12話 負けられない相手
ギリギリ間に合ってよかったです。
おそくなりました。
開始の合図と同時に、最短距離を全速力で走り清麻呂に接近する。
2秒弱かかるが清麻呂が何かする前に仕掛ける。
あと1歩で俺の射程範囲に入るところで清麻呂が初めて動きを見せる。
清麻呂が後ろに跳ぶと同時にその背後から蔦が左右に別れて俺に向かってきた。
すぐに棍棒を手元に出し清麻呂に、向かって放り投げる。
避けられることは想定内だ。
避ける体勢になったことを確認してから棍棒を消す。すぐに棍棒を手元に出して左右からくる蔦を棍棒で絡めとる。
棍棒を手放して、清麻呂に向かって走る。
射程範囲に入ってすぐ振りかぶってから棍棒を消して再度手元に出す。
そして、そのまま振り下ろ…せなかった。
全身を蔦で締め付けられてて、身動きが取れなかった。
手のひらの上で踊らされてたんだろう。
清麻呂の周りには多種多様な植物がうごめいている。
「これ、俺に勝ち目ないよね」
「まぁ、戦闘訓練だから。相性最悪な相手をどう対処しようかってね」
「ホントだよ、手数は多いし、蔦は切れないし何もできないよ」
「いや、でもその出し入れ便利だな。1本しか出せないのがちょっと残念だけど」
「大丈夫?痛いところとかない?私が治してあげるよ」
「大丈夫だよ。平は回復系なんだね、めちゃくちゃ優秀じゃん」
「そうでもないよ、欠損部位を治すことは出来ないから、治せたらもっとみんなの役にたてるんだけどね。
戦闘では何も出来ないから」
「でも、治してもらえるから多少の無理ができるんじゃない?」
「そうだな、俺なんか何回もお世話になってるし、いるのといないのとじゃ全然違うぜ」
「ほら、清麻呂もこう言ってる」
「お前、今俺の事清麻呂って呼んだか?」
「あれ、ダメだった?」
「いや、いつも俺の名前は古臭いとバカにされてたし、周りも自然と苗字で呼んでるから、いきなり名前を呼ばれてびっくりしたんだ。高校だとこの部の人達にしか呼ばれてなかったからな」
そうなのか、かっこよさの中に可愛さがあるんだけどな。
「そうなの?かっこいい名前じゃん。
そういえば俺も昔、名前が変だって言われたことあるな。むしろかっこよさがあるんだけどね、みんなにはわからないみたい」
小学生の時はよく言われたな。
「俺もこの名前気に入ってんだ。かっこよさの中に可愛さも存在してるんだ。
これに気づいた時、親のセンスに思わず息を飲んだぜ。
"村丸"確かに荘厳な雰囲気の中に儚さを感じるいい名前だな」
この男と仲良くなるのは運命なのかもしれない。
「だろ!俺もそう思ってた」
「話が合うな」
こいつにだけは負けられない。
「ふっ、再戦だ!負けっぱなしは性に合わない」
「何回やろうが結果は変わらぬぞ」
「挑戦することに意味がある。ってね」
「ほざけ!小童が!」
「いざ、尋常に勝負!」
「おう!」
独自の世界に、清麻呂が入ってくる。
「えー、なにこれ」
平をおいてけぼりにして、俺たちは再び戦う。
その後何回か戦ったが結果が変わることはなかった。
最初どれだけ手加減したのか改めて分からされた。縦横無尽に空中をうごめく植物たちに為す術なくやられてしまった。
際限なく襲ってくる植物。棍棒でちぎっても伸びてくる、悪魔の触手だ。
最後の1戦で、清麻呂の本来の戦い方をみせてもらった。
植物が持つ特性、を利用したコンビネーションを見せてもらった。
拘束してからの有毒植物を使うことですぐに殺せる最強コンポだ、恐ろしい。
俺はいつか清麻呂に勝てる時がくるだろうか。
ダンジョン組が戻ってきて、戦闘訓練は終わった。
この後はお風呂に入ってから食事になる。
この学校の合宿所には銭湯があるという。
