解放①
とある地域では『どんどや』又は『どんど焼き』と言う行事がある。
正月飾りの門松やしめ縄等を竹や木で作られた櫓に入れて燃やし、その年の無病息災を願う行事だ。
どんどやで焼いた鏡餅を食べたらその年は健康になるとか言われている。
そんな俺の故郷の行事の事をふと思い出した。何せ目の前で大きな桜の木を轟々と燃やしているからだ。
しかし、今目の前に行われているモノは決して無病息災を祈る様なモノじゃない。
此れは長年この屋敷の人間が呪っていた『サクラ』を解放する為の儀式だ。
「此処にいらしてたんですか」
後ろから声を掛けてきたのは鷹羽の又従兄弟である男だ。
鷹羽とそう年は離れていないのだが、疲れが顔に出ていて幾分か老けている様に見える。何せこの不況の上に前会長夫婦と現会長が相次いで死んだのだから仕方がない。
「鷹羽は何処に?」
「近くで木が燃えているのを見ているぜ?」
指さした方には鷹羽が桜の木が燃えているのを見ている姿だ。短く切った髪のお陰か鷹羽の様子が伺えるが、能面の様な無の表情でじっと燃えているのを眼に焼き付いている様だ。
炎の近くにいて熱いのか着ていたコートを脱いで手に持っている。熱いのは分かるがセーターとヒートテック一枚ずつしか着ていないから傍から見れば寒そうである。
「………………本当に鷹羽は櫻子おばさんに良く似ている。生き写しレベルだ」
目を細めて複雑そうな表情で鷹羽を見ている又従兄弟。確かに一度だけ鷹羽から写真で鷹羽の母親を見た事があるが、確かに写真がそのままに出てきたかの様に鷹羽にそっくりだ。近いは髪の色が鷹羽の方が茶色で鷹羽の母親の方が黒色な位だ。
『一本良いか?』と断りを入れてから煙草をふかす。鷹羽から喫煙者と聞いていないのだが、又従兄弟も『一本貰って良いですか?』と言ってきた。
「俺のはかなりキツイ奴だが?」
「構いません。むしろキツイ方が良い」
と言うので煙草を一本渡してライターで火をつけてあげた。俺が吸っている煙草はニコチンやタールがかなり入っているタイプだから初心者にはかなりキツイ。現に又従兄弟は苦しそうに『ゲホゲホっ』と咳き込んでいる。
「……鷹羽の親父さんかなり持ったな。三階から落ちて柊の木に打っ刺されたんだろ?」
「……ギリギリ致命傷は避けられたのだから何とか息はしていたのですが……何せ使用人が見つけた時は時間が経ちすぎていてじわじわと弱っていきました」
古参の使用人が鷹羽の父親の姿が見えないと気付いたのは俺達が帰って一時間と半分位経っていた。
又従兄弟含む鷹羽の親戚達は応接間から出て各自が泊まっていた部屋に戻っていて、誰も鷹羽の父親の事を気にはしなかった。
そんな中、何時も応接間の窓から桜の木を見ていた父親の姿が其処にはなく、何故か窓を開いた状態でしかも床には双眼鏡が落ちていた。
嫌な予感がした使用人が窓の下を見るが、柊の木が視界を遮った。
もしかすれば親戚達の誰かの部屋にいるかもと一人一人の部屋に訪れるが、どの部屋にも鷹羽の父親の姿がなく、親戚総出て父親を捜す事となった。
探していた親戚の誰かが柊の木から赤い液体が流れていると窓越しで見つけた。そして外に出て赤い液体が流れている柊の元へ向かうと。
其処には柊の折れた枝が身体中に突き刺さった状態の男がナニカを睨んでいる様な物凄い形相で言葉にすらなっていない何かを怒鳴りつけていた。
急いで病院に運ばれて治療されたが、落ちてから発見されるまで時間が経っていた事、出血がかなり出て輸血してもかなり危険な状態だった事、それら二つのせいでかなり危険な状態だった。
医者曰く『相当な痛みだったせいか苦痛で助けを呼ぶ事が出来なかったのでしょう。あの状態で致命傷を負っていない事が奇跡としか言いようがありません』だそうだ。
それから医者と看護師の手厚い治療を受けていたが徐々に命の炎が小さくなっていき、屋敷の桜の木の枯れ葉が全て落ち切った日に鷹羽の父親は天に召された。
そう言う経緯で屋敷に戻った鷹羽は喪主を勤め上げ、父親が残した遺産の整理(会社経営に関する物はこの又従兄弟と親戚達に渡した)をし、屋敷に残っていた鷹羽の私物を処分した後最後に願った事。
『あの桜の木を燃やして下さい。それが出来ればもう此処に戻る理由もないのですから』
親戚達はあの見事な桜を切って燃やす事に対して勿体ないと思うが、あの桜の木のせいで次々と人不幸になっている内心感じていたのか鷹羽の案に賛成した。
そうして今日、根本から木を掘り起こして倒し、こうして燃やしているのだ。
「貴方は鷹羽に関して身内以上に色々と知っている様だ」
「そりゃあ一緒に暮らしているからな」
「それなら」
一呼吸を置いて又従兄弟は長年心の中で重しになっていたであろう疑問を投げかけた。
「櫻子おばさんを殺したのは鷹羽なのですか?」
「いや。鷹羽の母親は『自殺』で間違いない。……お前さんがそう思うのは自分の母親が共犯だと思っているからだろう?」
