仕事場(けやき視点)
けやきは、仕事が出来ない人間とはあまり関わらないようにしてきた。しかし、別に嫌いというわけではなかった。けやきが距離を取るのは、他人の仕事が流れてきて自分の時間を取られたくないからである
一蘭が生まれる前は誰かに縛られるのが苦痛で仕方なかった。一蘭が生まれてからは一蘭を縛り続けなければ不安に襲われるようになった。どちらにせよ自分の時間が他人のせいで減ることは許せなかった
しかし、仕事ができない人=嫌いとはならない。けやきが仕事には向き不向きがありそれだけで人の価値が決まるとは思っていないからである。それだけだとあまりにも簡単過ぎる。仕事で成果を出せるかどうかは少し考えればわかる事で、そこに善人も悪人も関係ない
実際、けやきは会社に入る前から自分が成功する事を分かっていた。けやきは中本家のパイプを活かせると分かっていてこの業界に入った。けやきは、出自と、要領の良さと、コネに対する批判の耐性を持っている。これで成功しない方がおかしかった
更にけやきは、彼女自身が思っていた以上に簡単に成功した。なぜなら元々中本家の門下生は全員、自主性と独創性を持っているからである。けやきがこの仕事でやっている事は2つだけである。一つ目は、自分の元に来る門下生の案と世間の流行りをすり合わせること。門下生が自主的に考えるモノは、時に独創性が過ぎる。けやきはそれを世間でウケる様に足し引きする。二つ目は、門下生と他の人の仲介役を担うこと。それは門下生同士であったり、パーティーで出会った人であったり、同僚が見つけてきた人材であったり様々である。
けやきは、事業の幹を作ってそれを中本家の門下生に育てさせる、もしくは外から協力を得て枝葉をつけさせる。やっている事はこれだけで、それで満足する収入を得ている
(暇ね)
けやきの仕事は、大まかな流れをつくるだけ。あとは、その道のプロ達にまかせる。つまり、スケジュールに被りがない日は会社に着いた瞬間に今日の仕事が終わっている
そんな日は、企業のヒアリングと称してランチやお茶をしに行ったり、中本家の門下生とのパイプを確保してくると言って、一蘭とデートできそうな場所の下見に行ったりしている。しかし、今日は大雨でとても外に出る気分にはなれなかった
けやきはスマホやパソコンはあまり弄らない。周りの印象が悪くなるのもあるが、仕事や親しい人との連絡以外に使う用途があまりないからだ。最近流行ってきたSNSは、全員が嘘をつく事にしか使っていないように思っている。また、一蘭の情報以外要らないし一蘭の情報を発信する事は絶対ないためやる必要がない
頑張って暇をしている様に見えない努力という虚しい行為をしていると、同僚に自分の名前を呼ばれた
(やる事なかったし、ちょうどいいわね)
「なに?」
「上からお前に。私の班の子の面倒を見て欲しいってさ」
「あんたが見ればいいじゃない」
けやきは同僚から告げられた内容に尤もな返答をした
「その・・・・・・頑張り屋ではあるんだが、ずっと空回りして周りが離れていってな。私も手伝いたいが班内の1人に構うと他から不満も出る。その点お前は自由に動ける。あと暇を持て余しているの案外バレているぞ」
「うそ!?」
「ある程度出世している奴にしかバレていないから反感を買っているわけではない」
出世すると当然その給料分の仕事量が増える。それなのにずっと定時帰宅を続けているけやきは出世しているものから見るとおかしい事は明らかだ。逆にそれ以外のものからは特に変わりがないように見えている
「分かったわ」
「・・・・・・いいのか?」
同僚は何の躊躇いもなく引き受けたけやきに疑問を持った
「仕事ができない人を嫌うのは、同じ様に仕事ができない同類だけよ。この会社で働いているっていう括りでは私達もその子と変わらないレベルってことよ」
「・・・・・・へー中本家の面倒見の良さは本当だったんだな」
正直同僚はその子の事を可哀想だと思っていた。可哀想とは上から評価しているゆえにでる言葉である。そんな自分も非難されたように感じて戯けた返事をして誤魔化した
「それに・・・・・・最近”あの寄生虫”が彷徨いてるらしいじゃない」
「そうらしいな」
「普通に不愉快だから新しい事をやって発散したいわ」
「なるほどね」
「じゃ、案内して」
「・・・・・・お前本当に仕事ないんだな」
けやきの言葉は、出勤時間から1時間も経っていないのに今日の仕事が終わっていることを意味していた。同僚はその言葉に面食らったが、自分の仕事は大量にある事を思い出してすぐにその子の元は案内した
・・・・・・
(なるほどね。まるで一生懸命を絵に描いたようね)
けやきは、目の前で泣きそうになりながら必死にプレゼンの資料を作っている子を見てそう思った
(素直そうでよかった)
けやきは、どこかズレているような感想を抱いてその子の方に歩いて行った
「あなた」
「!? はい!」
「ちょっと会議室2に来てくれる? 要らないけどパソコンと筆記具も持って。仕事してる様に見えるから」
けやきは今から仕事をする気はないと直で言った
・・・・・・
「私は中本けやき、隣の班の・・・・・・」
けやきは自分に役職がないことに今更気がついた。彼女が好き勝手動いてもらうには変な役職に就けない方がいいとの会社の判断だ
「まあ人生の先輩的な?」
「な、なるほど? はっ! 社内でけやきさんのお話はよく聞いております! 私の名前h」
「あ、名前はいいわ。私名前を覚えるのが苦手なの。何度も反復しないと覚えられないから重要な人物以外からは聞いてないわ。忘れられるとショックでしょう?」
「ぁ、はぃ」
「まあ無難に”後輩ちゃん”って呼ぶわ。よろしくね後輩ちゃん」
「・・・・・・」
自由の権化
後輩ちゃんはあまりにも一方的なその内容に何も言うことが出来なかった
「早速だけど・・・・・・」
2人の関係が始まりは何の前触れもない、まさににわか雨のようであった




