52話 29階
今回はちょっぴり長いです。
日曜日。
ついに来てしまったか、29階に挑む日が。眠れない夜が明けて、いつも通り食パンを2枚食べてからギルドに行く。更衣室で昨日買った服に着替える。
俺の服装だが、まずはいつも通りのスカーフに白いパーカーと赤色の短パンにした。動きやすさと見えやすさ重視だ。長ズボンだと、動きに制限がかかるから、苦渋の決断で短パンにした。
白パーカーは特に意味は無い。白は目立つかなと思ったからだ。
ダン証をかざして黒渦に入る。
ゴツゴツとした岩が立ち並ぶ。どうやら谷っぽい。この階のモンスターはヒュドラだ。9つの頭を持っていて毒を吐く。水魔法を操って毒を撒き散らす。と言われている。
カメラの録画ボタンを押す。
(ピッ)
赤く点滅したのを確認して、液晶パネルに映った映像を観てみると、前に観た配信画面と同じようになってた。ちゃんと顔にモザイクも入ってる。
(よしっ)
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大竹。
配信タイトル 29階
1人が視聴中
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なんかもう1人観てる人いるし。とりあえず説明だけはしとくか。歩きながら喋ろう。
「はじめまして大竹。(おおたけまる)です。初めて配信をするけど、実況とかするつもりはないです。映像を残す片手間で配信してるのでそこはご了承下さい。今は29階に来てます。29階に来るのは今日が初めてなのでゆっくり行きます。
こんな感じでいいかな。もう喋ることないしいいか」
ゴツゴツした岩場を進んでいく。静かすぎて風の音が妙に大きく感じる。
「ヒュドラってどんくらい強いのかな。あれっ、宝箱落ちてる。こういう感じのもあるんだ。てっきりモンスター倒したら出てくるのかと思ってた」
岩の影に小さな宝箱が落ちてた。
しゃがみこんで開けてみると1本の瓶が入ってて、その中に青色の液体が入ってた。
「これポーション?ラッキーなんだけど」
ポーションっぽいやつをカバンにしまって先に進む。
「あっ、いたなぁ」
角の探知に1体のヒュドラが引っかかった
「でけーなぁ。やっぱり10mくらいか」
まだまだ先にいて目視では確認できないけど。気を引き締めて進む。
3分後。
「もうすぐですね」
もう敬語とタメ口が混ざりすぎてどっちで喋ればいいかわからなくなってきた。
「先制攻撃するか」
岩を登って横道に逸れながら近づく。ついに視界に入ったヒュドラ。
「デカすぎるよ」
『頑張れ!』
ふぅ。ヒュドラはまだ俺に気付いてない。金棒を出してヒュドラの体に突っ込む。
(シュッ!!)
が、体にたどり着く前に、1つの頭に見つかってすかさず頭が伸びてくる。
空中で無理やり体の向きを変えて金棒で受け止めると俺は飛ばされた。岩に着地して追撃に備える。9つの頭がこっちを向く。ふはっ!爽快だぜ。
ヒュドラは俺を値踏みするように上からじっくりと覗き込む。コカトリスと違って口は閉じてるから無闇矢鱈に毒を振り撒くことは無いか。
18個の鋭い眼孔に睨まれる。俺は細長い金棒を出してやり投げの要領で思いっきりヒュドラの頭の1つに投げ込むと、顎下から頭頂部を貫通した。
(シュパンッ!)
俺の力でもいけるのか。そこまで力の差は無いみたいだな。頭を貫かれた首は力なく落ちていった。
(ズドン!)
土煙が晴れると既に再生したのか首が立ち上がる。
「再生はやっ!」
痺れを切らしたのかいくつもの頭が突っ込んできた。このスピードなら対処可能だな。俺がさっきまで立ってた岩は粉々に崩れた後ヒュドラの毒に溶かされた。
(ジュワッ)
「また、持久戦になりそうだ」
いつまで再生できるのか、限界があればいいけど、無いと厳しいな。同時に9つの頭を潰すのはできるか?
小手調べで1回本気で殴りたいな。どれくらい効くかどうか。
受けの姿勢で行くか。突っ込んできたところにかまそうかな。攻撃がくるまで金棒を投げまくる。
(シュッ、パンッ、シュッパンッ)
意外と柔らかいな。傷が小さいからか再生が早い。3つの頭が突っ込んでくる。んー、難しいな。思いっきり殴れる余裕が無い。
やっぱり攻めた方がいいかな。
どうにか体に跳び移りたい。
金棒を投げまくって数を減らす。4つ目の頭が落ちたタイミングで跳ぶ。
1つの頭を残して、4つの頭が伸びてくる。方向さえ間違えなければ大丈夫だ。受ける頭を決めてそれ以外の頭を受け流す。
(シュッシュッシュッ、ズバンッ!)
上手くいったか?飛ばされた場所を確認するとヒュドラの足下だった。
すぐに金棒を握り直してフルスイングをする。
(ジュバンッ!!)
