四周目:死はどこにでも転がっている
「すげぇ早えな。やっぱり世界2位の実力は伊達じゃねえんだな!」
カーブで遅れをとったエアは直線でスピードをあげ、ショルドと並ぶ。エアにとってはこのスピードを体感するのは初めてのことだった。
「ほう……。無謀ともいえるスピード……。素人のお前のテクニックじゃ、そのスピードは無理に決まっている!」
ショルドは更にスピードを上げる。エアもそれを追うように更にスピードを上げる。
「こいつ、馬鹿か!?死ぬぞ!?」
「ショルドはこのスピードでもまだ余裕みたいだな……。俺はいっぱいいっぱいなんだけどな……。すげぇな、これはプロの壁か!?」
猛スピードで両側の岩の壁が前から後ろへ流れていく。エアには不利なことが二つあった。それは体感したことのないスピードと
「出やがったな!白い波!」
二つ目の不利はエアの目に見える白い波だった。白い波は飛行になれないエアにとってただの有害でしかなかった。そんな状況でもエアは速度を落とすことは無く、ショルドを追う様に空を飛ぶ。
「!?あいつ、このスピードについてくるのか!?」
ショルドは10歳は年が離れているであろう子供が自身のスピードについてくることに驚きを隠せなかったのと同時に焦りも感じていた。そんな焦りから、ショルドは更にスピードを上げ、エアを離していく。ショルドにとって最初は遊びのつもりだったが、いつしか実際のスカイランと同じスピードとテクニックと心構えで飛んでいた。
手に汗を握り、常に付きまとう死が彼にプレッシャーを与え始める。それはエアにとっても同じことだった。初めてプロと同じスピードで飛ぶ少年が恐怖を感じないわけが無かった。機体の振動かと思っていた自身の震えは自身が生み出したものだと知った。震えはやがて大きくなり、手元が狂う。狂った先は岩壁だった。
「うわっ!!」
先ほどとは比べ物にならないスピードで岩壁が迫り、震える手でレバーを手前に思いっきり倒す。それによって機体がぐんと一気に天を向き、間一髪で岸壁を回避する事ができた。
「ッ!?」
しかし、コースアウトをしたエアが前方を見た時には、ショルドの姿はもう無かった。想像を超えるスピードで、彼はさっさと先へと飛んでいってしまった。完璧なる敗北を受けたエアはゆっくりとスカイロードを飛び、ゴールへと向かうのだった。
地上では既にショルドとその仲間、そして、ベアとトロネがエアを待っていた。
「なかなかやるじゃねぇか、小僧」
地上に降りて受けた第一声はショルドのこの言葉だった。よろよろとエアはベアたちがいるその輪の中に入ろうと歩く。
「え、エア!そんなに疲れたのか!?」
ベアが驚き叫ぶ。さながら酔っ払った中年親父のようにふらふらよろよろとその足を右左交互に出してこちらに歩いてくる。ショルドはベアの言葉を否定し、静かに言った。
「違うな。あれは恐怖だ。ビビッちまって足がガクついて真っ直ぐ歩けないんだ」
「へへ!昔のお前みたいだな!?」
ショルドの仲間の一人が言う。
「ショルドも最初はあんな感じだったの!?」
トロネがショルドへ質問をする。トロネに目を向けることなくショルドは口だけを開いた。その目線は真っ直ぐにエアに向けられていた。
「最初は誰でもあんなもんさ。いつ両側の壁に当たるかも知れねぇし…。ましてや、素人が俺やカークのスピードについていこうなんざ、経験が足りねぇよ。」
「素人はすぐにスピードを出して死んじまうからな……」
感慨深くショルドの仲間の一人、ビッドが言った。ビッドは恰幅がよく、服はよれよれのツナギを着ており、顔は丸渕のサングラスをかけている。そんな中年親父だった。そんなショルド達をよそにエアはふらふらとショルドに近づき俯きながらぼそぼそと呟いた。
「やっぱアンタは早えよ……。完全に俺の負けだ……」
ベアとトロネは驚いた。エアが弱音を吐く姿を今の今まで見たことが無かったからだ。何があっても負けを認めない頑固な性格だったエアが素直に負けを認めている。それは二人にとっては天と地が逆さまになることぐらい常軌を逸したことだったのだ。
「でもな……。俺は諦めねぇぞ……。お前も!カークも!必ず抜いてやらぁ!!」
ビシっとショルドの顔をめがけ、右手人差し指を向ける。ショルドは急な出来事に目をまん丸とするほか無かった。そして、プッと噴出すように笑うと、次第に声をあげ、笑うようになった。
「アハハハ!面白い奴だな!あれだけビビってたくせにまだやろうってのか!!ふてぇ野郎だ!気に入った!お前、絶対にクオリファイは上位12位には入れよ?」
「当ったり前だ!!絶対にスカイランで優勝してみせる!カークの連勝を止めるのは、俺だ!!」
「馬鹿を言うな。カークを倒すのはこの俺だ。お前にはゆずらない」
「坊主!俺たちは明日も明後日もここにいる!お前らの分も面倒見てやる!」
ショルドに続いてビッドが言う。三人はパァッと笑顔を作り、三人手をつないでくるくる回り始める。
「やった!!ベア!トロネ!明日も来ような!?」
はしゃぐエアにショルド達は声をかける。
「もう日が暮れるから俺達は帰るぞ。夜のスカイロード程怖い所は無いからな。お前らも程ほどに帰れよ?」
「ああ!分かってる!」
ショルドがすっと握り拳をエアに向けた。初めはきょとんとしたエアだが、その意味を知って、ショルドの拳に自らの拳をぶつけた。