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花火 一

 冬美が遊び進めていたロールプレイングゲームが終盤を迎えていた。平和の再来を祝して王国に花火が打ち上がり、丘の上で焚火を囲んでいる主人公一行が眺めるエンディング。

 

 ゲームが発売されたのは十年以上前という事もあり、現在のゲームよりもリアルさに欠けているが、幻想的で何処か物悲しさが漂う場面に、冬美は心を奪われた。タイトル画面に戻されても、冬美の心はまだエンディングの場面に取り残されたままであった。


「……綺麗、だったな」


 コントローラーを手放し、タバコ代わりの棒付き飴を口に咥えて、ゲームの主人公達が眺めていた花火を想像する。赤、青、黄色の花火が次々と夜空に広がっていく。花火を見た事が無い冬美では、そこまでしか想像出来なかった。


 閉じていた目を開けると、目の前に一枚の広告があった。そこには花火大会という文字が大きく書かれていた。  


「花火。見に行く?」


 麗香は見ていた。冬美がゲーム内の花火に心を奪われている姿を。


「少しだけ遠いけど、車で行けない距離じゃない。結構有名な花火大会みたいだから、色んな屋台があると思うよ。まぁ、人の数も多いと思うけど」


「……行きたいな」


「そっか。うん! じゃあ、行こうか! 今すぐ!」


「うん……うん?」


 午後二十二時。麗香は冬美を乗せて車を走らせた。窓から見える夜中の静けさを眺めながら、冬美は飴が無くなった棒を齧る。 


「当日に向かっても、渋滞で遅れちゃうからね。前日の夜の内に、近辺まで着いておきたいんだ」


「仕事はどうする? 最近忙しかったんじゃ?」


「頑張ってひと段落させたから、元の完全週休二日に戻った。それに月曜日も祝日で休みだし、気にしなくていいんだよ」


「花火ってさ、どのくらい大きいのかな?」


「物によって違うわね。大きさだけじゃなくて、形とか色とか。今回行く花火大会は結構大きい規模だし、色んな花火が見れると思うよ」


 麗香の言葉に、冬美の表情は自然と柔らかくなっていった。ゲームで見た花火を現実で見られる事に、嬉しさを隠しきれない様子。そんな冬美の様子に、麗香も自然と微笑んでしまう。


 車を走らせて三時間後。目的地の花火大会会場まであと少しの距離まで来ると、車をサービスエリアに停めた。


「ここまで来れば、あとちょっとで花火大会に着くよ。今辿り着いても何も無いし、とりあえずここで時間を潰しましょう。コーヒー買ってくるから、ここで待ってて」


「……僕も行く」


 二人は車から降り、サービスエリアにある売店に入店した。広い店内には深夜にも関わらずそれなりに人がいて、置いてある物も多種多様な品揃えであった。


「納豆ソーダ? え、馬鹿が作った飲み物?」


「餡子ラーメンなんてのもあるよ。一つ買ってあげようか?」


「い、いらない……想像しただけで気持ち悪くなる……」


 馴染みある物や、初めて目にする物。ただ見て回るだけでも、冬美にとっては一つの思い出になった。コーヒーと飴だけを買って車に戻ると、麗香は後部座席を前に倒して横になれるスペースを作った。先に横になっていた麗香に手招きされ、冬美も後部座席に乗り込むと、手を引かれて抱き寄せられてしまう。


「ん~! 頑張った後のヨシヨシナデナデは効くな~! 運転頑張った甲斐があったよ~!」


「や、やめてよ! ここは家じゃないんだぞ!? 誰かに見られたら―――」 


「隅っこに停めたから大丈夫! わざわざ見に来る人なんていないって!」


 麗香は冬美のツムジや首回りの匂いを嗅ぎながら、絡みつくように抱きしめていく。冬美は抵抗しようとするも、自分のワガママを叶えてくれた麗香に頭が上がらず、されるがままに身を委ねた。


「ムフフフ!!!」


「……あのさ」


「ん? どうしたの? あ、そうだよね。私だけ好き勝手にしてたら不公平だもんね。いいよ、冬美君の好きにしても」


「ち、違う! その、だから……えっと……あ、あり、がと」


「ん~? 途切れ途切れで分かんないな~。声も小さいし聞こえないな~」


「だから! ありがとう! 僕の、ワガママに付き合ってくれて……」


「……フフ」


 麗香の抱きしめ方が変わった。欲望のままに貪り尽くす様から一変し、順調に育つ花を愛でるかのような慈しみに変わった。冬美の左耳を手で閉じ、右耳に自身の鼓動を聴かせる。


「ありがとう。冬美が、私の傍にいてくれて」


「……うん」


 右耳から聴こえてくる麗香の鼓動に、冬美は海を想像した。穏やかで波の無い海に体を浮かせ、暖かい日差しの心地良さに沈んでいく。不安も恐れも消えていき、海の慈しみに冬美は溶け込んでいった。


 麗香は眠ってしまった冬美の頭を撫でる。優しく、丁寧に、愛情をもって。やがて訪れる眠りがくるまで、自身の胸で眠る冬美を眺めていた。

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