図星を付かれたのか又従兄弟は目を泳がせたが、観念したかの様にぽつりぽつりと話し出した。
「櫻子おばさんの四十九日が終わった後、二人の姿が見えなくて探していたら屋敷の裏にいて、話の内容は分からなかったけど、母の顔が強張って顔色を青くしていて鷹羽に強く何かを言いつけ、後頭部しか見えなかった鷹羽も頷いている様子が分かりました。
それから直ぐです。鷹羽が全寮制の学校に転校して、殆どこの屋敷に戻る事が無くなったのは。それから母も鷹羽に対してかなりきつく対応する様になったのは」
成程。そんな昔から真実に感づいていたのか。そんな昔から又従兄弟が殺人犯で実母がその共犯だと思って苦しんでいたのか。さぞ辛かったのだろう。
「それならお前さんの勘違いだ。当時お前さんの母親はお前さんの部活の合宿に一緒にいたんだろ? それに小学生の鷹羽が大人を殺せる力もない」
「なら何で二人は……」
「ただし」
「鷹羽が母親をあの池まで連れて行ったのは間違いない」
衝撃的な真実を口に咥えていた煙草を落として零れそうな程大きく目を見開く又従兄弟。
「………………鷹羽はおばさんの自殺の手伝いを?」
「いや。アイツは母親に『深夜、誰にも内緒で桜の木の近くにある池まで連れて行って』と頼まれてそれを実行しただけだ。母親が自殺するとは露程も考えちゃいなかった」
「だけど、おじさんは? あんなにもおばさんを溺愛していたおじさんが深夜に庭にとは言え、勝手に外に出させるとは思えません。それに御爺様達だって……」
「鷹羽の母親も何の策もなかった訳じゃない。お前さんは鷹羽の父親が睡眠薬を服用していた事を知っていたか?」
此れも初めて知ったのか勢い良く顔を左右に振る又従兄弟。
神経質な鷹羽の父親は不眠気味で、医者から用法用量を守った量の睡眠薬を処方されていた。それでも大きな音―――男の愛する妻に関しては見逃す事が出来ず安眠など出来る筈がなかった。父親に処方されていた睡眠薬だったなら。
「今は軽い薬になっているが、鷹羽の母親がその昔に処方されていた睡眠薬は重度の不眠症に渡される薬だ。お前さんに渡したこの煙草の様にね。それを隠して持っていて旦那の飲み物に混入した。寝る前に夫婦二人でハーブティーを飲む事を習慣にしていたからその時に混入したんだろう。だから鷹羽の父親は朝までぐっすりと言う訳さ。
本人もまさか愛する妻が睡眠薬をハーブティーに混入したとは思っていなかったんだろうな。鷹羽の祖父母に関しては部屋が鷹羽の両親の部屋と反対側にあるから音に気付く事がなかったのだろう。通り道でもなかったしな」
「確かに隣で寝ていたおばさんが出て行った事を知らずに寝ていた事に対してかなり混乱していたかも。
……だけど、おばさん達の部屋は三階の最上階。足が不自由なおばさんをどうやって屋敷の外へ? 屋敷の中は車椅子は置いてなくて外への移動は使用人かもしくはおじさんの手助け無しじゃ移動する事が出来なかった筈。ましてや小学生の鷹羽が大人を抱えて三階から降りて外に出すなんてそう簡単じゃない」
「確かにな。だけどキャスター付きの椅子を車椅子替わりにしたのなら移動も簡単だ。各階にキャスター付きの椅子は一つはあった筈だ」
「―――確かにおばさんがキャスター付きの椅子を好んで使っていたから……そう言えば鷹羽も車椅子みたいに背もたれを押して部屋の中を移動していた―――でも階段は? 例え廊下を移動は出来たとしても段差のある階段を下りる事は……」
「鷹羽の母親である櫻子が歩けないと誰か言った?」
「―――えっ?」
「両足のアキレス腱が切れて二度と歩く事だ出来なくなった。誰もがそう思ったんじゃないのか?」
「……違うのですか?」
喉が渇いているのか擦れた声だった。何もかもが衝撃過ぎたのだろう。
「鷹羽以外の人の前では歩けない様に振舞っていたが、鷹羽と二人っきりの時は歩いている姿を見せていたんだ。長く歩く事は出来ないが、階段位の距離なら歩く事は可能だった」
「そんな! 鷹羽はそんな事一言も言っていない!」
「母親が口止めされていた。『二人だけの秘密』と言ってな。まぁ階段を歩けると言っても段数もあるし二回も階段を自分の足で歩くのはかなりキツイ筈だったがな。だけど娘の手を借りて何とか三階から一階へ降りる事が出来た。
後は外に置いていた車椅子に乗って池まで進んで……後はお前さんの知っている通りだ」
「………………鷹羽が貴方に全て話したのですか?」
「ん~話した感覚は本人にあるのかは分からないがな」
当時はセックスした後でしかも酒を飲んでいたし、夢現な所があったのかもしれない。だけど俺の手を握ってポツリポツリと当時の事を話していた鷹羽の眼にはちゃんと光が灯っていたから多分本人も話した事は覚えていた筈だ。
「それじゃあ母はおばさんの死の真相をっ! でも何故?」
「何と言うか母親の感て奴だ」