二周目:持つべきものは悪友
「おい!トロネ!オイル持ってきてくれ!」
「エア!それはそこじゃない!」
「コラ!ベア、そこは俺のイメージと合わないだろうが!」
「お前のイメージなんて関係ない!」
夜になると聞こえてくる陽気で楽しそうな声は朝になるまで続き、ベアに至っては不眠不休で仕事、飛行機の組み立てというサイクルを繰り返していた。壊れていた部品はうまく修理し、着々と飛行機はそれらしい姿になっていった。
そうして、13日後。
「やった!やっとできたぞ!」
深夜3時、13日間続いた飛行機作りはプロペラのネジを回しついに完成した。
「ああ!見た目は悪いがちゃんと飛べるはずだぞ!」
「早速乗ってみようよ!」
はしゃぐトロネをエアが制する。
「待て!トロネ!大事なことがある!」
「何?大事なことって?」
「名前だよ」
エアは誇らしげな顔をした。ベアは下らないとでも言いたげに飛行機を擦りこう言った。
「そんなの後ででもいいだろ?俺も初めてこんなに大掛かりに組み立てからな、飛んでる姿を早く見たいんだよ」
「まーてまて!!名前は大事なんだよ!それにもう考えてあるからすぐ終わる!」
「じゃあ、早くしろ!」
「そんなにカリカリすんなよ。じゃあ、発表するぜ!」
「早くしろ」
トロネとベアは早く飛行機を空に飛ばしたいらしく、エアのテンションとは裏腹にそれは低いものだった。
「名前は!“ヴェーアトロネ号”だ!どうだ!?かっこいいだろ!?」
「いいや」
二人は口を揃え、きっぱりと言い放つ。
「何だよ!?3人の名前を組み合わせたんだぜ!?」
「ただ組み合わせただけだろ?トロネ、外に出そうぜ」
「うん」
エアを無視し、トロネとベアは飛行機の両翼を互いに押し、店から外に出す。飛行機を修理する為、ベアの店はスラム街から数km離れた所にあった。滑走路も完備し、周りには何も無い原っぱだけ。テスト飛行をするには持って来いだった。
「これ、プロペラは自分達で回さないとだめなの?」
「いや、ギャンバー方式だから操縦席のレバーを引けば回り始めるよ」
「ギャンバー方式?」
「ギャンバー方式っていうのはギャンバー石という鉱物がガソリンの燃える力を助長し、ガソリンだけで
飛ばすよりも出力が上がるんだよ。だから、プロペラを自分で回さなくても勝手に回ってくれるってわけ」
ベアはふふんと両腕を組み、どうだといわんばかりの顔をトロネに見せる。
「でも、ギャンバー方式は既に過去の産物。ギャンバー石が取れすぎるせいで、価格が安くなっちまった。その結果、皆高出力になっちまって結局スピードの差異が出なくなっちまったからな」
「ふーん。じゃあ、今は何がスゴイの?」
トロネが首をかしげる。
「今はガロア方式が一番出力があるな。ガロアクリスタルがガソリンの代わりに燃え、ギャンバー石の12倍の出力が出るんだ。ただ、ガロアクリスタルは高すぎて、一流のライナー以外は手を出せないんだけどな」
「へぇ…」
やがて二人はテスト用の滑走路に出る。月が滑走路の全容を薄っすらと照らすだけで、滑走路には月明かり以外の明かりが何も無かった。その為、滑走路の終わりが見えない状態だった。
「真っ暗だね」
「こんな夜中に飛行機を飛ばすなんて自殺行為だが、一刻も早く飛ばしてみてぇ!」
二人は月を見上げ、感慨深く言った。そんな夜の雰囲気を壊すようにドタドタと足音を立て近づいてくる影。それはエアだった。
「待て待て~い!先に乗るのは俺だ~!」
走った勢いでそのまま飛行機に乗り込むエア。心配そうにトロネは声を上げる。
「エア!大丈夫なの!?」
