第七話 海は広いぞ! 大きいぞ!
学校のプールでの訓練を終え、次は深い場所での訓練に向かうスキューバ部。
学校のプールとは違う空気に戸惑う人もいるようで……。
どうぞお楽しみください。
「お、おま、お待た、お待たせ……!」
「だ、大丈夫!? 詩衣ちゃん!」
「ま、間に合った……?」
「うん、ギリオケー」
「良かった……」
駅から全力疾走した甲斐があった……。
「何だよ詩衣、寝坊か? 今日の訓練が楽しみで寝れなかった、的な?」
「いや、打井、先輩……。ダイヤ、通りなら、間に合う、時間、だったんですけど……」
「忍庵さん、とりあえずお水飲んで」
「あ、ありがとう、ございます、数寄先輩……」
数寄先輩がくれたペットボトルの水を一息で飲み干す。
あぁ、ようやく落ち着いた。
「いやー、始発に乗れたんですけど、朝の混雑でダイヤがずれて、一つ後の電車になって、そこから次はさらに後の電車ってなって、ここまで遅くなっちゃいました……」
「……忍庵さん、始発に乗ってこの時間……?」
「県またぐと結構かかっちゃいますよねー。朝の時間は本数も少ないし」
「……え、県、またぐのか……?」
「あの、詩衣ちゃん、何時間ぐらいかかったの?」
「えっと、五時二十四分の電車に乗って今八時だから……、二時間半?」
「わー……、すっごーい……」
「うそ、だろ……」
「じゃあ毎日そんな時間をかけて学校に……?」
「詩衣ちゃん……!」
……あれ、何だろう。
みんな引いてる……?
「おう、そろってるな。話は済んでるから入るぞ」
「あ、はーい!」
建物から出てきた猿海先生に促されて、荷物を持って後に続く。
まぁ間に合ったんだから細かいことはいいか。
なにせ今日は、猿海先生の友達がやってるダイビングスクールで、深水訓練だ!
これをクリアすれば、いよいよ海!
夢の景色まで後少し!
頑張るぞー!
「うわー、深ーい」
「あの、これ、何メートルくらいあるんですか……?」
「ざっと八メートルよぉ。この辺りでここまでの設備を持ってるのは、ウチくらいじゃないかしらぁ」
案内をしてくれたのは、ここのオーナー兼インストラクターだという、蒲田偉波雄さん。
ゴリッゴリのおカマさんだ。
細マッチョな身体で猿海先生にからみつく。
スキューバやる人ってみんなあんな感じに細くなるのかなぁ……。
「んもう。浪太ったら、若い女の子ばっかり連れて来て、隅に置けないわぁん。凛のことはもう吹っ切れたのかしらぁ?」
「そいつらは生徒だ。余計なこと吹き込むなよ」
「あらぁん。残念だわぁ」
りん、て誰だろう……。
「じゃあここからはぁ、私と浪太が付くからぁ、二人ずつ水に入ってもらうわぁ。この深さがあるとぉ、深く潜る潜降とかぁ、同じ水深を保つ中性浮力の体験も楽なのよぉ」
「よろしくお願いします!」
まぁそんなことはどうでもいいや!
中性浮力!
あの夢の再現に欠かせないスキル!
絶対ものにするんだ!
「あの、詩衣ちゃん、どうだった?」
心配そうな陽子ちゃんの言葉に、私はうっとりしながら答える。
「……すっごい……。私は宇宙を見たよ陽子ちゃん……」
「そ、そんなに……!?」
潜降して、何もないところでふわっととどまる感覚……!
これだ! これだよ! あの夢の感覚!
無重力ってあんな感じなんだろうなぁ……。
これが海で体験できたら……!
「上手だったわぁん。じゃあ次、賀井さん、行くわよぉ」
「は、はい!」
猿海先生の方は、満鈴ちゃんがやってたから、次は……。
あ、やっぱり数寄先輩か……。
打井先輩、ちっちゃくなってる……。
「打井先輩、大丈夫ですか?」
「……あー、うん、平気、多分……」
いつもの元気が全然ない。
やっぱり数寄先輩の言ってた通りだ。
『前に聞いたことがあるの。打井さん、暗くて狭いところが苦手なんですって。昔押し入れから出られなくなったことがあったみたい。だから次の訓練、もしかして……』
学校のプールを使った浅水訓練と違って、深水用のプールは深くて狭い。
そんなトラウマを持った打井先輩に、この訓練は怖いと思う。
だから私は用意した!
恐怖を乗り越えて海が楽しくなるものを!
「先輩、これつけてみてください!」
「何だ? スマホ用のVRゴーグル?」
「はい! これを見ればきっと大丈夫です!」
私が海に潜りたくても潜れない中、気をまぎらわせるために見ていたVR動画。
この訓練の先に海が待っているってわかれば、きっと怖いのも減るはず!
「……おぉ、すごいな。魚が、いっぱい……。青くて、きれい……」
「先輩、ちょっと下を向いてください」
「こうか? うわ! こ、怖い……」
今先輩の目の前には、暗く深い海の底が見えているはず。
でも海はそれだけじゃないんですよ!
「今度は上を向いてください」
「こ、こう……? うわ! 明るい! きれい!」
「訓練のプールは狭いですけど、海に行ったらこんな景色を自由に見れるんですよ! 頑張りましょう!」
「……忍庵お前、私が狭いところ苦手な話、誰から聞いた?」
う。
「……い、いやー、ちょっと小耳に挟みましてー……」
「私、この話めったにしないんだよ。つまり数寄か。あいつ、余計なことを……」
お、怒らせちゃった、かな……。
「さんきゅ」
「え?」
「こんだけ後輩に応援されたら、一回分の勇気くらいは湧いてきたよ」
「打井先輩……!」
先輩はプールに向かう。
その背中はいつも通り頼もしかった。
読了ありがとうございます。
中性浮力は一度やってみたいですね。
お手軽無重力体験。
深水訓練のプールが狭いのはイメージです。
深く作るならその分狭くないとコストがかかるよなぁ、と。
実際はどうだかわかりません(無責任)。
そんないい加減な話ですが、次話もよろしくお願いいたします。