小森さんは魔王に明日を託された! ~魔王城の庭園は思ったよりもハードです~
「魔王城 筆頭執事 アガレス・バトラー……さん?」
差し出された名刺にはそう書かれていた。
魔王の使いが訪ねて来るなんて……いやいや、ウチは解呪専門ですが?
店前に掲げた『解呪の専門家 リトル・フォレスト』の看板にもあるように、呪いを解くのなら力になれるかも知れないが、生憎と呪う方は専門外である。どうしたものか。
「すみません、ウチは呪う方はやってなくてですね、そのー、表の看板にもありますように呪いを解くのが専門なんですよ、あははは……」
「ええ、もちろん存じ上げております」
「……」
――どうも話がかみ合わないな。
しかも、魔王の使いだと言うのに物腰も柔らかく、どこから見ても品の良い老紳士にしか見えない。もっとわかりやすく、高圧的な牛魔人でも来てくれれば話は違ったのだが……。
「ハイランド皇国でも随一と名高いコモリ殿の腕を見込んで、ぜひお頼みしたいことがあるのです」
「お力にはなれないと思いますが、一応、聞くだけなら……」
仮にも魔王の使いだ。
雑に扱えば後でどんな嫌がらせを受けるかわからない。
ここは相手の言い分をすべて聞いた上で、丁重に断るが吉。
「実は現在、魔王城の大規模修繕工事を行っている最中なのですが、その工事の際に、いままで使われていなかった『裏庭』が発見されたのです」
「裏庭……、庭園のようなものでしょうか?」
「はい、おそらくは――」
アガレスさんは短く答え、話を続けた。
「というのも、魔王様を含め誰ひとりとして裏庭の全容を知る者がいないのです」
「……それって、中に入れないとか、見えないってことなのでしょうか?」
「非常に回りくどい言い方になってしまい恐縮ですが、いまわかっていることだけを申し上げますと……魔王様は裏庭の門扉を認識できますが、中には入れません。私を含めた数名は裏庭の存在を認識できますが、門扉は認識できません。また、魔力の弱い侍従などは裏庭を認識することさえできない、といった状況です」
「ほぅ、認識に異常が……」
「そもそも当代魔王様が就任なされて六〇〇年――、それ以前を含めますと、途方もない年月になり、裏庭がいつから存在していたのかさえ不明なのです」
「……」
透明化に認識阻害……何らかの結界だろうな。
しかも、魔王クラスに通用する上に、数百年以上も減衰することもない……か。
何それ、普通に怖いんですが。
でも、そんな事が可能な存在って……それこそ、昔の魔王でもないと無理じゃないかな?
「……何か、古い文献とか、伝承などは残されていないのでしょうか?」
「ご存じの通り魔族は長命種です。歴代魔王様の任期は短くとも数百年、中には千年を超えられる方もおられたものですから、一代でも、その……記憶頼りな魔王様がいらっしゃいますと、丸っと百年単位で空白の期間が生じてしまい……」
「あぁ~なるほど……それはお察しします」
恐らく、その空白の期間に何かがあったのだろうな。
そして、何の引き継ぎもなく、存在を忘れられてしまっていたと……。
そういや、サラリーマン時代にもそういうことが良くあった。
引き継ぎなしで忘れられた案件など、残された者にとっては悪夢でしかない。
「何とも興味深い話ではありますが、やはり僕では力になれないと思います」
「いえ、魔王様曰く、伝説の解呪師であるコモリ殿であれば、きっと扉を開くことができると!」
「いやいや、何を根拠に……ていうか、いつの間に伝説に⁉」
「ここだけの話ですが、魔王様の夢枕に先々代の魔王様が立たれ、こう告げられたそうです」
『異世界から来た解呪の専門家を呼べ。さすれば扉は開かれよう――』
いかにもな感じで言い終えたアルガスさんは、大仕事をやり遂げたようなすがすがしい顔をしている。
「は、はあ……そうですか」
まあ、色々と突っ込みどころのある話だ。
