第十一話 ……ごめんね。
夢の景色を体験できたはずなのに、何か満たされない気持ちを抱える詩衣。
帰宅を拒んだ彼女の行く先は……?
どうぞお楽しみください。
「忍庵、本当に大丈夫か?」
「はい、すみません、無理を言って……」
「いや、それはいいんだけどよ……」
海洋訓練の後、私は猿海先生に頼んでもう一日泊めてもらうことにした。
お父さんもお母さんも、『あの先生なら大丈夫だ』とすぐオッケーしてくれた。
疲れてるわけでもないのに、何だか無性に帰りたくなかった。
ごはんを食べても、シャワーを浴びても、何かモヤモヤしたものが胸の中から取れない。
……何でだろう。
「明日は今朝みたいに起こすなよ? 日曜日は昼まで寝ると決めてるんだ」
「わかりましたよ。じゃあおやすみなさい」
先生が扉を閉めて、階段を降りて行った。
布団に入る。
目をつぶる。
今日見た海の中の景色を思い出す。
何だろう。
何かが違うんだ。
私の中の何かが、『これじゃない』って言ってる。
ラーメン食べたいのにそばを食べたみたいな、よくわからない違和感。
「……だめだ」
私は起き上がって、靴を履いた。
ちょっと散歩してこよう。
そうしたらきっと気もまぎれて寝れるはずだ。
「わぁ……」
足の向くまま歩いていたら、いつの間にか海に着いていた。
夜の海は真っ黒で、砂浜と月の光と波の音が、かろうじてそこに海があると教えてくれた。
「冷たっ」
足を波がなでる。
ダイビングスーツを着ていた時には感じられなかった感覚。
引いていく波を追うように、自然と海に踏み込んでいく。
「あ……。きもちいい……」
腰まで海につかると、とろけそうな気持ちよさで、身体の力が抜ける。
寝そべるように浮いた私を、海はふんわり受け止めてくれた。
「わぷっ」
もう、そんなところじゃなくて、もっと奥においでって?
波に顔を軽く叩かれて、私は起き上がり、息を吸って潜る。
「……!」
水の中で仰向けになったら、月の光がキラキラと水面を照らしていて、周りは真っ暗だけど不思議と怖くなくて、私の全部を受け止めてくれそうで。
ぽこぽこぽこ。
息をゆっくり吐くと、水面が遠ざかっていく。
頭が優しいしびれに満ちていく。
……あれ? 泡の中に、何か見える。
お父さん。
お母さん。
おじいちゃん。
おばあちゃん。
いつも心配かけてばかりでごめんね……。
あ、陽子ちゃん……。
一番最初に部員になってくれたの、嬉しかった……。
満鈴ちゃん……。
勉強嫌いなのに頑張ってくれてありがとう……。
数寄先輩……。
プールでの訓練の時の笑顔、自分が水に入ってる時よりも満足感がありました……。
打井先輩……。
深水訓練、怖いのに挑戦してくれた背中、カッコよかったです……。
みんな、一緒にスキューバやってくれてありがとう……。
! 猿海先生……!
ずっとずっとジャマばっかりしてくると思ってたけど、一番私のこと心配してくれてたんだよね……。
ちゃんとお礼、言っておけばよかった……。
……。
…………。
……………………。
……ごめんね。
読了ありがとうございます。
海にとらわれた詩衣。
果たして彼女の運命は……?
次話最終回です。
最後までよろしくお願いいたします。




