スパークリングプラネテス
昔から星が好きだった。
高校生に上がったばかりのころ、自分の学校に天文学研究会なるものがあることを知り、見学に行こうとしたがほとんど活動をしていないことを知り落胆したのを覚えている。
あの星の海に深く潜って探検したい。
僕にはあの星の一つひとつが煌々と輝く夏の海の気泡のように見えた。
それはビー玉を太陽に透かしたときのようなきらめきと、そして渦潮の中に吸い込まれたかのようなダイナミックさをもって僕を包んでくれた。
神経質で気疲れしやすい僕にとっては、それは最高のリラクゼーションでありエンターテイメントだった。
社会人になって数年いろいろなストレスが重なり体を壊し始めたころ、偶然プラネタリウムの前を通りかかった。
その日は平日で、もちろん僕は出社しなければならなかったが、気が付けば僕の足はプラネタタリウムへと動いていた。
座席は多くはなく、僕以外の客はいなかった。
一番奥の過度の席に座る。
しばらくしてアナウンスが入り、スコーという映写機の排気の音が鳴り始めた。
辺りが暗くなるとともに解説が始まり、頭上の天球にはちらほらと星が輝き始めた。
大学を卒業し、都会に引っ越してきてから星空を見たのはこれが初めてだった。
やがて空が星で埋まると、星座が映し出されその解説が始まった。
僕の眼はもう天球に釘付けで、頭にはもう余計な思考は何一つなかった。
気が付けば一日が終わっていた。
僕には平日一日をプラネタリウムに費やしてしまったなどという後悔はみじんもなく、ただ無限の星空への夢と憧れに満ちていた。
「プラネタリウム、好きなんですか」
建物を出る前に話しかけられた。
「は、はい」
物思いにふけっていた僕は動揺して少し言葉に詰まる。きっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたに違いない。
声のしたほうを見ると、声の主はさっきまで星空を解説していた女性だった。
年齢は僕より少し上くらいでポニーテールと赤いトンボのような細いフレームのメガネが印象的だった。
「昔から星が好きで、よく父親に星を見に連れて行ってもらってたんです。」
「でも父も去年亡くなって、それからいろいろ追いつかなくなって、体調も崩していって僕、、、」
なぜ見ず知らずの人にこんな話をしたのか、自分でもよく分からなかった。
女性は困惑した表情で「これ、どうぞ」とハンカチを渡してくれた。
僕は自分が泣いていることに気付き、ハンカチを借りて逃げるようにその場を去った。
「また来てくださいね!」
彼女のその声は一等星のように暖かかった。
次の日から、僕は毎日プラネタリウムに通った。
ハンカチを返すことができたのは木曜日だった。
その日から、僕は木曜日にプラネタリウムに通うようになった。
平日の人がいないプラネタリウムに行き、星空を彼女と共有する。
そこは僕たちだけの時間であり、星空であり、深海だった。
しかしそれも、永遠ではなかった。
この毎週の宇宙旅行にも慣れてきたころ、上映後に彼女が話しかけてきた。
「あれから毎週来てくださってますよね。」
「はい、星空を見ているといろいろなことを忘れられて、まるで大きな波に飲み込まれて海の底へ沈んでいくような感覚になるんです。」
「それはよかったです。でも私、この仕事をやめなければいけなくなって、、、」
「そうなんですか。」
必死に平然を装い言葉をひねり出す。
「来週で最後なんです。」
「来週も来てくださいね。」
僕の胸は、まるで槍を突き立てられているかのように鈍く痛んだ。
その次の週、僕は朝からプラネタリウムに行き、いつものように星空を眺めた。
しかしいくら眺めてもいつものように心は満たされなかった。
その日最後の演目は、超新星爆発だった。恒星が爆発するダイナミックな映像が映し出される、
気が付くと彼女が隣の座席に座っていた。
死に際の星の光に照らされるその横顔はまるでアフロディテだ。
僕たちは、プログラムが終わっても、しばらくその席に座っていた。
「実家のほうに帰っちゃうんですよね」
「はい。」
「さみしくなりますね」
「はい。」
「来週からも来ます」
「はい。」
そしてあたりが明るくなる。
僕たちの夜が明けてしまった。
その次の週からも、僕はプラネタリウムに通った。
いつも通りの星が見える。
しかし、一等星が一つ足りなかった。
僕の所へ燕たちが橋を作りに来るのはまだ先のことのようだ。
おはようございます。吹っ飛んだ布団です。
日常生活が忙しく、久しぶりの投稿となってしまいました。
もしも私のことを待ってくれていた人がいたなら申し訳ないです。
今回は私も大好きなプラネタリウムについて書いてみました。
慣れないヒューマンドラマものでしたがいかがだったでしょうか。
何か意見、感想等ありましたらコメントよろしくお願いします。
できるだけ定期的に投稿をできるように気を付けます。
応援よろしくお願いします。
以上、吹っ飛んだ布団でした。