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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

漁火

作者: あのにむ太郎

ー昔々、人間に恋をした人魚がいました。


2人は愛し合っていましたが、街の人々は人魚を気味悪がり受け入れませんでした。


悲しみ嘆く2人でしたが、そこに優しい魔法使いが現れて、人魚に人間の身体を与えたのです。


そして2人はいつまでも幸せに暮らしました。






「…っていうのがこの街で伝わってる人魚伝説なんだけれど、やっぱり知らないんだね」


天井に視線を向けて記憶を手繰り寄せるように話を紡ぐ男の先には


「海の方では聞かなかったよぉ?」


下半身の無い人魚がソファに腰を下ろしていた。


「てかそんな話があったとしたら、コッチじゃ気色悪がられるだろうねぇ。ま、オレは魔法なんて無くても大好きなセンセーがなんとかしてくれたんだけど!」


「…人魚伝説の方は五体満足な人間の身体を手に入れたんだよ、それに比べたら…」


ー彼はフレデリック・ベル。


俺が手術を行い、下半身や水掻きを切除した人魚ま。


フレデリックは


「貴方に一目惚れした」

「人間に近付きたいから手術をしてほしい」


と、外科医の俺にせがみこのような姿になった。


「じゃあそろそろ出るから。あんまり外出歩くと危ないから、程々にしてね」


ウィリアム・ブラウンと書かれたネームプレートを付け、病院に向かう。


「おっけー、センセーも気を付けてねぇ~!」






玄関を出て病院に向かうと、街の人々が怪訝な顔をしてこちらを見る。


「…あぁ、ウィリアムだ」


「今日も随分顔色が悪いな、やっぱり人魚に生気を吸いとられてるんだ…」


ー…あんな伝承が残っているが、この街の人々は大層人魚を気味悪がっている。


人魚が身近な存在となり文明も発達した分、人間は人魚を襲い捕まえて肉にしたり観賞用に売りはじめ、人魚もそれに応じるように人を嫌い狂暴になった。


きっとあの伝承も嘘なのだろう。


魔法なんて無いし、種族の違うもの同士が幸せに結ばれる事も無いのだと思う。


だが、そう言うと決まってフレデリックは


「魔法も愛も、センセーが見たことないだけだよ。オレは両方持ってるもん」


と言う。


…人魚は案外ロマンチストなのかもしれない。






小さな田舎町なのでそこまで患者もおらず、昼休みは普通に休憩できる。


軽く食事をとろうとしたところで後ろから声をかけられた。


「…ブラウン先生」


「はい」


振り返ると険しい表情をした看護師がいた。


「人魚に手術を施し海に戻れないようにして一緒に暮らしているというのは本当なんですか」


真っ直ぐで、それでいて怒りの滲んだ視線が突き刺さった。


「人魚から自由を奪い陸で生活させるなんて本来の生き方じゃないんですよ。

私、人魚の保護活動のボランティアもしてるんです。

そこで色々聞きました、人魚の肉を使って不死の薬を作ろうとしているんじゃないかとか、観賞用にとか、他にも…」


「彼が、」


無責任な言い分かもしれないと思いながら


「彼がそう生きたいと願いました」


とハッキリと言った。


「…この国では安楽死が認められていませんが、安楽死を望む患者に先生はその措置をとるんですか…!」


「それでその人魚は幸せなんですか!」


「…」


看護師は背中を向けて立ち去った


ー幸せか、…






ーオレは、心底この姿が気持ち悪いと思う。


人間は、尾びれ背びれ胸びれなんてはえてないし、水掻きもない。


爪は柔らくて薄っぺらく、まん丸でつぶつぶ。


おへそが1つ、足が2つ。


歯はギザギザじゃなくてもっと平らで、耳もなんだかくるくるしてる。


全身がやわこくてあったかい。


初めて見た生きてる人間がセンセーだった。