清麻呂と一緒に用意された着替えと荷物を持ってお風呂場に行く。合宿所の1階の角に青と赤ののれんがあって、それぞれ男と女と書いてあった。
のれんをはらって中に入るそこには全体が木造の脱衣所だった。それぞれカゴに服を脱ぎ捨てタオル1枚持って、両開きの透明なドアを開けて中に入る。
中は湯気が立ち込んで、物の輪郭をぼやけさせる。
手前には体を洗うためのシャワーに椅子が並んで、奥には大きな湯船があった。
中からお湯が溢れてるのがわかる。
まずは体を綺麗にして、鬱陶しい髪をかきあげて湯船に足を入れる。
途端、足先から頭のてっぺんまで刺激が走る。
足がとろけてその場に体を下ろして、肩まで浸かる。
途端、脳がとろけて、至福の時を過ごす。
隣に清麻呂が来て意識が戻る。
これが温泉の力なのか、人を桃源郷に連れていく。さっきまでの戦闘と対極にある存在。湯船全体に体が広がり全てを受け入れる広い心を得た気分だ。
「ちょっとやばい世界に行ってたんだけど」
「まぁ、ここは特別だな。先生が取ってきたポーションをふんだんに使ってるから色々相乗効果で心身共に効くんだよ」
「まじか!贅沢だな。
ポーションて一流の探索者でも滅多に取れないって聞いてるけど」
「どうやら下層には結構あるみたい。ホントあの人はお金に困ってないから、やることが一々常識外なんだ。
まぁ、だから下層で活動できるのかもな」
「聞いたことあるけど、頭のネジが外れた者だけが行ける場所、それが下層だって」
「先生の友達に会ったけど、そんな感じだったぞ」
「やべぇな、俺には無理かもな」
「そうだな、俺たちは常識人だから」
「俺もう上がるけど、清麻呂は?」
「俺も上がるぜ」
他愛もない話をして、30分くらいで上がることにした。
ドライヤーで髪を乾かしてると、隣では既に髪が逆立ってた。
「あれ、ワックスとかじゃないんだ」
「そうだぜ、乾かした髪から立っていくんだ。全部立ったら終わりの合図だぜ」
「すごいな」
便利な機能だな。
それから浴衣に着替えて大部屋に戻る。
部屋の窓が空いていて夜風が部屋に入ってくる。
畳に座って扇風機の風に当たってた。
ホワヮーーー、
しばらくして女子組がお風呂上がりのようで浴衣を着て、帰ってきた。
全員ホカホカとしている。
10分後、先輩男子組も帰ってきて、先生たちも揃う。
それから大きなテーブルに食事が運ばれてくる。女将さんみたいな人が食事を運んでいて、聞いてみると出張サービスなんだとか。
全部佐野先生が用意してくれたようだ。
和食が用意されてみんなが席に着き、暗舞高校の部長が立つ。
「えー、お疲れ様です。
1日目無事に終わりました。今日の疲れをしっかり取って明日も頑張りましょう。今日よりも大変です。協力して乗り切りましょう!それではいただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
天ぷら、味噌汁、漬物、揚げ物、お米、
お腹いっぱいになるまで食事を堪能した。
男女で別れた大部屋には布団が敷かれてあとは寝るだけだった。
就寝前、当然枕投げは行われた。
勝者は唯一の3年生の原田部長だ。
圧倒的すぎて1回戦以降は能力の禁止が全開一致で決まった。
それでも原田部長が大人気なく勝ちをかっさらっていった。
途中、原田先輩対全員という形になったが勝つことは出来なかった。
この伝統ある、合同合宿恒例枕投げで、歴史上唯一の2年半無敗の男。
それが暗舞高校3年ダンジョン部部長 原田直人
日本の現高校生最強の男。到達階29階。
っていうのを寝る前に聞いて驚いた。
髪は七三で眼鏡かけて、地味めだけどまとめ役の人が高校最強とは、キャラ盛りすぎでは?
22時30分にみんな就寝した。