ヒュドラの後ろの右足が吹っ飛び体勢を崩して地面に倒れる。
(ズドン)
「よし!」
かなり柔らかいぞ。ここから足の再生との時間勝負だ。
倒れながらも攻撃を辞めないヒュドラ。いい根性してるぜ。
だが自分の体が邪魔してるせいで頭の攻撃に威力は無い。カウンターで頭を潰していく。
なんだ?ヒュドラの攻撃が止まった。好機だと思ってフルパワーで叩き込む。
「なっ!」
突如頭上に影が広がる。いつ攻撃が来てもいいように準備してたがこれは予想外。
俺の頭上に巨大な水滴が落ちてきた。水滴と言っていいのか、直径3m程の水の塊が落ちてきた。すぐに攻撃をやめて金棒を消して全力で跳び退く。
もちろん見えてたからくらうことは無いけど、あれをくらったら終わりだ。情報を聞いてて良かった。
水の塊が落ちたところにはポッカリと地面がえぐれていた。
防御不可能の猛毒を含んだ水の塊。当たれば全身が溶けて終わりだ。
「んー、どうしよ」
攻め続けるか?回避しながらだと一生終わらない気がするぜ。
手を休めたら終わりだな。
覚悟を決めるぜ!
「まだ誰か観てるかな?とりあえず、キリが無いのでとにかく攻め続けてみます。これでダメなら諦めます。コカトリスと特訓して出直します」
とりあえず説明してからヒュドラに跳び込む。
突っ込んでくる頭を叩く。叩く。モグラ叩きの要領で叩きまくる。それから体の下に入り込んで前足を殴り飛ばす。再生した頭がひたすら俺を食べようと突っ込んでくる。やっぱり同時に来られるとキツい。
それに今度は本気なのか口を開けて毒を振り撒きながらくる。金棒が毒に溶かされる度に新しい金棒に変えて受け切る。その間も攻撃は止めない。攻撃が止んで予想通りの水の塊が落ちてくる。避けてる暇は無い。
「どりゃあっ!せいっ!ぐぁあ!」
ギリギリまで攻撃を続けて少しでもヒュドラの体を削る。そして水の塊が頭上ギリギリまで迫ってきたところで一か八かの作戦にでる。
しゃがみこんで金棒を上に突き出す。そして力を足に溜め込んで瞬間解放。真上に跳んで水の塊に突っ込む。一点突破!金棒を盾に水の中を突き進む。毒によって溶かされていく金棒。水の終わりまであと10cm!
(じゅっ)
「ぐわぁっ!」
耐えた。金棒は残り数cmで握るところは残らなかった。
落下を利用して背中に金棒を叩きつける。
(ドブジャァッ!!)
ヒュドラの体が大きく跳ねる。
「クシャァァァ!!」
初めてヒュドラの叫び声を聞いた。蛇っぽいな。
というか痛みはちゃんとあるのか。なら限界もありそうだけど。
ヒュドラの首を殴って根元から吹き飛ばす。
(バジョッ!プシッ!)
暴れるヒュドラの頭が毒を振り撒く。金棒で弾き飛ばすが飛沫がかかる。既にボロボロの昨日買ったばかりの新品の服達。パーカーは穴が空きまくってる。
この野郎!よくもやってくれたな!俺の怒りをぶつけてやるぜ。
毒飛沫を浴びながらもう何度目かのヒュドラの頭を殴り飛ばす。
数十回と受けた水の塊で体はボロボロだ。右腕はもう肩から先が無いし右足の太ももも大分溶かされてる。
あとはギリギリ力が入る左腕。
「かはっ」
視界は既にぐちゃぐちゃで角に頼りきってる。
これだけやり合って、ヒュドラはおそらく万全だ。体力面はわからないが、見た目は開始前と変わらない。
「ふはっ!」
思わず笑いが込み上げる、この理不尽、不条理。この世に無常は無いんじゃなかったのか?常在を体現するヒュドラ。
対して片腕を失ってボロボロで立ってるのがやっとな俺。
こんな戦いを待ってたんだ。
「キヒッ」
もっと、やろうぜぇ!なぁ!
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3人が視聴中
『今北なにこれ』
『29階で既にヒュドラと5時間戦ってます』
『はぁ?パーティー他全滅?』
『彼はソロです』
『ヤバ。無謀すぎて草』
『2時間前からこの状態ですよ』
『キショ。てかグロすぎだろ。まだ子供じゃん。配信で調子乗った感じ?』
『元々ソロで今日29階が初めてって言ってました』
『なんか笑ってるし恐怖で頭おかしくなったんか。かわいそ。顔モザイク入ってるけど武器が特殊すぎて身バレしそうで草』
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もう頭に血がいってないんじゃない?何も考えられない。この状態が気持ちよすぎてやばい。1度体験したら忘れられないぜ。
降ってくる水の塊。もうそれは効かない。水の塊に向かって金棒を投げつける。貫通していく金棒。金棒によって空けられた穴によって俺は回避する必要も無い。水の塊が落ちた時、俺が立ってる地面だけが残り、周りの地面はえぐれてる。
地面がまるで巨大なドーナツの型取りみたいになってる。
ヒュドラの背中に跳び乗って金棒を叩きつけようとしたが、金棒が手から抜けてった。ジャンプして金棒の先に足を乗っけて下にあるヒュドラの首に押し込む。
(グシャッ)
切り離されたヒュドラの首が地面に落ちる。
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『狂ってて草』
『今の対応凄いですね』
『ダンジョン配信じゃなくてもうグロ配信で草』
『勝負着きますかね』
『ここまでやったらむしろ好きだわ。狂人すぎる』
『これは異常ですよね』
『初配信がこれはおもろい』
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もう、体の感覚無いんだけど。どうすればいいんだ?始まってから何分経ったかな。1時間くらい?