この王都で解呪屋なんておかしな商売をやっているのは、転移者で『浄化』のスキルを持つ僕しかいない。
夢枕だなんて言ってるが、前もって下調べさえ済ませていれば何とでも言える。大体、わざわざ転移者で解呪の専門家と指定したあたりがとんでもなく嘘くさい。
それにしても、だ――。
魔王城の中、しかも何百年も未開だった場所なんて、頼まれても近づきたくないのが普通だろう。僕も多分に洩れずそう考えるタイプだ。
それこそ呪われてしまいそうだし……。
「うーん、そう言われましてもねぇ……あ、そろそろぶぶ漬けで――」
「失礼ですが、コモリ殿。こちらの物件、来月にはお立ち退きになられると小耳に挟みましたが、それは誠でしょうか?」
やんわり追い返そうとしたが、アルガスさんに被せられてしまった。
「えっ⁉ は、はい、その、お恥ずかしい話ですが、年々家賃も上がってまして」
「なるほど、それでしたらお力になれると思います」
「へ?」
アガレスさんが白い顎髭を指先で整える。
「この際、我が国に移転されてはいかがでしょう? このアガレスにお任せいただければ、ここよりも数段グレードの高い店舗をご用意できますし、必要でしたら従者やメイドの方も手配いたします」
「い、いや、それは、さすがに……」
移転だなんて……たしか魔王城があるのは、お隣のクレプスキュル魔王国。
亜人族や魔人族、多様な種族がひしめきあう混沌極まりない国だと聞く。
そんな危険な場所で、浄化以外のチートを持たない僕がやっていけるとは思えない。
「しかし、このまま皇都でご商売を続けられたとしても、この平和なご時世です。解呪なんてそうそう需要もないでしょう? その点、我が国なら引く手あまたです。何せ、呪いの発祥地みたいなものですからね、ふぉっふぉっふぉ……」
――怖ぇよ!
と、内心で突っ込みながら、どう断ったものかと考えを巡らせる。
「でも、僕には解呪くらいしか取り柄がなく、そちらに移転したとしてもですね、我が身を守る術を持ち合わせておりませんので……そろそろ、ぶぶ漬けでも……」
「ふぉっふぉっふぉ! 何を躊躇っておられるのかと思いきや、そんな事でしたか。ご安心くだされ、我が国で魔王様の存在は絶対です。コモリ殿に刃を向けるということは魔王様に向けるも同義。そんな命知らずはおりません」
「は、はあ……(それも怖いんだが)」
「このアガレス、コモリ殿をお連れできなければ、魔王様に存在意義を問われてしまいます。一度ご覧になるだけでも構いません。この通りでございます! どうか、どうかお願いできませんでしょうか!」
アガレスさんが深く頭を下げる。
「や、やめてください! 困ります!」
「私も困ります!」
「いや、僕の方が困りますから!」
「いえ、私の方が……!」
「僕が……!」
「私が!」
アガレスさんは、もう土下座に近いまで頭を下げている。
ヤバい、この執事……恐ろしく狡猾だ、手段を選ぶつもりはないのだろう。
自分よりも遙か年配の、しかも感じの良いご老人に頭を下げられる居心地の悪さったら、想像を絶するものがある……!
「わかりました……。でも、見るだけですからね?」
「はい、それはもう重々承知しておりますので(ニチャァ)」
何か変な笑みを浮かべたようにも見えたが、気のせいか……。
こうして、僕は大きな不安を抱えつつ、執事長のアガレスさんの案内で、魔王の待つクレプスキュル王国へ向かうことになった。
§
「ふたりとも、面をあげよ!」
「ははっ」「はっ」
恐る恐る顔をあげると、立派な王座に座る幼女が目に入った。
まさかね――、とは思っていた。
魔王が幼女、もはや使い古された感もある演出である。
いや、ちょっとがっかりしたというか、自分の異世界転移でこういうベタな感じになるのはなぁー、あー結局そうなっちゃうのかぁー、と落胆している自分がいた。
