孤島の楽園にて(起)加賀上美砂視点
グループ小説第二十五弾「サバイバル企画」です。「砂漠の薔薇」で検索すると、他の作者さんの作品が読めます!「起承転結」の「起」の部分は加賀上美砂視点で書きます。この後、工藤流優空さん「承」九瀬亮視点、雨宮だりあさん「転」菱河陽向視点、聖司さん「結」神崎小百合視点と続く予定です〜
「あっ! 島が見えてきた!」
高速艇のデッキから身を乗り出し、陽向が、はしゃいだ声で前方を指さした。船に揺られて約五時間。私達はようやく目的地に到着した。
「海がめっちゃ綺麗! まさに、南の楽園だね」
陽向は小さな子供みたいに満面の笑顔で浮かれている。菱河陽向、私の一つ年下の高校一年生。実際、陽向は童顔で、性格も子供っぽいところがある。色白で長い睫、染めてはないけど、薄茶色の癖毛は、彼の祖父の血を受け継いでいる証拠かもしれない。彼の祖父はアメリカ人の実業家。そして、長年私の父とリゾート開発に取り組んできた共同経営者でもあった。
「あの島丸ごと美砂のものなんて、スゴイよな」
陽向は、真っ直ぐ前を見つめている私の横顔に向かって言う。私は加賀上美砂。私立高校に通う、高校二年生。連休を利用して、父が経営する無人島のホテルにクラスメイト達と遊びに来た。今年完成したばかりのホテルには、私も初めて訪れる。
「私のものじゃないわ。パパのものよ」
私は冷めた目をして、エメラルドグリーンの海に視線を移す。
「パパだって、陽向のお祖父さんがいなかったら、リゾート開発で成功しなかったと思う」
私は素っ気なく答えた。父は全国各地にリゾートホテルを建設し経営している。陽向の祖父が亡くなってからは、陽向の父等を部下とし、社長の地位についた。
最近では、海外にも進出し始めた。父の野望は尽きることがない。白い砂と緑色の木々に覆われた、孤島の楽園。五月から十月までの半年間だけ営業される無人島のホテルは、今年の開業以来人気を集め、日々人々で賑わっていた。
「『孤島の楽園』が売り、だけど、ホテルも施設もあって人もたくさんいたんじゃ、無人島の意味がないわね」
私は軽くため息をついた。島に近づくにつれ、白い砂浜にビーチパラソルや海で泳ぐ人々の姿が見えてくる。
「もし、嵐でも来て本当の陸の孤島になったらどうする?」
背後から突然別の声がして、私は後ろを振り返る。そこに、船室からデッキに上がって来た、亮と小百合の姿があった。
「本物の無人島になって、俺達四人だけが取り残されたりして」
亮は鼻で笑って小馬鹿にしたような目で私を見る。九瀬亮。私のクラスメイト。知的でクール、陽向とは対照的で、年の割に落ち着いてて大人っぽい。彼の言動には、ムカツクことも多いけれど、そのひねくれた言い方さえも魅力的に思えてしまう雰囲気が彼にはある。整った顔立ち、神秘的な笑顔。クラスの女子のほとんどは、亮のことが好きだ。
「そんなのあり得ない。小さなホテルといったって、従業員もいるし観光客だっているわ。それに、もしもの時には無線で連絡して、ヘリで迎えに来てもらえば良いし」
私も負けずに言い返す。
「でもさ、大地震が起きて、大津波にさらわれたりしたら怖いよね。この前ニュースで見て、ゾッとした」
陽向まで不吉な事を言う。
「何よ、せっかくリゾート地に招待したって言うのに、着く前からそんな事言わないの」
私は口を尖らせて言いながら、亮の隣りに立っている小百合に目をやる。
「小百合大丈夫? まだ顔色悪いみたいね」
「うん……ちょっとマシになった」
小百合はハンカチで口元を押さえながら、小声で言った。船が港を出た瞬間から、小百合は船酔いでダウンしていた。神崎小百合、私のクラスメイトで、私の親友。小百合の両親は二人とも父の経営するホテルで働いている。口の悪いクラスメイト達は、両親の手前、小百合が渋々私に従い付き添っているんだと噂している。
実際、大人しくて控えめな小百合と私とでは、そう思われても仕方ないかもしれない。でも、小百合と私は信頼しあっているし、良い友達だと思う。ただ、小百合をここに誘った時、亮も誘って欲しいと強く懇願されたのには、少し驚いた。小百合も他の女子達と同程度に、亮のことが好きなのかと思っていたけれど、どうやら、彼女は本気で亮のことが好きらしい。
