ゲームと現実の違い
最近仕事で忙しい麗香は、自分が構ってあげる代わりに、冬美にゲーム機をプレゼントした。設定や操作に手間取っていたが、すぐに慣れ、最初に買ったロールプレイングゲームを寝る間も惜しんで遊んでいた。麗香にとって、冬美がマトモに喜んでくれたプレゼントであった。
しかし、麗香は気付いていない。ゲームの面白さ。しかもプレイしているのは、今まで娯楽に触れてこなかった冬美。風呂とトイレを除いて、冬美はいつもテレビの前にあるソファに居座るようになってしまった。
「冬美君。今日は休日だから、何処かに出掛けようか?」
「ん? ん~」
「……あ、そうだ! 前に死ぬほどタコ抜きのタコ焼きを食べたいって言ってたよね? 今日やろっか!」
「ん」
「冬美君!!!」
適当に相槌をうつばかりの冬美に、麗香の寂しさが爆発した。手に持ったクッションを後ろから冬美の顔に押し付け、体重を乗せてクッションを引っ張る。傍から見れば、殺人である。
「ゲームと私! どっちが大事なのよ!?」
「~~~ッ!?」
「確かに私が贈ったプレゼント! 喜んでくれて、今も遊んでくれるのは嬉しい! けどね、優先順位は私であるべきなの!」
窒息死寸前の所で、冬美は枕から頭を引っこ抜くように体を下に動かし、窒息死を免れた。まるで被害者のような面持ちで自分を見つめる麗香に、冬美は怒りを抑えたチョップを振り下ろした。
「痛いか!? 痛いよな!? でも僕は死にかけたんだぞ!?」
「ゲームに現を抜かしていた冬美君が悪い!」
「確かに熱中はしてたけどさ! 普通は線を抜くとかじゃん! なんで殺しにきたのさ!?」
「だって、それやったら怒るじゃん!」
「今の僕がどういう風に見えてますか?」
「……怒ってる」
「だよね!? そりゃ怒るよ!……はぁ。まぁ、確かに僕が悪い所もあります。少し、ゲームに夢中になり過ぎてた。今までこういう娯楽に触れてこなかったから」
冬美はゲーム機のコントローラーをもう一つ接続し、それを自分の隣に置いた。
「対戦とか協力型なんかもあるようですし、やりましょうよ。今日は休日なんでしょ?」
「でも、私もゲームやった事ない」
「だからこそ、実力が拮抗して面白くなるんでしょ。ほら、早く座ってください」
冬美は依然として納得していない麗香の手を引き、自分の隣に座らせた。コントローラーの握り方すら分かっていない麗香に色々と教えながら、冬美が麗香と遊ぶ用に買っていたパーティーゲームを起動した。
サイコロの目でマップを進みながら、様々なミニゲームで対決して順位を決めるゲーム。冬美が言った通り、二人の実力は拮抗し、中盤まで同じスコアで進んでいった。
拮抗していた勝負が動き始めたのは、協力プレイのミニゲームが始まった時だった。成功すればお互い同じポイントが貰えるが、失敗すればお互いポイントを失う。双方にとってメリットもデメリットもあるおかげで、必然的に協力する形になる。
問題は、ゲームの内容であった。麗香が操るキャラクターと、別のキャラクターがランダムに穴から出現するのを冬美が叩く。麗香以外のキャラクターを叩けば、ポイントが増加する。反射神経が良い冬美にとって、楽なミニゲームになるはずだった。
「あ、間違え―――」
「うわぁ!?」
間違えて麗香を叩いた瞬間、今まで聞いた事も無い情けない反応に、冬美の心が刺激されてしまった。
「ちょ、ちょっと冬美君! さっきから私ばっかり叩いてる!」
「……」
「ふ、冬美君!? 聞いてるの!?」
ポイントの損益など、もはや考えていなかった。今までの鬱憤を晴らすかのように、冬美は麗香を痛めつける事に集中していた。叩かれる度に上がる悲鳴。その悲鳴に呼応する喜びの感情。ゲーム制作者が意図していない遊びが、今行われていた。
結局、全てのポイントが剥奪され、最後に行われたミニゲームで冬美が圧勝した事により、二人の勝負は冬美の勝利で幕を閉じた。
口を開けたまま放心状態になっている麗香を置き去りにして、冬美は窓の方へと歩いていく。窓を開けると、いつの間にか夕方になっていた。茜色に染まる空に浮かぶ夕陽が、窓の前に立つ冬美を照らし出し、その暖かな陽光を浴び、そして味わった。
「……こんなに気持ちが良いのは久しぶりだ。胸の奥で詰まっていた黒い感情が、浄化されていく。これが、解放感か」
陽光の暖かさを帯びた冬美は麗香の方へと戻り、尚も放心している麗香を見下ろしながら、口角を吊り上げる。
「あんたのおかげだよ。今の僕が、こんなに気持ちが良いのはさ! あんたが下で、僕が上だ!!! アッハハ―――うぶぅ!?」
勝利の余韻に浸っていた冬美は油断していた。ゲームの中の上下関係は決まったが、あくまでゲームはゲーム。現実世界の上下関係は変わっていない。目にも止まらぬ速さで伸びてきた両手に掴まれ、冬美は麗香に呆気なく抱き寄せられてしまう。
冬美は必死に抵抗するが、麗香が発揮する謎の力によって離れられず、遂には麗香の胸の中で気絶してしまった。
「……君は、私の管理下であるべきなのよ。フフ、フフフフ!」