海で見た事のある人間は、骨だけになってるかブヨブヨに膨れてるのだけだったけれど、生きてる人間はこんなにかわいいんだって思った。


それがオレの初めての恋。






車椅子で街を散歩していると


「…あれ」


ー知ってる奴の匂いがする。海にいた時の知り合いだ。


名前は…マックスだっけ?一々覚えてないけど、タイの人魚?だったかな。


あいつも陸に上がりたいって言ってたな。


良かったねぇ、こっちこれたんだ。


匂いを辿って道を行くと、そこには魚屋があり人魚の肉が売られていた


「タイの人魚が入ったよー!味も良いし健康にも良い!人間部分と人魚部分の2つの部位を味わえる“ハンミ”まだあるよ!」


彼は


「人間は優しく争いを好まない生き物なんだ。自分はこの海の世界で生きるのは向いてなかったみたい。いつか、陸にあがるよ」


かつて、そう言っていた。


「…あ~、捕まっちゃったんだねぇ」


そう呟くと人々が振り返る。


青い皮膚、ガーゼで覆われた耳の部分、鋭くトゲトゲの牙、硬く黒く鋭利な爪、縫い付けた首筋のエラ、切り離された下半身。


町の人間の目に、化物が映った。


「ヒッ…!」


「あの外科医んトコの…」


「表に出すなよな…」


街の人々がフレデリックから逃げるように離れていく。


「そんなとこにいられちゃ商売になんねーよ、クソ"フィッキュー"。さっさとどっかいけ」


"フィッキュー"という言葉の意味は知らないが、フレデリックに尋ねた際

「知らなくていい」

の一点張りだったところを見るに、あまり良い意味ではないのだろうなと感じた。


「買うよぉ」


「…はぁ?」


「だからぁ、買うっつってんの。」


ポケットをまさぐり紙幣を数枚取り出す。


「こんなやっすく売られちゃって、かわいそーだからある分買う。

センセーがお小遣いくれんのたまに。

使わないからいっぱいあるの。

だから買う。」


「ちっ、気色わりぃ…」


雑に肉を包み放り投げられたので、地面に手を伸ばし包みを掴む。


「よっ、と。どーもぉ」






「陸って怖いんだよぉ、マックス。

オレみたく強くなかったもんねぇ。

海に還んな~」


舗装された道路を外れ切り立った岩の方へ進んだ。


道が悪く坂道で車椅子ではかなり困難な道だったが、ようやく登り終えると下には海が見えた。


そして、先程買った肉となった同胞を海へ投げる。


金で買った彼の尊厳。


すると、微かに水面に影が揺らいだ。


「あーあ、食べられちゃってやんの。」


気配がする。彼らの。


「“それ人魚だよ”」


人魚にしか聞こえない"音"で言葉を投げ掛けた。


「うぇっ、気持ち悪い」


「紛らわしい事すんなよ」


「久々の肉かと思ったのに」


海の中から人魚達の声が聞こえる


「鼻も効かねーのかよ雑魚。じゃ~ね、マックス。」


死ねば只の骨と肉となって、喰らわれ海に溶け、還るだけ。


でも人間は違う。


弔われ、魂となり当たり前のように尊厳が守られ続ける。


いいなぁ、人間。


彼に思いを馳せ唯一思い出せた事柄を語りかける。


「前に雌がさ、お前と番いたいっつってたよ。」






「あの人魚、いつ海に帰るんだ?」


「あの身体じゃ帰れねぇんだろ、異常だよあいつらは」


田舎の情報網はバカにならず昼間の件はあっという間に広まった。


当人達にとってどれだけ意味のある行為でも伝わらなければ薄気味悪いだけだ。


そんな話を続けていると、怪しげな男が町の人に話しかける。


「…失礼」


「あ?なんだ?ここらで見ない奴だな」


「隣町から来た者だ。

人魚が見たくて足を運んだんだが、なんでも陸で生活してる珍しい人魚がいるんだろ?

どこで会えるんだ」


「あぁ~、あいつら目当てか。

やめといた方がいいぜ?どんな目にあうか分かったもんじゃない」


「そうそう、もっと向こうの方に病院があるだろ?

