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散髪

 冬美が歯磨きをしていた時、鏡に映る自分の髪の毛に鬱陶しさを覚えた。前髪は目に掛かっており、後ろ髪は肩まで伸びている。


「……切るか」


 リビングに戻ると、眼鏡を掛けた麗香が本を読んでいた。


「なぁ、ハサミってある?」


「え? うん、あるよ。そこの鉛筆とか入ってる入れ物に」


 冬美はハサミを手に取って、ゴミ箱の前にしゃがみ込んだ。床に切った髪の毛が散らからないように、髪の毛が落ちる先にゴミ箱があるようにして、髪の毛を雑に束で掴む。


 ふと、麗香が冬美の方へ視線を向けると、今まさに冬美が髪の毛を切ろうとしていた場面であった。そのあまりにも雑な髪の毛の切り方に、麗香は冬美のもとへ駆け込んで、髪を切ろうとする手を止めた。


「ちょ、ちょっと!? 何やってるの!?」


「何って、髪切るんだよ」


「そんな雑に切ったらバランスがおかしくなるでしょ!?」


「別にバランスは重要視していない。視界が良好になるなら、それでいい」


「冬美君が良くても、私が駄目! 髪を切りたいなら、私がやってあげる!」


 冬美からハサミを取り上げると、麗香は物置部屋にあるシーツと、洗面台に櫛とドライヤーを持ってきた。床に敷いたシーツの上に椅子を乗せ、その椅子に冬美を座らせると、もう一枚のシーツを冬美に纏わせた。


「さてさてお客さん! 今日はどういったカットになさいますか?」


「おまかせで」


「それじゃあパーマをかけましょうか」


「髪を切れ」


「じゃあ、今の髪型を保ったまま、全体的に短くする感じでいい?」


「それでいいですよ」


「はーい! それにしても、お客さんラッキーですね~! お客さんが当店初のお客さんなんですよ~。記念品として、私から熱い抱擁をサービスしますから!」


「いらないです。ゲームの続きやりたいので、早く切ってください」


 ふざけた態度でいる麗香に冬美は不安を覚えていたが、その不安はすぐに掻き消された。麗香の手際は素晴らしく、全体のバランスを把握しながら進んでいく。まるでプロのように、細部に至るまで丁寧であった。


「……こういう仕事、やってたんですか?」


「ん~、全然。好きな人の髪を切ってみたくて、昔色々と勉強してたんだ」


「好きな人……誰ですか」


「あら? あらあらあら? もしかして、嫉妬?」


「ち、違う! ただ……聞きたかっただけ」


「……そうだね。学生時代の、初恋の人」


 初恋の人。その言葉に、冬美の胸はザワついた。湧き立つ嫉妬と、どうしようもない無力感。幸いだった事は、後ろに立つ麗香の表情が見えなかった事だ。


「……その人とは、どうなったの?」


「どうにもならなかった。私と彼では、生きている世界が違ってた。近くにいるのに、凄く遠くに感じた」


「……今でも、その人が好き?」


「ん~、ある意味ではそうかもね」


「どういう事?」


「テセウスの船」


「なんで急に船の話に―――」


 話を中断するかのように、ドライヤーの音が轟く。麗香は髪に挟まっている切った髪をドライヤーと指で落としていく流れで、冬美の頬を激しく撫で回した。


「はい、おしまい! どうですか、お客さ~ん?」


「……最後のは必要だったの?」


「可愛らしい頬がそこにあったから、思わず。じゃあ、散髪後の状態を確認しに行きましょうか!」


 麗香は冬美に纏わせていたシーツを取ると、冬美の手を引いて洗面台の前に行った。鏡に映った冬美の髪は、髪型こそそのままだが、髪の長さは邪魔にならない丁度良い具合であった。


「本当に上手いですね。これなら、本業でやれるんじゃないんですか?」


「え~。私が髪を切るのは、好きな人にだけって決めてるからな~」


「……初恋の人の髪は切ったんですか」


「あら? やっぱり嫉妬してるの?」


「……別に」


「……冬美」


 麗香は後ろから腕を回して冬美に抱き着いた。


「私は、門倉冬美が好き。例えどんな事になっても、それだけは変わらない」


 耳元で囁かれた麗香の言葉に、冬美は喜ぶが、僅かな違和感も覚えていた。その違和感の正体が何なのかは分からず、やがて考えるのをやめて、麗香に身を委ねた。

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