しかし、よくよく考えてみると、それは魔王様に対してあまりに失礼ではないだろうか。向こうからすれば、自分の容姿をとやかく言われる筋合いなどないのだから。
「魔王様、コモリ殿をお連れしました」
「うみゅ」
アガレスさんが僕の紹介をしてくれたので、続けて自己紹介をした。
「お初にお目に掛かります、私はハイランド皇国にて解呪を生業としております、小森と申します」
僕は暗黒の社畜時代を思い出すほど丁寧に挨拶をした。
「ほほぅ、良い面構えだのぉ、リトル・フォレストとやら。我が現魔王のディアブロ・サタニスである。どうだ? お前が居た世界にあわせて姿を変えてみたのだが……いや、姿を変えてみたのじゃが?」
王座の上でくるくると回って見せる魔王様。
髪はかわいらしい紫色のお下げだが、角も二本生えているし、マント付きのやたらと露出の高い服を着ている。
「お、お気遣いいただき光栄ですっ!」
わざわざ『のじゃロリ』を選択したところに、魔王様なりのこだわりを感じるが……。
「ですが、私は特に好みなどはございませんので、どうぞ魔王様のお好きな姿でいらしてくだされば幸いです」
「なるほど、なかなか出来た心がけじゃわい。まぁ、我もこの姿を気に入った。熱が冷めるまではこの幼女とやらの姿を堪能するとしよう、いや、するのじゃー!」
「……わかりました」
僕としても、威嚇全振りみたいな容姿よりは接しやすいけれども……。
「ところで、さっそくではあるが例の『裏庭』の件じゃ……」
「は、はい!」
ぴょん、と王座から飛び降りると、窓際に向かい僕とアガレスさんに手招きをした。
「コモリよ、向こうに何が見える?」
「えっと……」
ここは魔王城の最頂部である謁見の間。
見晴らしも良く、遠くまで城下街が拡がっているのが見えた。
「城下街が見えます。こちらに来る途中にも少し拝見しましたが、とても活気があってハイランド皇国の王都が静かに感じてしまうほどでした、素晴らしい街です」
「ふむ、まあそうじゃの。見ての通り、我がクレプスキュル魔王国は、近隣国随一の領土を持っておる。国力では他国よりも、頭ひとつ抜けておるじゃろう」
自分の目で見るまでは、漠然とした大国のイメージだったが、実際に発展した城下街の様子を目の当たりにすると、その国力の差は歴然だと断言できる。
頭ひとつどころか、他国が連合を組んだとしても勝てる気がしない。
「だが、問題も多く抱えておるのじゃ」
「……問題といいますと?」
「金じゃよ、金。先代のクソ魔王が食い潰した国庫はもはや風前の灯火……。このままではお前の居た世界でいうところの『債務不履行』じゃ」
「そ、そんな⁉ しかし、これだけの国民がいれば税収も……」
「無論、毎年かなりの額が見込める。だが、げに恐ろしきは借金よ……。先代は禁忌とされる『毎月同一金額払い』なるものに手を出しおってなぁ……払っても払っても元金が減らんのじゃ……」
――それって、リボ払いじゃん‼
まさか、こっちの世界にもリボ払いがあったとは!
たしかにそれは……禁忌だよなぁ。
「しかし、こういう言い方はあれですが、借主は魔王様ですよね? ならばそのお立場を活かせば、貸主と交渉の余地があるのではないでしょうか?」
「まあ、相手がその辺の木っ端魔族であれば、不本意ながら《《力》》でどうにかなるじゃろう……。じゃが、その貸主というのがな、『神』なのじゃ……」
「ええええぇぇーーーーーーーーーーっ‼‼」
神って僕を転移させたあの神⁉
ていうか、神がリボ払いで魔王に金を貸したという事実が怖い。
「いくら我でも神には勝てん。しかも、あやつらには慈悲の概念などない。雨を凌ごうと我が傘を探せば「傘」の概念ごと消しかねん連中だ。途中で契約を違えることなど何があってもせんじゃろう……」
はあ、と大きくため息をつく魔王様。
「その、どのくらい返済しなければならないんでしょう?」
「クレプスキュル金貨5000兆枚じゃ……」
「ごっ……ごっ……ごっ⁉」
いやいや、え?