あそこに勤めてるウィリアム・ブラウンって外科医がいるんだが、そいつと一緒に住んでる人魚だ。

確か病院から家もそう遠くない筈だぜ」


「…どうも」


それだけ聞くと挨拶をしてその場を後にした。


「しっかし、よくいるんだよなぁ。

あの人魚を見に行こうとする奴」


「全く何がいいのかねぇ…」






「ただいま、フレデリック」


「お帰りセンセー!今日は早かったねぇ」


「そうだね。まぁでも、またいつ呼び出されるか分からないから。

俺が家にいない間は大人しくしておくんだよ」


「分かってるよぉ、オレが問題起こした事無いでしょ~?」


「…そうだね、晩御飯の準備をするから待ってて。」


ーそれでその人魚は幸せなんですか


キッチンに向かおうとしたウィリアムの足が止まる。


昼間の看護師の言葉は頭の中でずっと反芻されていた。


「センセー?どうしたの」


フレデリックがウィリアムの顔を覗きこむ。


「…フレデリックは、今、幸せ?」


ウィリアムの口からそんな言葉がこぼれた。


「何言ってんの、センセーと一緒にいれて幸せだよ~」


「そんな姿になって…?海にも戻れず、陸でも街の人に心無い言葉をかけられても、幸せなの…?」


フレデリックにはウィリアムの言わんとしている事がなんとなく分かっていた。


暫しの沈黙の後、意を決したようにフレデリックが口を開く。


「…センセー、オレさ」


その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。


続けざまにドンドンと扉を叩く音が聞こえる。


「…急患?ごめんフレデリック、待ってて…」


急いで玄関に向かう


「…センセ」


ー扉の向こうから人の気配。

なんだか、嫌な感じがする。


「センセー、やな感じする、開けないで…」


鍵を開けて対応しようとすると、ドカッ、と扉を蹴り開ける大きな音と共に男が3人押し入ってきた。


「動くな、人魚はどこにいる」


胸倉を捕まれ顔にナイフを押し当てられる


「…っ…!?」


「いたぞ!やっぱりアイツだ!」


「間違いない、髪も目の色もヤツと同じだ!」


「今行く、…こい」


両腕を縄で縛られて、後ろからナイフを顔に押し当てられながらフレデリックのいる部屋へ進む。


「うっ、…こいつ、下半身無くなっちまってるぜ。いいのか?」


「そいつの血肉があればいいんだからな、観賞用にする訳じゃあねぇんだ」


こいつらは一体?


