メレディーに手を出してはいけない。
「ふぅ……ついた」
とある街にたどり着き、少年――メレディーは息を吐く。
メレディーは、赤茶色の髪に、黄色の瞳を持つまだ年若い少年である。メレディーは冒険者として世界中を旅している。
気弱そうな見た目をしているメレディーは、冒険者の多いその街では中々目立つ存在である。
冒険者が多く、荒くれものが多いこの街はその分、犯罪者もそれなりにいるのだ。そういう犯罪者たちにとってみれば、一人旅をしている存在は良いカモであると言える。
早速メレディーは、目をつけられている。
この街も治安が悪いとはいえ、街の警備をしている兵士たちも当然いる。そういう兵士たちはメレディーのことを犯罪者に狙われそうな存在であるとして声をかけてきた。
「君、この街には君のような存在を騙そうとする存在もいるから気を付けるんだよ」
「あ、はい」
軽い返事をするメレディーは、声をかけた兵士の目から見ても危なっかしいものだった。
そういう危なっかしいオーラに思わず兵士は、評判の良い宿屋を紹介したほどである。その見た目は悪いものも引き寄せるが、こうして良いことも引き寄せるものなのであった。
メレディーは兵士に案内された宿屋にたどり着き、しばらくの宿代を支払う。長期滞在するつもりなようだ。
その宿屋はそれなりに宿泊費が高いものであるが、メレディーは躊躇いもなく支払いをすませていた。どうやらお金に余裕があるらしい。
宿をとった後、メレディーは街をぶらつく。
メレディーはどうやら食べ歩きというものが好きらしい。屋台などに足を運んでは、色んなものを買う。
メレディーは見た目からしてみると、そんなに食べるようには見えないのだが、その手に持つ量は大量である。
それを食べながら、嬉しそうに笑う。
その笑みに通行人たちが、微笑ましい目を向けている。フードで顔を隠しているとはいえ、それでもその幸せそうなオーラは周りに醸し出しているものである。
食べ歩きをした後は旅の支度のためか、色んなものを買いだめしてく。
豪快なお金の使い方をしているものである。一人旅でこんな風にお金を堂々と使うのは正直言って頭の良い人間のやることではない。お金を持っているというのは、それだけ人に狙われてしまう要素になる。
メレディーという少年は、よっぽどの馬鹿なのか、それともよっぽど自信があるのか……少なくともその街の人々はそれを量りかねていた。
兵士たちもメレディーのことを不思議な少年だと思っている。街で暮らす善人な人々も、お金に困っていないのか何か購入する時に値切りもしないメレディーが不思議である。
メレディーは年若い少年である。見た目もとてもじゃないけれども強そうにも見えない。
有能な魔法師といった線も想像できるか、それにしては杖などを持っているようには見えない。そもそも魔法師は、幾ら強大な魔法を使えたとしても詠唱の間に攻撃されれば人たまりもないため、メレディーのように一人で旅をすることはまずないのである。
だからといって剣士のようにも見えない。
そもそもメレディーは、剣さえも持っていない。ローブの下に短剣ぐらいは隠れているかもしれないが、武器らしい武器を持っていない。指輪やネックレス、イヤリングといったアクセサリーは幾つも身に着けていて、それがより一層お金持ちな世間知らずに見える。
寧ろそれで冒険者?? と疑問に思ってしまいそうな軽装である。
この世界、人を見た目で判断すれば痛い目に遭うことも多々ある。
かわいらしい見た目をしている者が実は強かったり――というのはそれなりにある話である。だけれども人は見た目に騙されるものである。
さて、メレディーに目をつけている犯罪者集団はこの街でも大きな勢力を持つ追剥の集団であった。抵抗するなら殺人を犯すことだってある。その集団は犯人を悟られないように人を殺すことがやけにうまかった。
自分たちの犯した罪を、やったと思わせない技術をどこまでも磨いた嫌な技術を持つ集団である。
その犯罪者たちは、見た目に騙されれば痛い目に遭うことを知っているものの、しばらく観察した後、メレディーに手を出しても問題ないだろうと判断したようである。
