どうして私が最推しと?
「ど……どうして??」
困惑で呆然とする私の頭に、記憶が濁流のように流れ込んで来る。
一つは私、普通の女子高生「幸田梨沙子」としてだ。
受験を控えても未だゲームばかりしていた私は、あの日の朝母親にバレてしまったのだ。
「アンタはこんな大事な時期にゲームなんかして!」
もともと厳しい家だった。
そんな環境でゲームなどの娯楽が理解されるはずもなく、気づけば私の携帯ゲーム機は床に叩きつけられて無残な姿になっていた。
600時間あまりのセーブデータ。
ゲームをしない親からすればそう思えるだろう。
でも私にとってはモノクロの日常に彩りをくれた、キャラクターたちとの大切な思い出だったのだ。
「ひ……ひどい!」
思わず駆け出して家の外に飛び出る。
一刻も早くこの場所から離れたかった。こんな息がつまるような生活なんて……。
そう思った矢先、悲鳴が上がった。
気づけば視界が回転し、自分がトラックに轢かれたのだと気づいたときには真っ暗な闇に包まれていた。
つまり、私は死んだってことだ。
(……でもまさか乙女ゲームの悪役令嬢になってるなんて)
そして同じようにもう一つの記憶、リーザ・シャルトワースとしてもはっきりとしてくる。
有名貴族の娘として生まれ、今までわがままの限りを尽くし、顔は美しいが性格は悪魔か魔王かとまで噂されていること。
だが、その一方で婚約者であるアルフレッドにベタ惚れであるのに軽くあしらわれていること。
(え……本当に私。リーザになってるってことなの?)
目を白黒させながら黙ったままの私にアルフレッドがため息をつく。
「まったく……。寝ぼけてないで早く支度しろ。もう日は登っているんだぞ。……これだから俺は迎えになど来たくなかったのだ」
ブツブツ小言を話すアルフレッドを恐る恐る見上げる。
「し……、したく?」
一体、何のこと? 言い終える間にアルフレッドの瞳が冷ややかに輝いた。
「茶会だと言っただろう。まだ寝ぼけているのか? いい加減にしろ。俺はそんなに暇じゃあない。あまり待たせるな」
「えっと……、だからどうして。ああ……そっか。婚約者だもんね」
困惑した頭で必死に状況を整理する。
原作ではアルフレッドとリーザは婚約関係にある。
もともと高貴なリーザと次期後継者の一人であったアルフレッドは幼少にそれぞれの両親によって許嫁となった。いわゆる政略結婚というやつだ。
しかし主人公に恋をしたアルフレッドは主人公と恋をし、ハッピーエンドならリーザは国外追放されバッドエンドなら幽閉されてしまう。
(でも……おそらくまだゲームは開始してないはず……)
というのもゲーム開始時にはすでに婚約は破棄されており、アルフレッドとリーザの関係が悪化している状況の中に主人公が現れる設定だからだ。
まだ慣れぬ状況にもたつく私をアルフレッドはぎろりと睨みつけると、肩を壁にドンと押し付けた。
「ひいいああああえええええ!」
(ち、近い! 顔が近い!)
令嬢なのにカエルを捻り潰したような声を出したのを許して欲しい。
(かかかか、壁ドン!)
いきなり腕で押し付けられて頭が沸騰しそうになる。
顔が焼けるように熱いし、一度死んだのにもう一度天に召されそうな意識を必死で現実に引き止める。
ロマプリは箱推しではあるのだが、その中でもあえて最推しを選ぶならやっぱりアルフレッドなのだ。
切なくも甘いストーリーにキュンときたのは一度や二度ではない。
最初こそ冷たい態度なのに後半に進めるほどに糖度が増して破壊力倍増なのだ。
そんな推しキャラを前にして正気でいられるはずもない。
「ちょ……ちょっと待って」
唇が触れそうなくらいに顔が近づいて、今にも私は卒倒してしまいそうになる。
まして二次元ではなく三次元……、視界の暴力にそろそろ耐え切れそうにもない。
(いや……でもここで死ねるなら本望なんじゃ?)
意識が遠のいていくが、きっとその先は天国じゃないかとそう心から思った。