人魚目当てならフレデリックに拘らなくても良い筈。


でもこいつらはフレデリックを探しているようだった。


フレデリックの顔に疑問の色は無い。


「…あ~、母さんの時の奴等かぁ。

なるほど、兄ちゃんの方が無理だったから、オレんとこ来たのねぇ」


「話が早いな。抵抗せずについてくれば殺しはしない。」


「センセーに用は無いじゃんねぇ、カタギ巻き込んで何やってんの?捨て駒のカス三下」


「…こいつは“どこまで”知ってるんだ」


「なーんにも知らないよ、聞かれてねぇもん」


「信用ならねーな。こいつも殺すか、使えそうなら連れていく」


「い、っ…!」


ウィリアムの顔に押し当てられたナイフが食い込み血が流れ、それを見たフレデリックは表情に影をおとす。


「…あー、そう。そういう事するんだ」


ウィリアムは疑問を口にする。


「…なんで彼を探して…」


「…連れていくようになればどのみち知っておくことだからな、教えてやる。

こいつはただの人魚じゃない。

人魚と“セイレーン”の間の子だ」


「……セイレーン…?」


「昔この辺りで、魔力のある歌声で船を何隻も沈めたセイレーンがいた。

元々俺達が追ってたのはそいつなんだが、雄の人魚を番いにしてどっかいっちまったんだ。

漸く居場所を突き止めたは良かったがセイレーンの方も雄の人魚も死んじまってたんだよ。

だからそいつらの子供を捕まえに来た」


「…捕まえてなにを…」


「セイレーンの“声に宿る魔力”を使いたい奴等が沢山いてな。

もっとも、ガキの方に魔力は無かったみたいだがな。

遺伝子を少し弄ればあの力が手に入るんじゃないかという話になった訳だ。」


「ごめんねぇ、センセー。こうなるんならちゃんと言っとけば良かったねぇ」


「それで、大人しく着いてきて貰えるな?拒むのであれば、こいつも殺すが」


ウィリアムの喉元にナイフを持ってく。ヒヤリと冷たい金属の感触に背筋が凍った。


「ほら、どうした?」


男が煽るようにナイフを小刻みに動かす。


するとフレデリックは顔を伏せて


「…“今持っている武器全部捨てな”」


と言った。


「ハッ、そんなの聞くわけ…無い…」


「なんだっ…!?身体が勝手に…!」


ガチャガチャと音をたててナイフやスタンガンを床に落とす男達。


「“先生から離れて”」


「なっ…!」


ウィリアムから男が離れる


「センセーは、こいつらどうしたら良いと思う?」


男達は青ざめた


「何故だ、ガキの方には力が無い筈じゃ…!」


「…セイレーンの、“声に宿る魔力”!」


顔を上げたフレデリックの顔は、普段と違った。


目のまわりの血管が浮きだち、白目の部分は真っ黒に染まっている。


「兄ちゃんはね~、魔法なんざつまんねぇって使わねぇの。

自分の手で直接生き物の生き死に管理するの好きだから。

縛り有りゲームされて捕まえらんなかったワケ」


昔、聞いた事がある。


この街の海の主、大きな大きな雄のホホジロザメの人魚がいたって。


狂暴で手がつけられなかったけれど、“羽のはえた人魚”の番をもってそれからだんだん穏やかになっていったという。


…俺の父さんは、そのホホジロザメの人魚に命を助けられた事があると何度も聞かされたんだ。


父さんは船医だった。


嵐に揉まれて父さんは海に投げられたけど、それを人魚に救われた。


落ち着かせる為に人魚は一旦巣まで戻り、その時人魚は尾ヒレが裂ける怪我をしたが父さんがそれを手当てしたと寝物語を聞かされた。。


そこから親しくなって、その人魚の子供と俺を合わせた事もあるって。


何年も昔の話で忘れていたけれど。


雄の人魚と、羽の生えた人魚。

羽の生えた人魚、それはセイレーンの事か…?


…その、子供。


「君は、…」


「思い出してくれた?嬉しいなぁ。」


フレデリックが嬉しそうに表情を緩める。


「あの頃からずーっと、陸にあがってセンセーにまた会うんだぁって思ってたの。

それで、漸くこうやって叶ったんだぁ。」


過去を懐かしむようにしみじみと呟くと、冷たい目線が男達に向けられる。


「…なのに、こんな風に邪魔されちゃったらさぁ」


男達の方に向き直って


「“ナイフ首に突き立てて死んで”…ほしくなっちゃうよねぇ」


男達は床に捨てたナイフを拾いなおし、喉元まで持っていく。


「ヒッ…!」


「や、やめろ!」


「クソっ、化け物……っ!」


化け物ねぇ、と口ずさみ


「そうだよぉ、化け物相手に喧嘩吹っ掛けたんならさ。

それなりの覚悟持たなきゃ、兄ちゃんの時に学ばなかったんだ?

だいぶ優しくしてもらったみたいだねぇ。

じゃあ…」


「ま、待って。フレデリック」


ウィリアムは真っ青な顔をしてフレデリックを制止する。


「どーしたの?センセー」


「いいから、こ、殺さないで。駄目だ。」


「…センセー、血、止まった?」


「止まった、止まったから。俺は大丈夫だから」


頼むから駄目だ、と首を横に振る。


「…良かったねぇ、センセーが優しくて。」


「“ナイフを捨てて、出てって。

オレ達の事忘れて。二度と来ないで”」


男達の顔から生気が失われ、カランとナイフを落とし、家から出てく。


意識は無いようだった。






「センセー、痛かったねぇ」


顔の出血部分を優しくなでる。


悲しそうな顔をしていた。


「…今まで、忘れててごめん。君はずっと覚えててくれたのに…」


「いいよぉ、ただオレが一方的に好きだっただけだし。

今もだけどね。」


フレデリックはウィリアムの手を握る。


「だから言ったでしょ?

魔法も愛も、オレは両方持ってるよって」


嬉しそうに、笑った。






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