そういうわけで兵士たちもその集団が危険な存在であり、犯罪さえも犯していることを知りながらも検挙出来ないでいた。結局のところ、証拠がなければ動く事が出来ないのが正規兵の悲しい性である。
いつでも証拠を手に入れる事が出来れば、壊滅させる気満々だが動けない兵士たち。そんな兵士たちからも「狙われそうだな」という意味でメレディーは注目を浴びていた。
「ふんふんふ~ん」
自身が狙われていることを知ってか知らずか、メレディーはご機嫌な様子で街を歩いている。
どうやら初めて来た街をうろうろとすることがよっぽど楽しいらしい。
メレディーが最も興奮していたのは本屋である。本とは高価なものであるが、メレディーは特に躊躇いもせずに色んな本を購入している。
購入している本は死霊についてや薬草について、洋服についてなど様々な分野のものである。
メレディーは冒険者だと言うのにも関わらず、滞在して数日冒険者ギルドに向かうこともなかった。それはメレディーがお金に困っていないことの表れであったであろう。
メレディーは本というものが好きらしい。冒険者をやっているものがこうして自分で本を買うというのもあまりないものである。冒険者は定住先を持たないため、荷物になるようなものをあまり買わないのである。
それに基本的に荒くれものが多い冒険者は本を読むことをあまりしないものである。
とりあえず力で殴るという脳筋なものがそれはもう多い。
そういうわけで冒険者でありながらこうして本を買うメレディーは、犯罪者たちから見てみれば冒険者初心者である。それでいて家が金持ちで娯楽で冒険者をやっているか、何らかの偶然が重なって《アイテムボックス》でも持っているのではないかと思われていた。
《アイテムボックス》とは、収納の魔法具である。
容量の多い《アイテムボックス》だと大きな貴族の屋敷丸々入るのではないかと言われているほどのものだ。
「あいつはやっぱり良いカモだね。弱そうだし、脅しつけて金を奪うとするかい」
「そうですよ。姐さん! あいつ、見るからに警戒心がないですもの」
「でも大丈夫ですかね……ああいう見た目で実は強かったりしたらどうします?」
犯罪者集団のアジト―ー街のスラム街にある屋敷では、メレディーを襲う計画が話されていた。
だけれども中にはやはり警戒心が強い者もいて、メレディーに襲い掛かっていいのかというのを躊躇っているものもいる。
「いや、あいつは大丈夫だろう。見るからに世間知らずな坊ちゃんだぞ? そもそもそんなことを言って襲うのを躊躇っていたらあたしらの仕事が成り立たないだろう」
「それもそうですね……そうですね。あの少年は危険ではありませんよね」
結局、犯罪者集団のトップに位置する姉御の言葉に、メレディーを本当に襲ってもいいのかとためらっていた男もそれに同意するのである。
――そういうわけで、彼らはメレディーを襲うことにしたのであった。
それが……彼らの破滅の始まりだとも知らずに。
*
メレディーはその日も一人で街をぶらついている。
朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、関係なしにメレディーは、うろうろと動き回っている。
メレディーが良からぬ輩に襲われるのではないかと、目を光らせている兵士たちもこんな風に自由に動き回られれば、メレディーの身を守ることも難しいものである。
兵士たちはメレディーに「君は狙われる恐れがあるから人気がない場所には行かない方がいい。夜は出歩かない方がいい」といったものの、メレディーは「問題ありません」と口にして、夜に徘徊していた。
そうやって自分たちの警告さえも聞かないメレディーなので、兵士たちは襲われても仕方がないのでは……とある程度目を光らせているものの、そんな風に思っているものである。
メレディーという少年は、とても自由である。
自分がいきたいように、自分がやりたいようにただただ動き続ける。ちなみに滞在期間がそれなりに長くなっていても相変わらず冒険者ギルドに仕事を受けにいかないので、やはりメレディーはお金に困ってはいないのだろう。
さて、そうやって自由気ままに動いていたメレディーはついに、犯罪者集団に絡まれることになってしまった。
裏路地を不用心にも歩いていた時にメレディーの前に、犯罪者集団が五名ほど現れたのである。