「へへ!大丈夫だぜ!空飛ぶのは初めてだが、なんとかなるだろ!ベア!これどうしたらいいんだ!?」
「真ん中の赤いスイッチを押せ!それがエンジンのスイッチだ!」
真っ暗の中でも映える赤のスイッチ。キーが差し込まれている事を確認すると迷うことなくエアは押す。するとドドンと鈍い音を立て、飛行機が振動を始める。
「お、おお!!」
感動の声を上げる3人。次第にプロペラが回り始める。
「トロネ!離れろ!」
ベアの声にトロネは飛行機から遠ざかり、ベア自身も飛行機から遠ざかる。やがて飛行機から風が生まれ、トロネやベアの髪を揺らす。
「エア!初フライトで夜は危険だ!俺に代われ!」
「ええ!?何だって!?」
飛行機の強い振動音と風の音によって互いの会話は打ち消されてしまう。
「くそ!進むのはどれだ!?」
エアは手当たりしだいレバーを引いた。するとガコンという音と共に飛行機は動き始める。
「うぉぉぉ!」
飛行機が動いたことで3人の中で再び歓声があがる。飛行機はやがてスピードを上げ、真っ直ぐに進み続ける。
「きっと、この真ん中のが操縦桿だな?」
スピードがある程度のったところでエアは真ん中の操縦桿を手前に引く。ふわりと浮き上がった感覚と共に、エアの感情も高ぶってきていた。徐々に高度を上げ飛行機は夜の空を飛び回る。
「これが、スカイランナーの感覚なのか?」
夜空にはエアを遮るものは何も無く、ただ月だけがエアを見つめている。真っ暗な空間に放りだされた感覚。延々続く夜にちりばめられた宝石のような星たち。
遠くにスラム街の生活の明かりがポツリポツリと灯っているが、その更に奥には真っ黒なエリアがあった。
そこはユーリアス初代皇帝がここに国を作る以前にあったと言われている、【バベルの塔】残骸がある地区だった。かつてのバベルの塔は、今のエアがいる高さを超えてずっと上の方まで伸びていたとエリアルが昔話で語ってくれた。その高さ故に神より傲慢だとされ、神の怒りを買いバベルの塔は崩されたのだとも言っていた。
故に塔の周りは今も人が寄り付かず、不可侵のエリアとされ政府からもお触れが出ていた。
それらの風景から離れるようにエアは、操縦桿をぐっと手前に引き機体の高度を上げていく。月を目指すように機体を斜めにさせ、闇の中を進んでいく。風がエアの髪を激しくかき上げる。闇がエアの左右の感覚を奪う。右へ飛んでいるのか、左へ飛んでいるのかが分からなくなる。星々の煌めきはエアの手助けにはならない。
しかし……。
「カークはいつもこんな気持ちいい風を受けていたのか!ぞくぞくしてきた!」
エアは感覚が失われる事に興奮し、更に機体のスピードを上げた。やがて、エアの視覚に妙な白波が立ち始める。
「?……なんだこれ?」
急な出来事に操縦かんを持つ、エアの手に力が入る。この白波はとにかく無害のようだがどうにも気味が悪い。エアは、操縦かんをフルスロットルに入れ、波から逃げようと試みるも、波はあちこちからやってくる。
「くそっ、この白いやつからは逃げらんないのか!?」
スピードを上げるたびに、白波のうねりは強くなる。右から左から白波がきてはお互いにぶつかっては大きなうねりを生み出す。そして、白波が飛行機の下にもぐりこんでくると、一気に飛行機のスピードが上がる。スクラップ品を寄せ集めて作り上げたこの機体は直に風の影響を受ける。
「うわっ!?どうして白い波に押されるとスピードが上がる!?」
焦って操縦がめちゃくちゃになる。波に翻弄されながらも、慌てる気持ちを抑えて操縦かんを握る。
エアは一通り空を飛ぶとベアとトロネのもとへと帰って行った。