蠢
「いい? 絶対に私欲を出してはダメよ? あくまで客観的な事を書くの」
「はい! 軽さと耐久性、あとは肌触りなんかの画像だけでは分からない事を前面に出そうと思うのですがどうでしょうか?」
「素晴らしいと思うわ。けど後輩ちゃんのプロジェクトなんだから私に意見を聞くのはなしよ。私は顧問でも何でもなくて、ただ遊びに来ているんだから」
(((((やっぱり遊びに来ていたんだ・・・・・・)))))
後輩ちゃんの班内の人達全員が同じ事を思った
パソコンに向かって一生懸命仕事をしている後輩ちゃんの様子を観にきたけやきは、今日も最新のファッションやスイーツの情報を聞くだけ聞いて去っていった
後輩ちゃんのインターネットを媒体とした新たな広告業は広く認知されてきた。今では多くの企業が力を入れている。先日、後輩ちゃんはその先がけを作ったとして社内で表彰された
しかし、後輩ちゃんは表彰に満足していなかった
『けやきがブレーンとなって、自分は手足を動かしていただけです』
と言っても
『何を謙遜している。今回の表彰はその頑張りを評価されたんじゃないか! きみのテーマ選びの分析力が光ったんだよ』
と返されてしまった
後輩ちゃんがインターネット路線に変更したのは、けやきのアドバイスがあってのことである。後輩ちゃんは”ファーストペンギン”、”フロンティアスピリット”などと褒められるのは自分ではなくて、けやきであるべきだと思っている。更に・・・・・・
『”これ”を取り上げられたら私は何も出来なくなる』
けやきから誰にも見せるな、勝手に内容を触るなと言われて渡されたUSB・・・・・・その中には一蘭が組んだ対SNS完全特化型プログラミング言語が入っていた
これが、たった2人で一市場を築くレベルにまで持っていった要因、更に他社が全力で市場に参入する中、今もなお後輩ちゃんたった1人が独走状態である理由であった
後輩ちゃんからすれば『テーマ選びの分析力が・・・・・・』と言われるのは皮肉のように感じた。『逆に自分はテーマ選びしかしていない。それをこのプログラムに代入しているだけだ』と思ってしまう
しかし、完全に不満かと言われればそうではない。それは・・・・・・
ある日、後輩ちゃんはどうしても席を外さなければいけない用事ができた。後輩ちゃんはけやきに事情を伝えて、申し訳なさを感じながら書いていた途中のプログラミングを終わらせてくれないか、と頼んだ。そこでけやきから返ってきた言葉は・・・・・・
『え? 無理よ。大体そんな数字と記号だけの文章が言語だという時点でわたしにはもう無理だもの。逆にあなたはよく理解できて打ち込めるわね。一蘭が作ったものを理解できる人なんて中々いないからあなたはそれを誇っていいと思うわ』
たった7歳児の男の子が作ったことに疑いは持っていない。それはけやきの目を見れば分かる。しかし、けやきが息子が作ったものを理解していない事に驚いた。勉強して分かってしまえば、ここまで無駄のないプログラムで結果を出せない方がおかしいと思っていたからだった
『代わりに私が後輩ちゃんが呼ばれた方に向かうわ』
後輩ちゃんは元々勉強ができて、会社に入ってからも勉強姿勢を常にとっていた。彼女の今からまでの努力が報われた瞬間であった
それ以来、後輩ちゃんは自分のやっている事に少し自信を持てるようになった。けやきに誇っていいと言われたからだ。故に表彰という結果に対して完全に不満というわけではなかった
更に、インターネット路線に切り替えてから後輩ちゃんの周りの環境も変わった。女のマウントの取り合いが絶えないSNSで、商品の特徴と2、3行程度の感想しか書かない投稿は人気を博した。後輩ちゃんが経営している会社用アカウントは今やトップクラスの影響力を持っていた。社内の皆んなは、先程のけやきのように、後輩ちゃんに今の流行りを聞くようになっていた。周りから距離を取られていて寂しさを我慢していた後輩ちゃんにとってこの事は嬉しかった。初めは情報だけ聞いて去っていくだけだった人達も今では一緒に流行りのお店に行ったりするようになった
けやきが去った後、お昼休憩に入った人達の何人かは今日も後輩ちゃんとご飯を食べていた
・・・・・・そこに私欲に塗れたあるモノが近づいて行った




