すれ違い(こと視点)
「何か、何かないの!?」
ことは机に沢山の資料を広げてずっと悩んでいた。他の塾講師は全員とっくに帰っている。彼女は今日こそ何かアイデアを出すべくギリギリまで残るつもりだ。個人情報の漏洩を防ぐために、生徒の成績は塾外に持っていけない。なんとしてもここで案を浮かべなければならないと彼女は必死になっていた
「・・・・・・今日もダメか」
ここ最近毎日残って考えるがこれといった案は出ない。今日も同様だった
ことが悩んでいるのは一蘭の成績である。ここ2週間、彼の点数は伸びるどころか少しずつ下がっている。別に難易度を高くしている訳ではない。今までと同じ京帝大の過去問や対策模試を解いている。現段階でもほぼ確実に医学部合格は見えている。しかし、点数結果を偏差値と照らし合わせるとやや中央値に寄ってきた。一蘭の過去最高の成績はその年の首席合格者の得点より30点以上離れたものだ。しかし今の成績は合格者全体でも上位層程度にまで落ちていた
これに対して一蘭は全く気にしていない
一蘭は別に首席で通ろうとしている訳ではなく、合格を目標としている。過去に男性が医学部に入った例は多くある。しかし殆どが推薦試験、もしくは男性枠として入っている。それでもテレビに出演したり、特番が組まれていたりと騒がれている。しかし、完全実力主義の京帝大には男性枠など存在しない。これにより過去に男性が合格した者はいない。これで一蘭が史上初めて合格したとなれば様々なところで天才として扱われることは容易に想像できる。これこそが一蘭の今世の目標である
高い点数を目指しているのは、一蘭の完璧主義がでてしまっているだけだ。それに最近はゲームの称号集めの感覚で様々な資格や検定の勉強もしているため受験勉強ばかりしていた時に比べて下がることは当たり前かもしれない
『向かい風で後退する、後退し続けることもあるさ。努力を欠かさないことが大事。あと、受験勉強ばかりの人間でもつまらない。学ばなくていいものなんてないからね』
これが一蘭の今の気持ちである
一方のことは、一蘭を首席合格あわよくば満点合格に導こうとしていた。7歳児の今で合格圏内にいるのだ。塾講師の立場としてはそのくらいの夢をみるのも不思議ではない。講師からすれば自分の生徒は実績を産むための商品ともいえる。これは、学歴社会が産んだ状況であるため誰が悪いという話ではない。更に彼女は一蘭に心酔している。そのために視野が狭くなり一蘭の成績を上げることが彼のためになると勝手に思っていた。悪く言うと自分の考えを一蘭に押し付けていた
『このままでは一蘭ちゃんに見放されてしまう・・・・・・聞いて一蘭ちゃん! 実績を見れば分かるでしょう? 私以外であなたに付いていい講師なんていないの! だから私の元にいて? ・・・・・・でも、一蘭ちゃんはもう1人だけで勉強出来る。既に理系科目は一蘭ちゃんの方が理解が深いみたいだし・・・・・・あぁ』
完全に早とちりしてしまっている
・・・・・・
(今日も変わらない、か)
一蘭は今日も模試を解いた。結果は横ばい。その年の一位にはあと一歩届かないでいた
「ね、ねぇ一蘭ちゃん?」
「ん? 先生どうかしましたか?」
「あのね、最近の成績のことなんだけど。ちゃ、ちゃ、ちゃんt、ちゃんと・・・・・・」
(ダメ! これは言っちゃダメ! やめて頂戴! 誰か、誰か私の口を塞いで!)
『ちゃんと勉強しているか』
ことが今言いかけている言葉である。彼女は一蘭がサボるような子供ではない事をよく知っている。彼の努力は間近で見ている。にも関わらずこんなことを言いそうな自分を彼女は必死に堪えていた。しかし、
「ちゃんと勉強はしているかしら? ずっと成績が横ばいなのが心配なの」
押さえていた彼女の思いが溢れてしまった
(あぁ、もうダメだ・・・・・・私はなんて醜い女なんだろう。自分の実力不足を一蘭ちゃんのせいにしている。結局私は一蘭ちゃんより自分の実績の方を可愛がってしまった)
ことは自分自身に絶望し、幻滅した
(一蘭ちゃんの顔が見れない・・・・・・けやきのいった通りね。こんな性格の酷い私に一蘭ちゃんは高望み過ぎた。けやき、一蘭ちゃんの全てを信じ切れる貴方が羨ましいわ)
「ご、ごめんない一蘭ちゃん。私どうにかしてるわ。どうか最後の言葉は忘れt、いや忘れないで。醜くて酷い女だとして一蘭ちゃんの中でずっと覚えていてもらえるのならば・・・・・・一蘭ちゃん、今までありがとう。私はけやきと話をつけてくるわ」
ことはそう言って下の職員室へと向かった。この場から一刻も早く立ち去りたかった。あれほど好きだった一蘭の瞳を見ることが今は何よりも怖かった




