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一周目:憧れという名の夜明け

不思議な感覚だった。地響きにも似た歓声がその空間を埋め尽くした。

自分自身も声を荒げ、その声は歓声の中の一つになっていた。

他人の事なのに、何故か自分自身の事の様にとても嬉しかった。

だから心の奥底から声を上げていたのだ。

その時に優勝したカークという男のゴールした時の笑顔を少年は忘れられなかった。


「また!!そんなお金があるわけないでしょう!?何度言ったら分かるのよ!?」

「100回だよ!100回!」

「またそんな事を言う!!」


女性の右手が天に向かって伸び上がる。そして、振り下ろされる。バチーンというすがすがしく、豪快な音が真昼間のスラム街に響き渡った。


「おうおう。またやってるぜ?エアの奴」

「こりねぇやろうだなぁ」


軒下で真っ昼間からビールを片手に仕事の疲れを癒す大工たちが笑う。大工の視線の先には家の玄関先で言い合う親子の姿があった。


「か、母ちゃん!イテェよ!!」

左頬を真っ赤に染め上げ、両手で左頬を摩る少年。名をエアと言った。そして、エアに平手打ちをした女性がエアの母、エリアルだった。

エア親子はスラム街では有名な親子で、事あるごとに喧嘩をしていた。二人からしてみれば真面目な喧嘩なのだが、周りから見るとそれはさながらコントで、そのやりとりが有名な理由に繋がっている。


「100回はもう言っただろうねぇ?もうそろそろ1200回ぐらい言ってんじゃないのかい?」


エリアルが、エアの眼前に怒りの顔を寄せる。


「ちゃ、ちゃんと数えてんのかよ!?」

「そりゃそうさ。あんた!毎日言ってるだろう!?一年は365日!それを考えればあんたが何回言ったかなんて簡単なことさ!学校で学ばなかったのかい?」

「へ!学校で教えてもらうことなんざ、社会に出たらまず役に立たないぜ!それなら好きなことしてた方がマシに決まってら!!」


次の瞬間、再びスラム街にはバチーンという音が鳴り響いた。




「それは、エアが悪いよ」

「!トロネ!お前まで…」


次の日、雲一つない晴天の下、公園のブランコにだらりと座るエアの姿があった。

エアの隣にはトロネと呼ばれた色白の温和そうな少年がブランコに腰をかけていた。

平日の正午というのに二人は学校にも行かずにダラダラしていた。

時折吹く風が気持ちよく感じられた。


「確かに僕らは学校に行ってないよ?でも、学校で学ぶ事の中にも大切なこと、たくさんあると思うんだ」


彼らは学校をサボっていた。それは日常的なことでエアが学校で学ぶ事が無駄だと考えている為だ。トロネはそんなエアについて回っているのだった。


「お前は大人みたいな事言うんだなぁ」

「へへ……、父さんや母さんの手伝いをしてるとね、いろんな人から言われるんだ。勉強はやっておけだの、ちゃんとご飯食べてよく眠れだの……」


トロネは酒場の息子だった。従業員は少ないのに店内はやけに広く人の手が足りないため、忙しい時にはトロネがよく店の手伝いをしていた。


「昼間っから酔っ払ってる人間の言うことなんか信じられるかよ」


べっと舌を出すエア。


「それに俺はあいつらのやってる仕事とは別の仕事がしたいんだ!」


がばっとブランコから立ち上がり握り拳を作り、天へと吼えるようにエアは言った。


「知ってるよ。スカイランナーでしょ?」

「ああ!ディーポの悪魔のように世界最速になりたいんだよ!」

「なれるといいね……」

「なれるといいね……じゃねぇ!なるんだよ!世界最速に!」


エルドーネ暦 189年。戦争のおりに政府が人々に歓喜をもたらそうと始まったスカイラン。12台の飛行機で競争をする、この国における娯楽の一つである。戦争ですさみきった国民にスカイランは興奮と楽しみを与えた。


スカイランは瞬く間に流行した。戦争が終了した後もスカイランは続き、スカイランの人気を不動にしたのは戦争から帰ってきた英雄、通称【ディーポの悪魔】と呼ばれ、敵国に恐れられたカークという男の存在だった。カークは戦争で培った飛行技術をスカイランで遺憾なく発揮し、見事初出場で初優勝をもぎ取った。