クレプスキュル金貨1枚で、ハイランド皇国金貨約3.7枚だから……。
――だめだ、考えるのはよそう。
「しかし、我も色々と手を打たねばと思い、埋蔵金が残っておらんか歴代の魔王が残した文献を片っ端から調べてみたのじゃ。すると、どうも計算が合わんのよ……」
魔王様は神妙な顔つきで、顎をさすりながら話しを続ける。
「計算が……?」
「うみゅ。悠久の時より続くこの魔王国には星の数ほどの宝物が献上されておる。先代が食い潰した国庫でさえ、その記録からみれば些細なもの……。では、そのお宝はどこに消えたのじゃ?」
たしかに、無い話ではない。
これだけ長い歴史のある魔王城……。一代の魔王ひとりですべての財を食い潰せるとも思えないよなぁ。
「では、本題に入ろう。此度、発見された"裏庭"じゃが、我はそこが怪しいと思っておる。あれほど厳重な結界じゃ、よほど大事なものが隠されておる可能性が高いじゃろう……」
「――!」
「ふふ、お前も気付いたか? そう、あの『裏庭』には悠久の時を経た魔王国の財宝が眠っておるはずじゃ!」
「……財宝が⁉」
なるほど、説得力はある。財宝か……ロマンがあるよなぁ。
昔はインディ・ジョーンズなんかを観てワクワクしたもんだ。
「そうじゃ! それらを持ち帰れば借金なんぞあっという間に返せる! どうじゃ? 良い案じゃろう! わははは!」
「でも……誰がその裏庭に入るんです? たしか魔王様も入れないんですよね?」
「ふっ、安心せいコモリ。先程、貴様が窓から見た城下街だが、あれが見えるということは貴様の力は我に匹敵するレベルということじゃ」
「――えっ⁉」
「アガレスには野山にしか見えておらんだろう?」
「はっ、長閑な風景でございます」
アガレスさんが胸に手を当て首肯する。
一体、どういうこと⁉
「我が直々に認識阻害を施したからのぉ……。それを見通すということは、貴様には少なくとも裏庭が《《見える》》ということじゃの。どうやら我の目に狂いはなかったようじゃな」
「魔王様のご慧眼、このアガレス、しかとこの目に焼き付けてございます」
「そうじゃろう! そうじゃろう!」
うーん、僕に浄化以外のチートは無いはずなんだけど……。
戸惑っていると、ひとしきり盛り上がった魔王様が、その小さな指先を僕に向けて言い放った。
「解呪の専門家 リトル・フォレストこと、コモリよ! 魔王ディアブロ・サタニスの名において命ずる! 貴様に魔王城庭園管理責任者の任を申し渡す! 見事、庭園に眠る魔王国の財宝を持ち帰るのじゃーっ!」
「は、はい……善処します!」
咄嗟に返事をしてしまったものの、大丈夫だろうか……。
しかし、僕も人の子、財宝には少なからず興味がある。
それに裏庭に入れなければ、お役御免になるだろう。
そんなこんなで、僕は魔王城の裏庭に向かうことになった。
§
アガレスさんの先導で、僕たちは裏庭へ向かうことに。
大きな渦のような螺旋階段を降りて外に出ると、ちょうど城の裏手に出た。
「どうだコモリよ、何が見える?」
「長い鉄柵が続いているのが見えます。柵の向こうは庭園ですね」
「おぉ! さすがはコモリ殿! このアガレスにはただの野原にしか見えませぬ、何かがあるのは感じ取れるのですが……」
しょんぼりと俯くアガレスさんを気遣って、魔王様が声を掛ける。
「よいよい、気に病むなアガレスよ、感じ取れるだけマシじゃ」
「ははぁっ、ありがたきお言葉……」
ふたりのやりとりを横目に、辺り見渡すと大きな鉄柵門があった。
門には赤黒く錆びた鎖が巻かれ、超鈍器のようなゴツい錠前がぶら下がっている。
「あの、すみません、扉って……この扉のことですよね?」
「やはり見えたかっ! よしっ! 後は扉さえ開けば……」
「この錠前を外さないと入れなさそうですよね?」
「うみゅ。アガレス、アレをここに……」
「はっ」
魔王様が目配せすると、アガレスさんが異空間から古びた箱を取り出した。
「へぇ~魔法収納ですか! 噂には聞いてましたが、初めて見ました!」
「魔王城の執事なれば、このくらいは出来て当然でございます」
アガレスさんは胸に手を当てて僕に会釈を返した。
「コモリよ、どうじゃ、そいつは解呪できそうかの?」
「えっと……」
手渡された古びた箱を調べる。
ほんのりと指先が冷たく痺れるような感覚……。
たしかに呪いが掛かっているようだ。
「あー、なるほどですね」
