58話 32階
土曜日。
今日も今日とてダンジョンに通う。
32階にきて配信を始める。
「今日は32階に挑みます」
3人が視聴中
『相変わらずペース早いな』
『頑張ってください』
周りは木が立ち並んだ森の中だ。夕方と夜の間の妙な薄暗さが少し不気味だ。辺りには風に揺られる葉っぱの音だけがハタハタと響く。
なんのモンスターとも遭遇せずに10分くらい森の中を進む。
「あっ、い━━」
咄嗟の状況で振り向くことしか出来なかった俺は、見つけたなにかに突進されて吹っ飛ばされる。
バウンドを繰り返して木々の間を抜けていく。数10m吹っ飛ばされてようやく止まった。何とか怪我も無く初撃を凌いだ。
とにかく考えずにとりあえず立ち上がって防御体勢を取る。俺の角の索敵範囲は300m以上400m未満だ。角の探知になにかが引っかかったのを認識した瞬間、俺に突っ込んできた。俺にできたのは振り向くことだけだった。
防御も間に合わずに吹っ飛ばされた。多分音速に近い速さを持ってると思う。探知から突っ込まれるまで多分1秒も無かったからな。今のが最速ならマッハ1程度だろう。
金棒を持ってさらに4本の金棒を4方向に配置する。
目を閉じて無駄な情報を入れないようにして待つ。あのモンスターは未だに俺がさっき居たところで止まってる。
見る限りでは体長2m程のホワイトタイガーに1番近い。白を基調とした体毛に、黒のラインがいくつも入っている。決定的に違うのが手足にわたあめのような白いモクモクとした物を纏っているところで今も宙に浮いてる。
俺がトラに一歩近づいた瞬間、動き出した。前に配置してた金棒を突き上げトラのお腹を貫こうとしたがすんでのところで躱された。
(嘘だろ!)
すぐさま左右の金棒を引き寄せて突っ込ませるが全て空振りに終わる。
突進される直前に何とか金棒を間に入れて防ぐ。
(ぐっ)
トラの追撃に何とか金棒を間に合わせて防御する。これじゃあ防戦一方だな。空中をまるで地面の上かのように動き回るトラに翻弄される。金棒が突き刺さる直前の方向転換で躱されてスピードを落とすことなく近づいてくる。角で見てるおかげでなんとか体が反応できてる。
空中を制する者が世界を制する。聞いた事あるような無いような浅い言葉のような。そんな言葉を頼りに次の作戦に移る。
兼ねてより訓練していたとある移動方法。もっと後まで取っておきたかったが仕方がない。
横向きに金棒を出してその上に足を乗せる。そのまま金棒を動かすと俺は空に旅立つ。森を抜けて広々とした空に出た。
サーファーが波に乗るように俺は風に乗る。実際は風なんて関係ない。自分で動かしてるから前後左右上下どこへでも移動可能だ。最初はバランスを取るのが難しかったが慣れれば案外いける。
そう、俺はついに空中戦をできるようになった。金棒1本でよくここまで来たよ。地面を壊し続けたからね、今度は空を壊すぜ。
地上のトラにやり投げをする。容易く避けるとトラも同様に駆け上がってくる。金棒での移動は自力の移動よりも速い。このトラにも速さで負けることはきっと無い。
すぐさまトラの猛攻が始まる。四方八方からくる突進をいなして躱す。見える見えてるよ〜。
ただし、まだ俺の攻撃が1回も当たってない。これは深刻な問題だ。いくら攻撃力があってもそれが当たらなければ意味が無い。
野球でバッターがいくらとんでもない飛距離の打球を飛ばしてもファールゾーンなら意味は無いし、サッカーならいくら突破力があってもシュートが打てなきゃ意味が無い、そんな感じだ。
トラが休みなくこんなに攻めてくるのも俺の攻撃を脅威と感じてないからだと思う。
ここは発想の転換が必要だ。攻撃が当たらないなら当てさせればいい。単純明解、俺は攻撃をせずに攻撃をする。
金棒の形を弄りまくって出す。調べたところ意外と自由に形を変えられた。できたんだからやったんだ、俺は悪くない。頭、腕、脚、胴に付ける。トゲトゲ付きの鎧の完成だ。
名付けて、
「イミタッツィオーネ・アルマトゥーラ。偽りの鎧」
この鎧が防御を攻撃に変える。赤黒い鎧が俺を包む。
この時の武器は自分の拳だ。だから金棒を振るうよりも素早い動きが可能になる。トラのスピードに対応出来るかがポイントだ。展開していた金棒を消して集中する。
トラの動き出しを見てそれに反応する。前方に拳を突き出すとトラの頭にぶつかって両者飛んでいく。俺の拳には確かな感触が残ってる。少し遅れたかな、あとワンテンポ速ければトラだけが吹っ飛んでたと思う。
両者空中で立て直して構える。
(前!右、左!後ろ!!)
(ぐわぁっ!)
トラのステップに翻弄されて背中に突進をくらった。続けて左、右と連撃をくらって体勢を整えられずに地面に落ちた。
(ズゥン!)
「くっそー!」
その後も予想を超える動きで翻弄されて俺はゴムボールのように飛ばされていく。
くっ、最初以外直線的な動きが無くなって反応が遅れる。たまに読みが当たるけどそれはまぐれあたりで大したダメージにもならない。
地面に叩きつけられたのは何度目かわからない。寝っ転がって空を見ると、上からトラが突っ込んでくる。
(ぐふぁっ!)
跳ね上げられる手足がトラの体に触れる。一瞬だけ触れるともうそこにトラはいない。
こんな時に冴えてしまう俺の頭脳の罪は重い。トラの余命は残り僅かだ。閃いてしまったパーフェクトプラン。
寝っ転がりながら両手を広げてトラの突進を待つ。
痺れを切らして再び飛んでくるトラは俺のお腹に突進する。この一瞬を逃さない。
(どぅっ)
突進に耐えながら、両手を構えて両拳を合わせるようにそこに未だにあるトラの頭を殴り潰す。
「バスクスマッシュ!!」
(グリュゥ!!)
お腹の上でトラの頭が弾け飛び、俺の両拳が合わさる。
(ガチィン!)
突進後の一瞬の硬直、再び飛ぶまでに一瞬のラグがあった。俺にとってこれが唯一割り込める隙だった。
強かった、でも完勝だな。大きな怪我も無く倒せた。
「疲れたー。こんなに殴られたの久々だわ」
『乙。全然触れなかったな』
『お疲れ様です。ナイスです』
魔石とかもろもろ頂く。ちなみに手足に纏わり付いてるわたあめは触れなかった。
お昼を食べてからまた戻ってきて、狩り続けた。効率的な狩り方を見つけたからウハウハだ。