「死にたくなかったら金目のものを置いて行け」
そんな風にメレディーを脅しつける男たち。彼らの手には、鋭利なナイフが握られている。対してメレディーは丸腰なように見える。
普通ならこういう場で怯え、震え、命乞いをするのが当然であろう。それを男たちも想定していた。
だけれども、メレディーの反応は違った。
「無理です」
はっきりと言い切ったメレディー。
男たちはそれに対して、ナイフが只の脅しに見えたのだろうかと脅迫の意味を込めて、ナイフを振り下ろす。少しぐらいメレディーが傷ついても問題がないと思っていたのだろう。
だけれど、それはメレディーには届かなかった。
「なっ!」
なにかが、メレディーにつかみかかろうとしていた手を掴んでいた。
メレディーを囲んでいた男たちの悲鳴がその場に響く。
腕を掴まれた男もその存在を見る。
そこにいたのは、恐ろしい見た目をした死霊である。
オーラを纏ったそれは、メレディーの身に着けている指輪から、出現していた。
それを理解した時、男は叫んだ。
「死霊使いだ!!」
死した霊を使役し、行使する。
――それが死霊使いという職業である。
死者への冒涜だと言われることも多く、大変不人気な職業でもある。とはいえ、力のある死霊使いというのは戦闘面でも活躍できるものである。
冒険者などの中には死霊使いがそれなりにいる。
そしてメレディーは力のある死霊使いだと言えただろう。
男たちの声を聞きながらメレディーは、魔力を込める。
そうすればその場に、何体もの死霊が現れる。
魔導師の恰好をした死霊が魔法を行使する。
剣士の恰好をした死霊が剣を振り回す。
ローブを纏った死霊が召喚獣を呼び出す。
弓を抱えた死霊が弓矢を放つ。
メレディーを囲うようにして何体もの死霊が、彼らに襲い掛かる。
一人だと思っていた相手が、実は一人ではなかった。しかも死霊を具現化させるほどの力を持つ。
死霊に手を掴まれた男はガクガクと身体を震わせて、恐る恐るメレディーを指さす。
「お、お前、まさか『死の王』か!!」
――『死の王』。
それはとある冒険者につけられている二つ名である。別名も幾らでもある。多くの死霊を付き従え、その者は全てを蹂躙するなどと恐ろしい噂を持つ冒険者である。
とある国では、彼を無理やり国に仕えさせようとして失敗し、向かわせた者すべてが戦闘不能になっただとか、一人で死霊を行使してダンジョンをクリアしただとか……。
そういう噂が独り歩きしている冒険者だ。
ただし使役している死霊が目立ちすぎて、彼自身の事は噂にあまり上がらない。
だからこそ、メレディーがそう呼ばれる有力な冒険者だと一見すると分からないのである。
「だったら、なんですか? とりあえず貴方達はつぶします」
にこやかな笑顔でメレディーはそう言い切って、死霊を使い、その言葉通り、彼らをつぶすのであった。
その後、その街で大きな勢力を持っていたその組織は、メレディーの手によって一日で滅ぶことになる。
後からメレディーが『死の王』と呼ばれる存在だと知った兵士は驚いたものである。
ちなみにメレディーは自分の見た目がか弱く見えることを知っているので、よくこうやって自分を囮にして引っかかってきた馬鹿な連中はつぶすようにしているのだ。大抵こういう犯罪者集団は賞金をかけられていたりするので、メレディーにとっては良い小遣い稼ぎである。
「結構もらえた。あいつら雑魚だったけど、この街では結構色々やらかしていたんだなぁ」
そんな独り言を言いながら今日も食べ歩きをしているメレディー。
この前の一件で、メレディーが『死の王』だと発覚し、街の人々のメレディーへの態度は中々挙動不審になっていたが、メレディーは特に気にしていないようであった。
そしてメレディーは、その後、しばらく街を満喫して、他の街へと旅立っていくのであった。
――メレディーに手を出してはいけない。
(見た目が幾ら弱弱しくても、手を出したら痛い目に遭うのです)
弱そうに見えて実は強い系のキャラクターがとても好きなので書いた短編です。
メレディー。
赤茶色の髪の弱そうに見える少年。
ただし大量の死霊を使役している。それを具現化させる力も持つため、手を出すことは不可能である。
使役している死霊も年々増えてきていて、どんどん力をつけている。