第六話 泳げなくても大丈夫!
ダイビングに必要なCカード取得のための学科試験はクリアしたスキューバ部一同。
次はプールでの浅水訓練に挑みます。
どうぞお楽しみください。
「さて、これから水に入るが、大事なことは一つ」
猿海先生が私達を見回しながら、硬い口調で言う。
今から行う訓練は、装備を付けてプールに入る『潜水訓練』のうちの『浅水訓練』。
学校のプールなんだから危ないことなんてないし、早く入りたいなぁ。
「忍庵、それは何だ?」
うぇっ!?
「きゅ、急なのはやめてください!」
「……よし、正解だ」
え? 何? 何か正解した? やった!
「急に動く、忙しなく呼吸する、慌てて浮上しようとする、そういった行動は事故に繋がる。必ず落ち着いて行動すること。いいな」
「「「「「はい」」」」」
「忍庵。早く水に入りたくて上の空かと思ったが、ちゃんとしてたな」
「ま、任せてくださいよー」
あ、危なかったぁ……。
猿海先生のことだ。
答えられなかったら、よくてお説教、悪ければ私だけ訓練なしだったかも……。
「よし、じゃあ一人ずつ俺と一緒に潜るぞ。最初は……」
「はいはいはーい! 私行きます!」
「……だと思った」
そりゃそうでしょ!
私はこのためにこの高校に来たんだから!
今までお風呂で潜水して怒られたり、プールで潜水して怒られたりしたけど、今日は大丈夫だもんね!
「はしゃがないように気をつけろよ」
「わかってますよっ!」
「その待ちきれない顔のどこを信じたらいいんだか……。とりあえず最初は一分だ。徐々に増やすぞ」
「えーっ!? 短くないですか!?」
「最初なんだから当たり前だろ。ちゃんとできたら少しずつ伸ばしてやるから」
「……はーい」
少し不満だけどしかたない。
待ちに待った潜水だ。
多少のことは目をつぶろう。
「……!」
中学では水泳部だったから、プールの景色には慣れてる。
はずだったのに。
水の中なのに息ができる!
何だろう! すごい不思議な感じ!
水泳部の時は、リズミカルに息つぎしながら泳いでた。
水の中でこんなふうに止まってることなんてなかった。
あぁ、私今スキューバを
『一分。ゆっくり。上がれ』
もう一分!? 早すぎる!
うーん、もうちょっといたいけど、みんなの順番もあるもんね。
私は素直に水から上がった。
「あの、詩衣ちゃん、どうだった?」
「最高! 水の中で息できるってだけで、何か感動する!」
陽子ちゃんにそう答えると、何だかみんながほっとした感じ。
緊張してたのかな。
「じゃあ次あたし行っちゃおうかなー」
「次は東海林か。よし、準備するぞ」
私の装備を外した猿海先生が、満鈴ちゃんの支度を手伝う。
あぁ、みんな一周したら、もう一回潜れないかなぁ。
「……ねぇ、忍庵さん」
「はい?」
声に振り返ると、数寄先輩が怖い顔で私を見ていた。
何!?
「す、スキューバダイビングって、あの酸素ボンベを背負って、その、泳ぐのよね?」
「え、えぇ、まぁ……」
「泳げなかったら、どうなるの……?」
へ?
「あ、あんな重い装備を着けて潜って泳げなかったら、浮いてこれないんじゃないの……?」
……数寄先輩、もしかして……。
「……先輩、泳げないんですか?」
「……」
先輩は無言で頷いた。
……そっか、そうなんだ。
「い、息ができるなら大丈夫かなって思ってたけど、あ、あんなに重いって知らなくて……、こ、怖くて……」
震えながら、それでも「やめる」って言わないで、頑張ろうとしてくれてる。
……優しいな、先輩は。
「大丈夫です先輩。水の中は浮力がかかるから、重さはあんまり感じないんですよ」
「そ、そうなの?」
「はい。それに泳ぐっていっても、軽くバタ足するくらいで水面に上がれますから」
「……良かった……」
見るからにほっとする先輩。
あ、打井先輩も陽子ちゃんも終わったみたい。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……うん、行ってくる……」
数寄先輩は、決心した顔でプールへと近づいていった……。
私のために頑張ってくれるのはすごく嬉しいけど、あまり怖いようなら、無理しないでくださいって言おう……。
「忍庵さん! スキューバって最高ね! 水の中で息できるのがこんなにすごいことだなんて!」
水から上がった数寄先輩の歓声に、私は安心と一緒に、すごい満足感に包まれたのだった……。
読了ありがとうございます。
泳げない人の方がスキューバに馴染みやすいという話もあるそうです。
競泳をばっちりやってる人からすれば、水中で空気を吸うってあり得ませんからね……。
数寄先輩が楽しそうで何よりです。
次話もよろしくお願いいたします。