被害者家族
多忙
「殺す!」
「こら! かくら!」
かくらは目の前で頭を下げている人物に全力で襲いかかった。完全に怒りで我を失っていた。いや、感情を抑える必要なんてないと自分からリミッターを外した。しかし殺す気で殴りや蹴りを入れているのにびくともしないその人物に苛立ちが増していく・・・・・・
「止めないで! 逆にお母様も殺すの手伝ってよ!」
「全く危険がないものなんてこの世にはないのよ。一蘭も私達もそれは分かっているわ」
けやきは武術なんて使えなかったが、それでも止めるべく柳とかくらの間に入った
「勝手に私を含めないで! いつ私がいいと言ったの!?」
「かくら、貴方は一蘭と組み手をしているとき楽しいでしょう? それと同じで彼も楽しんでやっているの、それを取り上げるのは一蘭への思いやりじゃなくて貴方の我が儘よ?」
優しい声音とは反対に、ちとせはかくらを組み伏せていた
「お祖母様・・・・・・けど、だって、でも、お兄様が・・・・・・うわああああああああああん」
「先生が”大丈夫”だと仰っているのですから、少し落ち着きなさい」
柳の裏の事情を知っているちとせは彼の言う事を信じていた。嘘をついているようにも見えなかった
「お兄様をこのような目に合わせたやつの言うことなんて信用できません!」
「かくらは先生より役に立てるの?」
「それは・・・・・・」
かくらは柳の力量が見えなかった。それほど柳とかくらの実力差は大きかった
会話が途切れたその時、頭を下げている人物が口を開けた
「天地神明に誓って一蘭は”目を覚ます”。だからここはワシに任せて欲しい」
「・・・・・・明日までにお兄様が目を覚まさなかったら、今度は武器を持ってきて確実に殺す」
「ああ、腹を切るからそこの刀で介錯してくれると助かる」
「・・・・・・」
かくらは一旦の落ち着きを得た。しかし・・・・・・
「今晩はワシの屋敷で処置をとりたい、すまんが一蘭1人をここに置いて帰ってくれ」
「「な!」」
「先生! それはあんまりです。万が一のことがあったら・・・・・・」
「お母様、やはりコイツを殺してお兄様を家に連れ戻しましょう!」
「無理を言っているのは分かっておる。しかし、この事はどうしても譲れん」
「・・・・・・柳先生、私からもお願いします。この子達をせめて別室で待機させることくらいは許して下さい」
「む、ちとせちゃんまで・・・・・・」
「先生! どうして!? どうしてなのですか! 何か秘密があるのは分かっています、だけどそれはそんなに私達に都合の悪いものなのですか!? 私達が一蘭から離れることなんてあり得ません! 私達は一蘭と居るべきで、一蘭もまた私達と居るべきなんですよ!」
けやきも不満や不安がなかった訳ではない。しかし、激昂状態のかくらを必死になって止めている時に気持ちの整理ができた。言い方は悪いが、娘の振りをみて我が振りを直した
『訓練で少し無茶をした』
そう言われて目の前で”横になっている”一蘭を見たとき、頭が真っ白になった。急いで病院に連れて行こうとしたが、母から柳先生に任せた方がいいと止められた。けやきは柳の事を単なる護身術の先生だと思っている。この道場の評判の高さと母の勧めから一蘭を預ける事を決断したが、やはり柳を完全には信じきれていなかった。ここで一蘭を置いて自分達だけで帰れと言われた事で不満が爆発してしまった
「・・・・・・分かった、客室に案内しよう。ただし、容体が急変した時は必ず呼ぶが故それまでここには近づかないこと、近づいた時点で治療は止めにする。この事を約束できんのならばお前さん達には気絶して静かにしてもらうしかないの」
「・・・・・・分かりました」
「お母様!?」
「・・・・・・では、客室に案内しよう。先に言うが、一蘭を越してないお前が気配を消してもすぐに分かる。変な事を考えるなよ」
「このクソジジイ!」
「かくら、言う事を聞きましょう?」
“傷1つない”のに未だに目を覚さない一蘭を想いながら客室に案内されていった
「大丈夫よ、明日にはいつもの一蘭の笑顔が見れるわ。ただ一晩過ぎるのを待つだけじゃない。簡単でしょう?」
かくらにかけた言葉は、けやき自身に暗示させているようにも聞こえた