腕時計を付けてた右腕ごとどっかいったし、スマホいじる暇無いし。
ヒュドラの頭が突っ込んできた。
ふっ、見え見えだぜ。疲れたのか?余裕を持って金棒で受け止めると吹き飛ばされた。
(ジョゴォォォン!!)
「ごへっ」
「あ、頭がどこ?あ、あった。付ていた。」
体がもう、動かないぞ。だって傍に落ちてる金棒を拾うことすらできない。
「ふん、ほっ、こぁ、」
取れない。動かない。感覚ない。
「あっ、右腕無いんだった。やべぇ、これダメかも」
あっ、こんな状態でも魔力は動かせる。
いじいじ。
「ふふっ」
楽しいなぁ。魔力動かすの。
こうして。こうして。こうすれば。っと。
「おおー、出来た!ハンマーヘッドシャーク型の金棒。ふへへっ、あれ?じゃあこうすれば。
よし!2つ目!……9つ目出来た!
こ〜れを空〜に泳がせると〜水族館〜ので〜きあ〜がり〜」
「あははははっ」
飛び回る金棒が周りの岩を砕く。
「行っけー!いけー!ハンマーヘッドシャーク!ヒュドラを攻撃だ〜!」
9本の金棒が高速でヒュドラに迫る。頭で叩き落とそうとするがひょいひょいと金棒が躱していく。
「行けー!躱せ!そこ!とりゃ!」
そして9本の金棒が一撃で9つの首を断つ。
あまりにもあっけない幕切れに。
「え〜よわ〜い、つまんないよ〜。もっとあそびたかったのに〜」
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『ハイオワタ』
『これはまずいですね』
『メガネ無いメガネ無いの、頭バージョン初めて見た草』
『イッちゃってるの自覚してて草』
『はぁ、何してんの』
『急に今までの能力と変わりましたね』
『能力の成長ここで来るの草』
『本人自覚してないだろこれ』
『能力の成長は基本無意識のうちになることが多いですからね』
『遊んでるだろこれ』
『か、かわいい』
『今まで2本しか出してなかったよな』
『これで9本目ですね』
『相変わらずのパワーで岩が可哀想』
『スピードもパワーも申し分ないですね。ただちゃんと操れればですけど』
『は?今の見えてないだろ。どうなってんの』
『多分結構前からこれ目が見えてませんね。何かしらの能力で補足してますよ』
『あ、終わった』
『終わりましたね』
『あっさり終わったな』
『戦いなんてそんなものですよ』
『ヤバイやつ見つけちゃったよ。チャンネル登録しとこ』
『私は既に登録済みです』
『ただ、これ怪我やばいよな。終わりかな』
『いえ、戦う前にポーション拾ってたので治りますよ』
『マジかよ。下層以外ではほとんど出ないんだよな』
『はい。稀ですね』
『これが1VS1で出る血の量か。地面赤黒すぎて草』
『ヒュドラは特に大きいですからね血の量も多いです』
『あっ、立った』
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あれ?死んでる。
さっきので倒したのか。ヒュドラに近づくと9本の金棒が地面に刺さってた。そうか、能力が成長したのか。おかげさまです。
金棒を消して、ヒュドラのお腹を捌く。
大きな魔石と胃袋の中から宝箱が出てきた。こいつ宝箱食べたのか。宝箱はよく溶けなかったな。
開けてみるとまたもやポーション。
あっ、飲んどこ!
(ごくごく)
体から腕が生えてくる。そして全身の傷が無くなった。ふぅ、一安心。
さてと帰るか。
「あっ、配信してたんだ。うわっ、3人も観てるじゃん。コメントもすごいしてる。えーっとえっ!6時間も経ってる!嘘でしょ。てっきり1時間くらいかと思ってた。お腹空いてきたな。あっ、サボテンさんとマッハ9さん観てくれてありがとうございます。あと1人は名前わからないな」
『お疲れ様です。ヒュドラどうでした?』
「おっ、なんか来た。ヒュドラねー、良かったですね。いい感じの強さで楽しめました!」
『やっぱり頭おかしいわ』
「ん?そうですかね。言われ慣れてないので反応に困りますね」
『草』
「草?草ってなに!もうギルドに着くので今回の配信は終わります。ありがとうございました」
『乙。狂人の誕生だな』
『お疲れ様です』
配信を止めてギルドに戻る。めっちゃ視線感じるんだけど、完全に服のせいだわ。右袖全損だし、穴空きまくりだし。今日はもう帰ろう。更衣室でシャワーを浴びて家に戻った。
疲れたなぁ。でも楽しかった、しかも金棒9本出したし。




