巡る季節に身を寄せて
麗香と冬美は、聖歌高校の近くにある山に来ていた。持ち主である聖歌高校は既に廃校となっており、今は誰も立ち入らない場所になっている。管理する者がいなくなった今でも、不思議な事に道は残ったままであった。
中間地点まで登ると、紅に染まった木が囲む広い場所に出た。食事量増加に合わせてトレーニング量を倍増させた冬美は平然としていたが、デスクワークばかりの麗香は大量の汗に合わせて息を荒らしていた。
「これくらいで効き過ぎだろ。まだ少し登っただけじゃん」
「ゼェ、ゼェ……! わ、若いって……こんなに、羨ましく思えるのね……!」
「まだギリギリ二十代だろ。そういう台詞は、六十になってからだ。それにしても、なんでまたこんな場所に。それも廃校になった高校の近くの山になんて。山なら他にもあるだろ」
「なんか……久しぶりに、登りたくて……でも、逆に良かったかも。ここ、私達以外に誰もいない、し……! ちょ、ちょっとここで休憩!」
力が抜けていく足でこれ以上立っていられなくなった麗香は、その場に座り込んだ。息を整えながら、紅葉を揺らす風に体の熱を冷やす。虫も動物もいないおかげか、風には気分が落ち着く純粋な自然の匂いを運んでくる。自然のアロマだ。
麗香が体を休めている一方で、冬美はこの場所を囲んでいる紅の木を見渡していた。人の手に触れられず、自然そのものによって育った木の囲いは、まるで絵画のよう。写真集や出向いた先で見る風景よりもずっと綺麗であるが、それ故に異質さも持ち合わせている。
「ここ、なんか変ですね」
「えぇ……何が……?」
「なんだか、綺麗すぎる。人が立ち寄らなくなったはずなのに、僕達が登ってきた道やこの場所だって、妙に整っていませんか?」
「そうかな……そうかもね……」
「……まぁ、特に妖しい気配は感じないし、警戒する必要はありませんね。さぁ、休憩もここまでにしましょう」
「ええ!? まだ五分も経ってないよ!? もうちょっと休もうよ~!」
「はぁ……」
冬美はため息一つ吐くと、麗香の隣に寝転んだ。青い空の下で、大きな白い雲がゆっくりと動いている。しばらく空を眺めていると、穏やかな風の中に突風が迷い込み、紅葉を宙に散らせた。舞い落ちる沢山の紅葉は螺旋を描き、冬美の額に一枚の紅葉がゆらりと落ちてきた。
「……この綺麗な紅葉も、雪で枯れてしまう。秋という季節は、短い寿命だ」
冬美は額に落ちた紅葉を手に持ち、親指で紅葉を撫でる。紅になったばかりの紅葉は若々しく、ちょっとやそっとでは砕けそうにない。
冬美が紅葉を眺めていると、腹に麗香が頭を乗せてきた。麗香の手にも一枚の紅葉があり、麗香は冬美に見せつけるように紅葉を片目にかざした。
「何してるんですか?」
「秋を見てるの。実際に見えるのは葉の線だけど、これは秋にしか見れない紅葉。他の木の葉とは違う特別さを感じられる」
それを聞いた冬美は麗香の真似をした。片目に紅葉をかざすと、当たり前だが葉の線が見える。しかし、今見ているのが普通の木の葉ではなく紅葉だと意識すると、ただの葉の線に特別な何かを感じられた。
「おぉ。なんか特別な感じ……がしなくもない」
「フフフ。ただの葉であっても、意味を持たせた瞬間に特別さを感じてしまう。人って面白いよね」
「意味が無ければゴミだと?」
「う~ん、必ずしもそうとは限らない。例えば、ぬいぐるみ。好きな人から貰った物と、自分で買った物。特別さを感じるのは前者の方だけど、自分で買ったぬいぐるみだって大切な物になるわ」
「僕はぬいぐるみなんて必要ありませんけどね」
「例えよ、例え」
麗香はまるで蛇のように体を動かし、冬美の体の上に自身の体を重ねた。右手で冬美の左手首を握り、左手を冬美の右手に絡める。お互いの鼻がくっつき、僅かな拍子で唇と唇がくっつく顔の距離。
再び、突風が迷い込む。木のざわめきと共に紅葉が宙を舞い、二人の唇が重なる。木の揺れが収まると、重なっていた唇を麗香は離した。
「隙だらけだよ」
「ファーストキスを奪って言う言葉がそれですか?」
「初めてだったんだ。嬉しいな」
「……あんたは、違うんですか」
「初めてじゃないけど、キスをしたのは一人だけ。昔も、今も」
「……テセウスの船。調べて分かりましたよ。言い得て妙。僕はまさにテセウスの船でした。十分な証拠はないのに、確信出来るんです……あんたは、前の僕が好きなんですか? それとも、今の僕が好きなんですか?」
「私は門倉冬美が好き。例えどんな姿になっても、門倉冬美という存在が好きなの」
「……そう」
麗香は体勢を入れ替え、冬美との上下を変えた。自分の体の上に重なっている冬美の顔を胸に抱き寄せ、自分の鼓動の音を冬美に聴かせながら、背中を撫でるように優しくさする。
「これからすぐ肌寒い季節に変わる。半袖から長袖に。冷房から暖房に。冷たい物から温かい物に。こうして肌と肌を重ね合うのが頻繁になる季節が来る」
「僕の初めてを根こそぎ奪うつもりですか」
「そうよ。門倉冬美の全ては私が奪う。私の全てを門倉冬美が奪う」
「エゴイスト」
「人の人生はあっという間よ。欲望に躊躇っていたら、未練ばかりの最期を迎えてしまうわ。自分の人生を彩る上で重要なのは、自分の欲望を叶える事よ」
麗香の言葉に、冬美は反論する事が出来なかった。これ以上口を開くのはやめて、麗香の鼓動の音と、背中をさすってくれる麗華の手の温もりに身を委ねる。麗香は産まれたばかりの赤子を抱く母親のように、自分に身を委ねてくる冬美を優しく包み込むのであった。




