも、良い物も見れた。さっきやってくれた人を操る術だよ。まさか、あんたにそんな特異な能力があるなんてさ」
「そんなに良い物じゃないよ。人を自分の思うままに動かすのって、つまらないじゃん。それに、前に比べて制御が出来る分、制限も掛かっちゃったし。あんな風に動かす事くらいしか出来ないよ」
「僕に掛ける事も出来るの?」
「それが、何度やっても無理なんだよね。逆に私の体が操られてしまって。こんな風に!」
麗香は冬美の肩を掴んで抱き寄せた。大勢の人がいる中で密着する二人の姿に、周囲から微笑ましい仲の良い姉弟として笑われてしまう。恥ずかしさで冬美のプライドはボロボロになり、目から涙が零れ落ちそうになる。
「や、やめろ! こんな場所で抱き着くな!」
「いいじゃん! みんな私達を微笑ましい姉と弟としか見ていないんだしさ! 恥ずかしがる事なんてないよ!」
拘束から抜け出した冬美は席から立ち上がり、麗香を睨んだ。せき止めていた涙は流れ、赤くなった目には確かな怒りを帯びていた。その冬美の表情を見て、麗香は冷静さを取り戻すが、手遅れであった。
「あんたなんか、嫌いだ……!」
それだけを言い残し、冬美は走り去った。
「…………え」
拒絶。それは麗香が恐れていた事。消失。それは麗香が不安視していた事。その二つが同時に起こり、麗香の思考は数秒止まってしまう。その数秒の間に、冬美は目視出来ない場所へと離れてしまった。
正気を取り戻した麗香は、慌てて周囲を見渡した。しかし、何処にも冬美の姿は無い。活気溢れる会場内では、冬美の息遣いが掻き消されてしまう。久方振りの恐怖が、麗香を襲う。
恐怖に震える麗香。そこへ、サングラスを着けたアロハシャツの男が声を掛けてきた。
「あるれぇ~? お姉さん一人~? もし良かったらっていうか何ていうか、俺と一緒に花火見な~い? ねぇねぇ。俺っちの事無視して―――」
麗香は男のサングラスを取って握り潰すと、頬を鷲掴みにして顔を目と鼻の先に引き寄せる。恐怖と怒りで麗香の瞳は蠢き、瞳の力が全盛期に戻っていた。
「身長は百五十二。上下黒の服。性別は男。捜しなさい」
「……はい」
感情がこもっていない返事を返すと、男は走り出した。様子のおかしい男は周囲の人々の目を惹き、その瞳を見た者も男と同様の状態になった。一分も経たぬ間に伝染していき、会場にいる全員が冬美を捜しまわるようになった。
人々が冬美を捜している間に、麗香は自らの愚行の反省と、冬美への謝罪の言葉を考えていた。麗香が自らの行いを悔いていると、頬に冷えたラムネを押し当てられた。
顔を上げると、いつの間にかキツネのお面を着けた冬美が目の前に立っていた。
「……冬美」
「反省しましたか? まったく、あんたのスキンシップには困ったもんですよ。それはともかく、なんか会場にいる人達の様子がおかしかっただけど。何かを必死で探すような感じでさ。宝探しか何かか?」
冬美は着けていたお面を頭の上に上げて、視界を良好にして周囲を観察した。見渡していく中で、一人の子供と目が合ってしまう。子供がゆっくりと冬美の方へ指を差すと、全員が一斉に冬美の方へと体を向けた。
「え? 僕?」
百人を超える人々から視線と指先が自分に向けられ、冬美は反射的に自分の顔に指を差してしまう。それが合図かのように、人々は一斉に走り出す。徒党を組んで迫ってくる迫力に危機感を覚えた冬美は、麗香の手を引いて逃げ出した。
「ちょ、ちょっと! なんで僕達を追ってくるんですか!? ちゃんとお金は払いましたよ!? あ、分かった! あんたが何かしましたね!?」
「……私が、冬美君を捜してってお願いしたから」
「にしては大掛かり過ぎだ! 僕はガラスの靴なんか落としちゃいない!」
離れた場所で打ち上がり始めた花火に目も暮れず、冬美は走る。麗香は冬美に手を強く握りしめられている事に安堵と喜びを感じていた。そして、この安心感に浸る為に、しばらくこのままにしておこうと能力を解かなかった。