そして、次のレースもその次のレースも彼は優勝し、前回の27回目の優勝で彼は24回連続優勝を成し遂げた。毎年、カークは自分の記録を塗り替えているのだ。そんなカークという人物に憧れをもちスカイランを始める人が後を立たなかった。


エアもそんなカークに魅せられスカイランナーを目指す一人だった。だが、エアの家庭は母子家庭で、エリアル一人でエアをここまで育てた。エアの父は件の戦争で命を落とし帰らぬ人となったのだ。


その為、飛行機を買うお金もないエアは胸に夢と希望を抱くも、スカイランナーになれない境遇にうんざりしていた。来る日も来る日もただ目標を叫ぶばかりの人生に少々嫌気が差し始めていた。


「どうやったらスカイランナーになれんのかな?」

「うーん、どうやったらって、飛行機持ったらじゃないの?」


次の日、彼等はユーリアス草原で日向ぼっこをしていた。やはりこの日も太陽の光が気持ちいい晴天であった。ユーリアス草原はユーリアス皇帝が建国を宣言したと言われている丘があり、その丘のてっぺんにはユーリアス初代皇帝の像が雄雄しく立っている。

エアとトロネは草原に座り込み、風を感じていた。


「どうやったら飛行機……持てるんだろうな?」

「お金をいっぱい稼いだら、だよ」

「……ったく、お前は当たり前の事しか言わないんだな」


エアは呆れるようにそうつぶやくと草のベッドの上に倒れた。青い空の真ん中に輝く太陽が二人を照らす。そよ風が二人の間を通り抜けた瞬間、エアの視界から太陽の光がさえぎられた。


「エア、また文句言ってんのか?」


日差しを遮ったのは、エアの幼馴染で飛行機のメンテナンスで生計を立てているベアだった。ベアは1年程前までは親の手伝いで飛行機をいじっていたが、親が引退すると店を引き継ぎ、気が付くと若干14歳で若頭と呼ばれるようになっていた。


「ベア~!俺も飛行機ほしい~!!」

「へっへっへ……。俺がどうしてここに来たか知ってるか?」

「知るわけねぇだろうが!サボりか!?」


ガバっと上半身を上げベアに食って掛かる。あはははと笑いながらトロネは言う。


「まぁまぁ、エア。落ち着きなよ。それで、ベアはどうしてここに来たのさ?僕らに用?」


ベアは腕組をする。捲り上げられた袖から筋肉質の太い腕が伸びる。普段から重労働をしている証なのだろう。エアやトロネとは明らかに腕の太さが違う。働いている者と遊んでいる者の差が如実にでている。にやりと笑うとベアは告げた。


「エア!お前に用があって来たんだ!」

「俺に?」


自分自身を指差し、とぼけた顔をするエア。


「そうだよ!お前らに秘密で飛行機のパーツをためてたんだ!まぁ、どれも壊れてる奴ばっかりだけどな。んで、やっと飛行機一機分を作るだけの集まったんだよ!」

「へー」

「へーってお前、もっと喜んでもいいんじゃないか?お前、自分の飛行機を持てるんだぜ?」

「え!?お、俺の飛行機!?そ、それホントか!?」

「ああ!!修理しないといけないけど、とりあえずは動くはずだ」

「お、おおおお!!!」


エアはピョンと跳ね上がり、ベアの両手をつかみブンブンと上下にふる。


「ありがとう!やっぱり持つべきものは仲間だな!」

「実際に動かすとなるともう少し時間がかかる。だが、28回目の大会にはまだ間に合うはずだ。急ピッチで作り上げるぜ!」

「よーし!早速作ろうぜ!」

「待て。今はまだうちも普通に仕事してるからな。夜になったら家に来てくれるか?」

「今からは無理なのか……。ちょっとショックだな」


肩を落としたエアにトロネがニコニコ顔で声をかける。


「いいじゃないか、エア。エア自身が飛行機をどうしたいか考えてなよ」

「それもそうだな!すげぇエンジン積んでさぁ~!!」


ベアが去った後も、エア、それにつられトロネも興奮が醒めなかった。そして、その夜、エアとトロネとベアは、ベアの修理場で自分らの手で飛行機を作成し始める。

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