「その小箱は深淵竜の逆鱗を核とした古代の禁呪で封印されておってなぁ……我でも開くことができん。先代の書斎に残されていたそれらしい唯一の手掛かりなのじゃ。どうじゃ、さすがのコモリも――」
「あ、中に鍵がありました」
「なぬぁぁぁぁーーーーーーーーーっ⁉」
「な、なんと⁉」
魔王様とアガレスさんが前のめりになる。
「あ、開いたのか……⁉」
「えっと、まあ……僕は『呪』であれば解呪ができますから……」
「うにゅぅ……げに恐ろしき力よのぉ……」
「これほどのものとは……」
「あ、あはは……それよりも、鍵が合うか試してみましょうか?」
「お、おぉ、そうじゃの。じゃが、その前にちと防御魔法を掛けておく」
魔王様が両手を天にかざすと、周囲にうっすらと輝く壁のようなものが現れた。
「これで護られるんですか?」
「うみゅ、たいていの物理は通さぬぞ」
自慢げに胸を張る魔王様。
「それはどうも……じゃあ、ちょっと鍵が合うか試してみますね?」
魔王様とアガレスさんが見守る中、そっと鍵を錠前に差し込む。
そして、そっと鍵を回してみた。
――ガコンッ。
くぐもった音が鳴り、鍵が外れて地面に落ちる。
「おぉ~っ! でかしたぞ、コモリよ!」
「鍵が外れたのですね!」
「はい、後は鎖を外せば……」
「我に任せるのじゃ!」
魔王様は太い鎖に手を掛けると「うみゃっ!」と鎖を引きちぎった。
「どうじゃ! ふはははっ! 我にかかればこんなものよ!」
「す、すごい……」
あんな太い鎖を引きちぎるなんて……本当に魔王なんだなぁ。
「おやっ⁉ 見えますぞ! ま、魔王様、私にも庭園がはっきりとっ!」
「ああ、鎖がちぎられたことで、認識阻害の効果が解けたのかも知れませんね」
「うみゅ! さぁコモリよ、いざ庭園へ! と、言いたいところじゃが……我は城を離れることはできん。そこで、お前に護衛を付けてやる。おい、シバン! シバーン!」
「……」
ん? 誰も来る気配がない。
魔王様とアガレスさんはキョロキョロと辺りを見回している。
「シバン? シバーン、おーい、シバン? おいでー!」
「シバン! これ、魔王様がお呼びである! シバーン!」
もはや犬でも呼んでいるようにしか見えない。
……ハッ……ハッハッ……ハッハッ!
遠くから呼吸音が迫ってくる。
「魔王様ぁっ! シバン、ここにっ!」
「うわわっ⁉」
風圧がすごい!
何かが勢いよく魔王様の前に駆け込んできた。
目を開けると、そこには片膝を付き、魔王様に頭を垂れる犬?
いや、犬魔人とでもいうべきか。
とにかく、革鎧を着用した柴犬頭の小柄な剣士が、激しく尻尾を振っていた。
「遅いぞシバン」
「ハハッ、申し訳ございませぬ、散歩中であったもので……」
「……まあよい、シバンよ、そちに護衛を命ずる」
「ハハーッ、して、どちらのお方を……」
シバンは舌を出したままキョロキョロしている。
「コモリよ、こう見えてシバンは魔王軍四魔将が一角、勇猛誠忠と名高い犬魔族の中でも最狂と名高い剣魔じゃ。安心して探索に励むと良い」
「なるほど、こちらのコモリ殿をお守りすればよろしいのですね!」
キラキラした眼で僕を見てくるシバン。
めっちゃ嬉しそう……。
「ど、どうも、コモリと言います。シバンさん、よろしくお願いします」
「お任せくださいコモリ殿! この命に代えても御身をお守りいたしますっ!」
シバンはパタパタと尻尾を振りながら、胸に手を当てて礼を執る。
「ありがとうございます、あ、でも、もっと気楽に接していただけると嬉しいです」
「……ウ」
シバンが困り顔で魔王様の方をちらっと盗み見る。
どうやら顔色を窺っているようだ。
「コモリが良いのなら構わん。ただ、失礼の無いようにするのじゃぞ?」
「ハハッ!」
静かに成り行きを見守っていたアガレスさんが咳払いをした。
「えー、では魔王様、早速ですがコモリ殿には探索を開始していただきましょう。我らに残された時間はあまりにも少ないですからな……」
「うみゅ。では、コモリよ、何かあれば遠慮無くアガレスに申しつけよ」
「わかりました。まずは近場の状況を調べてみます」
「ゆくのじゃ! コモリ、そしてシバンよ! 悠久の時より目覚めし庭園から財宝を持ち帰るのじゃ!」
「ハハーッ!」
「いってまいります」
僕はシバンと眼を合わせて頷く。
目の前には開け放たれた鉄柵門。
果てしなく続く庭園に足を踏み入れる。
僕たちの長い冒険が始まった瞬間だった――。
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