船酔いして亮に介抱してもらえたことは、小百合にとって気分の悪さにも勝る幸せな時間だったろう。外見とは違い、亮には優しい一面もある。そして、私はその事がやけに気になる自分が腹立たしくもあった。
「島に着いたらすっかり元気になるわ」
私は自分の気持ちを隠して、微笑む。
見上げた空は、雲一つない青い空。エメラルドグリーンの海と白い砂、緑豊かな南の楽園は平和そのものだった。
やがて、船は桟橋へと近づいて行き、出迎えに来てくれた父とホテルの従業員達が、私達に手を振る姿が見えて来た。
三階建ての小さなホテルの中庭には、大きなプールと広い庭がある。少し小高い位置にあり、海を見渡せる景色は最高だ。ホテル内の設備も整っていて、一階には雨の日のための室内プールやフィットネス場、リラクゼーションルームも完備している。テレビは映らないけれど、DVDを観たり音楽を聴いたりは出来る。都会の中のホテルと大して違いはなくて、ホテルにいれば、ここが無人島なのだということさえ忘れてしまいそうだ。
それぞれの部屋に荷物を置いた後、私達は父達と共に中庭でガーデンパーティを開いた。明るい日差しと潮風を受けながら、外で食べるバーベキューは最高に美味しい。小百合の気分も治ってきて、美味しそうにお肉を口に運んでいる。
「美砂のパパと陽向君、スゴク仲が良いみたいね」
私の隣りに立つ小百合は、微笑みながら、話しに盛り上がっている父と陽向に目を向ける。
「陽向が小さい頃から家に遊びに来てたから」
「なんだか義理のパパと息子みたい」
小百合はクスッと笑い、私を一瞥する。小百合の何気ない言葉が、私の胸にチクリとトゲを刺す。
「変な事言わないでよ」
「でも、陽向君、本当に義理の息子になりたがっているんじゃないの? 美砂だって、陽向君のこと嫌いじゃないでしょ?」
「陽向とはただの友達」
私は小百合を残し、一人離れた場所で黙々と食べている亮の元へ歩いて行く。背中に痛い程小百合の視線を感じながら……。
「ワインは飲める?」
トレイに乗せたワイングラスを差し出して、私は亮に聞く。じっと海を眺めていた亮は、突き出された二つのグラスを見て、幾分目を驚いた顔をする。
「俺達、未成年ですけど。お前、親父の前で堂々と酒が飲めるの?」
私はフフッと悪戯っぽく微笑み、トレイからワイングラスを持ち上げる。
「これは、ただのジンジャーエールよ。ただし、夜には本物のワインに変身するかもしれないわ」
私は一気にジンジャーエールを飲み干す。
「なんか、お前って怖。俺達みたいなお子様誘わず、大学生の彼と二人で遊びに来れば良かったのに」
亮はしげしげと私を見つめる。
「彼とは、とっくに別れてるわ」
「へぇ、じゃ、今度の相手は年下の陽向なのかぁ」
亮は面白そうにクスクス笑って言うけれど、私の心の奥の痛みには気付いてくれない。
「天気、悪くなりそうだな」
ジンジャーエールを飲みながら、亮は空を見上げる。
「こんなに晴れてるのに?」
私もカラリと晴れた青い空を見上げる。確かに、雲一つなかった空に、チラホラ雲が出てきてはいる。
「風の流れが速いよ。明日は荒れるかもな」
「天気が悪くなったとしても、室内プールで泳げるし、退屈はさせないわ」
「だと、良いけど」
亮はワイングラスを置いて、もう一度空を見上げた。
ガーデンパーティ後、しばらくして、父と数人の部下達はホテルの屋上からヘリで本土に帰って行った。全国各地を飛び回っている父は、ゆっくりとくつろいでいる暇もないらしい。
飛び立つヘリを見送りながら、私は亮の天気予報が当たりそうな予感がした。空は目に見えて曇ってきて、分厚い雲に覆われ始めた。天気の大きな崩れはないけれど、海から吹いてくる風も幾分強さを増してきたような気がする。
晴れている時は、大して気にもならなかったのに、改めてここが、海の孤島なのだと実感する。隔離された無人の島。嫌な胸騒ぎを覚えながらも、私は手を振りながら笑顔で父を見送った。
「起」の部分ですが、大分長くなりました。書いてるうちに、どんどんイメージが膨らんで登場人物達が動き出し、楽しかったです。
今、恩田陸さんの学園物にハマっているもので、これは学園ものではないですが^^;、ちょっとそういう雰囲気になったような気がします。次回は、工藤流優空さん、大変かもしれませんが、続きを楽しみにしてますので、宜しくお願いします〜